♪(18)奇跡の初ステージ
そうだった、すっかり忘れていたのだ。
当初は1曲目、茜はアコーディオンを弾く予定だった。 2曲目のバラードは、3人で生ギター伴奏になる。 その2曲が入れ替わってしまったのだから、曲目を紹介する前に、アコをギターに持ち替えて椅子とマイクをセットしなおさねばならなかったのだ。
学校のマイクスタンドを使用しているので、ギターマイクはスタンドをギターの手元に伸ばせるタイプのものではない。 ギターに直接付けるタイプのコードレスマイクを、直接アンプに流している。 持ち替えればすぐ演奏できるというものではないのだ。
(今更やり直したら、ずいぶんみっともないよね)
茜は即座に覚悟を決めた。
必死で練習したものの、覚えたてのギターなどより、実はアコの方がずっと思うように弾けるのだ。
思い切ってイントロをアコで入れた。
青井が息を詰めて目を剥くのがわかった。
コードをたどって、なるべくギターの時と同じ音を出すようにした。
青井はさすがに度胸があった。 ちょっとおっかなびっくりだったが、すぐにギターで合わせて来た。
歌を入れるのは、人前では初めてだが、練習の時には何度もやったのでなんとかなった。
声を出すこと自体は、少しも苦にならなかった。 むしろ感情移入しやすくなっただけ、演奏は楽だった。
最初のフレーズを歌った途端、背すじを何かが駆け抜けた。
(イケる)
こんな感覚は久しぶりだ。 幼い頃に弾いたアコーディオン以来だ。
伴奏で広がった水面のような音色。
その中に、木の葉で作った舟を浮かべるように歌声で漕ぎ出す快感。
嘘のようにスムーズにワンコーラスを歌い切った。
間奏はゆるやかでも飾りをたくさん入れて演奏する。
(スゴい)
自分が自分でなくなる魔法が、ココにもあった。
1曲弾き終わっても、会場は静かだった。
拍手まで少し長い間があった。
それから、感慨深いため息と共に、大きな拍手が膨れ上がった。
舞台裾から、山吹が戻って来た。
「ココちゃん、大丈夫?」
心配する茜と愛子に、山吹は気負った顔でガッツサインをして見せる。
「バッチリ目え覚めたわ」
手早くギターを抱いて弦を合わせるや、山吹は喋り始めた。 多分、戻ってくるまでに頭の中で何度も考えたのだろう。
「えらいお待たせしました。 ボーカル・ココです。 復活しました」
パチパチとまばらな拍手と笑い声。
その間に、茜もあわてて次の曲の準備をする。
「ほなら2曲目行かして貰います。
賢女の皆さん、生徒手帳もう暗記してはりますか? 服装規定、守ってはりますか。
なんや知らん……今日は結構、派手な人も来てはりますけど」
また失笑と拍手。
「服装規定破ってる人に、なんでそないなかっこするん、て聞いたら、必ず『制服じゃ個性が出ん』て言うんです。 でも、スリボレって個性なんかなあ。 そこの前列の皆さん見ても、やっぱり隣の人と一緒やん」
山吹は堂々と苅野たちに挑みかかった。
「そいで、そない言う子は私服の格好がよっぽど奇抜か言うたら、流行のみんながしてるんと同じカッコしてたりするんや。 これほんま、おかしいんちゃうん。
『制服はダサい、このほうがカッコイイ』とか言う子もいてるけど、その子が卒業した後、スリボレに似たカッコしとるの、見たことないって先輩も言うてました。
でもな、そういう子かて、ミスドの店員が、もしユニフォーム改造して着とったら、絶対文句言うし、 バスガイドさんが暑いから言うて上着脱いでガイドしたりしたら、こいつアホかて言う思うねん。
本音を言うたら、みんなわかってんのやろ。
な、みんな、こんなん甘えやって、わかってんのやろ」
会場から、緊迫した空気と共に、遠慮がちな拍手がほろほろと届けられた。
「わかってれば、伝わるやろ。 うちら、受け狙いでこんな時代遅れな青春モノやっとんと違います。 伝えたいねん。
‥‥受け取ってください、お願いやから。
『生徒手帳』歌います」
ゆっくりと大きな拍手が会場を満たした。
「よく言った!!」
誰かが大声で叫んだ。
保健医の沢口の声だった。
「あんたたち、どうなっちゃったの?」
「スゴイじゃない、何か乗りうつってんのと違う?」
ステージを終えて次のグループと交代した茜たちに駆け寄って、仁科と浅木が口々に賞賛した。
「自分でもそう思います‥‥」
拍手がまだ鳴り止まない。
初ステージの出来は最上だった。
ステージのあと、城南高校の新聞部がインタビューを申し込んで来た。
これには茜がひとりで答えた。 取材の中心が“青春選考委員会”ではなく、“ミラーマン鏡 雄大”だったからだ。
その代わり、賢女の新聞部の取材には、3人そろって応じた。
選挙の話はまだ伏せてあったが、校則については遠慮なくコメントした。
「みんながやってるから大丈夫とか、ここまでなら怒られないからやってみるとか、校則とまともに向き合わないで適当にやってる人が多すぎるんじゃないでしょうか。
私たちは3年間しか学校にいません。 だから改正が難しいんでしょう? 1年目で、この校則不自由だなと思う、直せたらいいなと思う。 でもいざ直すとなったら、2年生で活動始めて3年の9月までに改正したとしても、自分の制服は新しいものに直せませんよ。 どうせすぐ卒業なんだから、活動した人は古い制服のままで卒業です。 だから誰も頑張らない。
そうやって、不自由を感じながら目を背けて誤魔化し続けて来た「先輩のツケ」を、下級生がまた支払うんです。
ホントは誰かが捨石にならないといけないんすよね。 この歌が、そういうことのきっかけになってくれたら嬉しいです」
ステージを見た母の感想は、思いがけのないものだった。
「ビックリしたわ、茜は父さんの言うとおりの子ね!」
「父さんが‥‥なんて?」
「あの子は化ける子だから、気長に待ってやれって」
「化けるゥ?」
「小さい頃、臆病で煮え切らないあなたにイライラしてた母さんを見て、父さんが言ったのよ。
『怯えるってことは、想像力が豊かな子だってことだ。 つまり、夢を描く力があるってことだ。
その不安が単なる想像で、現実には大したことが起こらないってことは、おとなになるまでにきっとわかってくる。 それがわかって、やりたいことが決まったら、こういう子は強いぞ』って。
茜がやっと自分のしたいことを見つけてくれて、母さん安心したわ」
「心配じゃないの? カレシの話なんかしたのに」
茜はそこが一番不安だったのだが、母はすまして首を振った。
「あなたは美登里と違ってしっかりしてるから、大丈夫と思うのよ」
茜は仰天した。
「美登里のほうが、全然しっかりしてるじゃない!」
「いえいえ、あの子はなんでも好き嫌いに流されて決めちゃうから、ほっとくととんでもない方向に飛んでっちゃうわ。 そこ行くと、茜は自分の目的や主義を固めてから、やることを選んで行くでしょ。 だから、あなたには最初に目的をちゃんと聞いて意見を言っておけば、こんなはずじゃなかったってことにはならないと思うわ」
そう言って母は、いたずらっぽい笑顔で話をしめくくった。
「面白い子になってくれて嬉しいわ」
父の反応はもっと単純だった。
「ナイスステージ」
そう言って、新品のピンクのアコーディオンをプレゼントしてくれたのだった。
鏡は手放しで褒めちぎってくれた。
「サイコー!サイコー! 茜頑張ったねえ、すごいや。
ねえこれさ、ブログに画像上げちゃだめ? 絶対人気出るから」
「えええ? 恥ずかしいよ」
「ちょっとやってみるだけ。 ね、ね、テツにも見せたいしさ」
「‥‥うー。 ヘンな人に見られない?」
「フリーじゃ入れないサイトだから」
「‥‥いいよ」
「やった!」
鏡の1日が今日も幸せに終るための手伝いなら、なんでもしてあげたかった。




