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♪(19)新聞発行

 文化祭が終わったあと、茜たちは校内でずいぶん有名人になってしまった。


 「恩田さん、ステージ見たよ。 メッチャかっこよかった!」

 「山吹さんは大丈夫だったの? 制服ダメになってない?」

 「バラードがよかったわあ」

 「ね、好きな人ってイイ男? 写真はないのか、プリとかは」


 廊下や学食でやたらと声をかけられた。 大して面識がない人も、わざわざ近づいて声をかけて来る。

 まだ人見知りが治らない茜は、咄嗟にろくな返事が出来ず、うん、とか、ありがとう、と笑い返すのが精一杯だ。 山吹や青井は、その場で軽口を叩き合って、ついでに部活の勧誘までしてしまうのだが、とてもついていけない。

 自分はまだまだだ。 頑張って追いつこうと思う茜だった。



 苅野と清川は、文化祭以来さほど目立った問題を起こさなくなった。

 噂では、ついに笠井が保護者を召還(呼び出しのことをこう言うらしい)したようだ。

 彼女らの髪型は元通り三つ編みになった。 スリボレなのは相変わらずだが、赤い下着は出さなくなった。 クラスへのアジテーションや先生への口答えもなくなった。


 その代わり彼女らは時々、ふたり揃って学校を休む。

 孤立した状態で、彼女らの中に変化が起こっているらしいのだが、茜にはそれが何なのかが判らず、ただ不気味な感じがして不安を感じるばかりだった。



 

 城南高校の新聞部が、ミラーマン特集号の第2弾を発行したのは、7月の初旬のことだった。

 生徒会宛に届いた見本を、内海と若草が持って来てくれた。

 茜たち3人は、一部ずつ新聞を貰い、その場で大騒ぎで目を通した。


 報道の中心は鏡の入院生活とクラスの対応だったが、茜たちのステージのことにも触れてあった。

 ステージ写真も小さいが載っていた。 バラードを歌ったときの、茜のボーカルの画だ。 山吹がステージにいない時の写真なので本人は不満そうだったが、これは仕方がないだろう。


 アコを抱えた自分の姿は、猛烈に恥ずかしい反面、どこか他人事のような感じだった。

 ドキドキして、こそばゆく、でもドライな感覚。

 「ヘンな気分だね」

 思わずアバウトな言い方をしてしまったが、あとのふたりのメンバーが生真面目にうなずいたところを見ると、同様の印象を持っていたのだろう。


 「こんなんでキャアキャア言ってちゃ、後が続かなくなっちゃうわよ。

  来週にはうちの新聞部のやつがでるからね。 そうなると先生たちも黙ってないと思うわ、もちろん笠井もね。 覚悟しとくのね、来週は、職員室に台風が上陸するわよ!!」

 内海の表現に、茜たちは本気で震え上がった。

 


 「でもすごいね、ミラーマン。 こんなに重病なのに、ザクザク勉強してるじゃん」

 青井が記事を読みながら感心した。

 「ほらこれ。 担任の先生に申し出て、宿題の添削をパソコンでやってもらってるんだって。

  クラスの取り組みもすごいわ。 『ミラーマンに授業のノートを送ろう』って、その日の授業ノートを、その日のうちにパソコンに打ち込んで送るための学習グループを組んでる」


 「ほんまや。 『他の欠席者にも対応できるので便利。 打ち込む担当者も、復習になったりテスト対策になったりして成績が上がりました』ってさ。

  ええやんこれ。 うちのクラスでもやりたいわ」

 山吹が言うと、青井は、

 「あら、うちはもう似たようなことやってるわよ」

 と言った。


 「春に学級親睦のレクをやったじゃない。 その時、私が提案してボツになった案を、中間試験の時にやってみたいって意見が出て始まったの。 名づけて『班対抗テスト対策競争システム』よ!」

 青井の説明を聞くと、それは信じられないようなクラスの取り組みだった。


 「うちのクラス、便宜上8つの班に分かれてるの。 そのグループごとに、1教科ないし2教科ずつ受け持って、中間期末の試験のクラス平均点を上げる競争をやってるわけ。

  前回のテストよりもクラスの得点を上げたら、クラスの雑費の中から担任がご褒美をくれるって。 って言っても、ノートとか鉛筆とかセコいものばっかなんだけどね」

 「そんなんアリなの?」

 「アリよ、結構考えてやってるのよ。 まず、普段から欠席者には各担当班から教科ごとにノートをまとめたものが渡されるわ。 パソコンじゃないけどね。 ノートを取りそこねた人も、担当班に行けば写させて貰えるわ。

  でも肝心なのは試験前よ。 まず各班でポイントをまとめたプリントを出すんだけど、山を張るために教科担当の先生を質問攻めにしたり、録音機付きでインタビューしたりして、なるべく先生が出しそうなとこを探る活動をするの。

  そのあと、予想問題でプリントをつくって、試験数日前に各自で模試ができるように配布するの。 で、その予想問題が何問当たったかも評価の対象になるのよね」

 「すごい!」

 茜は単純に、青井の発想を面白がったが、山吹はちょっと違う印象を持った様だった。

 

 「面白いけど、結構手間やろそれ。 そないお堅い活動、よう反対でえへんかったな」

 「出たわよ」

 「せやろ?」

 「でも、何だってそうだけど、ゲーム感覚でやると意外にみんながハマっていくもんなのよ。 ほら、よくクイズ番組で学校で習ったことが出るじゃない。 同じジャンルでも、授業でやるより嫌いじゃないでしょ」

 「ほんまやな。 なんでやろ」

 「集団で生きる知恵なのよ」

 青井は表現を選ぶために、ゆっくりと説明を始めた。


 「私たちって、毎日同じクラスの同じ人と顔合わせてるでしょ。 しかも部活と違って、自分で選べないメンバーでしょ。 勉強も友情も、その狭い同じ人付き合いの中でやってかなきゃならない。 もしも何かあっても逃げ出せないの。

  だから、間違っても相手をコテンパンに傷つけたり、自分が叩きのめされたりしないように、数字で勝敗がわかってしまう成績については、無意識に気をつけているの。 授業が好きだとか、できるとか、そういうことは言わないようにしているうちに、人間ってホントに嫌いになってくものなのよ。

  まあ、単純に毎日毎日詰め込まれてうんざりしてるだけって説もあるけどね」

 「そうか。 大人は自分で英会話教室とか申し込むんだもんね。 意識に違いがあるのかあ」

 茜は勉強に対する青井の意識に、素直に尊敬の念を抱いた。



  

 青井愛子は、何につけてもゲーム的に楽しむ人間だった。

 シンセサイザーと合奏するために、彼女の家に言った日のことを、茜は思い出した。

 青井はホントに「プチ富豪」の娘だったらしく、自宅は山の上で不便ではあったが、素晴らしく広かった。 豪邸と言っていい。

 家の中に入るのに、靴を脱ぐところがなくて、そのまま上がるとロビーと呼びたくなるような大広間がある。 そこから各部屋に上がる廊下があって、やっと靴を脱ぐのだ。

 要するにパーティーをやるための空間が常に用意されている家なのだった。

 

 しかし、それ以上にビックリしたのが、迎えてくれた青井の服装だった。

 (元ヤン?)

 胸元の開いたボディコンの上下に、おミズ系のカーディガン。 家の中なのに、バッチリ隙のないメイクを凝らして、髪はソバージュタイプのウエーブ。 履物はピンヒールのラメ入りサンダル。


 「もともとこういう格好が好きなの。 どう見ても私に似合うでしょ?」

 赤い唇の青井が笑うと、23歳くらいの夜の女王に見える。

 「あんた、そない派手好きで、普段よう学校の制服で我慢しとるなあ」

 山吹がしみじみ言うと、

 「別に我慢はしてないわよ。 学校は学校だもの、制服以外を起用なんて思わないわ。 スキー場にスキーウェア以外着て行かないのと一緒でしょ」

 「一緒かァ?」

 「でも努力はしてるのよ。 私って、もともとすごい貧乳で、最初制服着たとき、案山子みたいでヤケにみすぼらしかったの。 あのダブルボタン、体に厚みがないと作業服みたいなんだもん」

 「え! まさか、バストアップした?」

 「しました! 入学前の3ヶ月と、入学してからの2ヶ月でAAからBに」

 「げーッ」

 「出来るんかい、そんな動機で」

 「出来るかどうかがゲームなんじゃない」

 茜と山吹はうーんと唸った。


 自分ではさんざん頑張っているつもりだったが、茜はまだまだ青井のレベルには到達できそうになかった。




 さて、職員室の台風の前に、茜にはひとつくぐらなければならない難関があった。

 それは城南高校の新聞を貰って帰ったその日に訪れる、予定通りの波乱だった。 当然ながら、美登里にも同じ新聞が配られているはずなのだ。

 果たしてその晩、茜の部屋のドアがノックされた。 ドアを開けると、美登里が立っていた。

 「これ」

 その手には、例の新聞が握られていた。


 「何の話をしたいか、アカネちゃんにはもうわかるでしょ」



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