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♪(16)青春選考委員会

 茜はすぐには物が考えられないくらい、心が早るのを感じた。

 鏡が将来骨髄移植をするかもしれないということを、自分は知らなかった。

 登録についての知識もない。 自分には何も出来ないと思って調べてさえいないのだ。

 でも、登録するならこれからでも出来る。

 もしも自分にできるなら登録したい。 そして、それを他人に呼びかける手段があるとすれば‥‥。


 「その記事、うちの学校新聞でも扱ってくれるんですね?」

 茜の声が上ずっていた。

 「読んだ人にバンク登録を呼び掛けてくれるんですね?」

 「うちはうちで、あなた方のグループの特集記事を組む予定よ。 その中で、鏡くん個人の情報は、枠囲いで城南の新聞を引用させて貰おうと思うの。 その中にバンクの情報も入る予定よ。

  あ、もちろん、もっとこうして欲しいという意見があったら考慮させて貰うわよ」

 内海の言葉に茜がゆっくりうなずいたので、青井と山吹は顔を見合わせた。


 「茜、やりたいのね?」

 茜はもう一度、今度は青井に向かってうなずいた。


 できるかどうかと言うことは、この際どうでもよかった。

 何かをやった、と思える自分でいたかった。 何もしないで、彼の揺りかごで頭を撫でられる自分には、なりたくなかった。


 

 「私はやってみたい。 でも、あなたたちふたりにまで強要できないよ。

  内海のおねーさん、私ひとりしか立候補しなかった場合でも、おなじだけバックアップして貰えますか」

 「ちょっと、何寝ぼけてんのよ!」

 青井が信じられないという声で叫んだ。

 

 「あなたが出馬するのに、指をくわえて見てるのなんてまっぴら。 わたしも立候補するわよ。 

  最初に職員室で会った瞬間に決めたんだもの。 この先、もしも何か大きいことやらかす時が来たら、必ずあなたを誘って一緒にやろうって。 そしたら絶対に、退屈しないはずだって」

 内海がヨシッとテーブルを叩いた。

 「じゃ、ふたりでお願い」

 「ま、待って待って。 なんで誰もあたしに聞かへんのん」

 山吹が割り込んで、持前の大声で言い立てた。


 「そりゃ、あたしは最後に入部したし、今だってついでに立候補勧めてはんのわかるけど。

  おまけでええから、あんたらにもひとこと聞いて欲しかったわ」

 口を尖らせて抗議する山吹に、茜はあわてて弁解した。

 「違うよ。 ココちゃん風紀委員になった時、泣いて嫌がってたじゃない。

  だからてっきり、そういうことが苦になるんだと思って」

 「それに、ココちゃんはまだ前科がないもの」

 青井も一緒になって説明する。

 「わたしも茜も、もうとっくに職員室のガンになっちゃってるから今さらだけど、ココちゃんは今のとこ先生から睨まれてないのに」

 

 こらこらと止めにかかったのは若草だ。

 「ほらあ。 そういう風に、役員になったら先生から睨まれるとか、生徒から弾かれるとか、その考え自体、女子高の発想って言うか、歪んでると思うんだよね。

  うちの兄貴は共学に行ったけど、生徒会長も風紀委員長も下級生からヒーロー扱いで大モテだったってよ」

 「え。 ホントですか」

 「考えてみろ、もっと単純な年代、例えば小学校で学級委員とかやる子はどうだった? 勉強が出来て、みんなからカッコイイと思われてる男子、姉御肌で慕われてる女子がやったんじゃないの?」

 「まあ、そうですかねえ」

 「なのになんでこの学校の役員は、生徒が先生に捧げる人柱みたいになってんだ? それ、おかしいと思わない?」

 「思いますけど‥‥」


 若草に言われるまでもなく、茜はこの学校に来た途端、そういうことがやたらと気になった。

 確かに役職は煙たがられる傾向はあるにしろ、そのせいで友達が出来なくなるなんて、中学の時までは思いもしなかったのだ。


 「とにかく!」

 山吹が話を元に戻した。

 「あたしもあんたらが役員会でおらん日に、いつも部活できへんのはイヤやし。

  まあ、あんたらほど目立たんし、どうせおまけやけど、立候補さしてもらうわ」

 青井も茜も思わず吹き出した。

 「一番おっきい声で、よく言うわ」

 「ボーカルのくせに、あれで目立ってないつもりだったの?」

 ふたりの先輩も一緒になって笑い出した。 演奏だけ見ている人は、山吹がグループのリーダーだと思っているに違いないからだ。


 「よし! じゃあまず文化祭、ステージを頑張ってね」

 「応援するよ、皆にも宣伝しとく。 取材が来たら、ヨロシクね」

 先輩たちはご満悦で席を立って去って行った。


 

 「うーん。 つまり、こうなる運命だったのね」

 青井が、先輩の背中を見送ってから呟いた。 そして1枚のレポート用紙をテーブルに出して見せた。

 「まだ草案なんだけど、3曲目よ。

  この曲のタイトルを、グループ名にしようって提案するつもりだったんだけど、こうなって来ると、ピッタリしすぎててシャレになんないわね」


 茜と山吹は、用紙をひったくって見つめた。

 タイトルは、「青春選考委員会」と書かれていた。



******************


  「青春選考委員会」


 ♪計算してみよう 一生は何日あるのかな

 80歳まで生きたとしても たったの2万と9千2百


 今日を一日生きてみて 楽しかったかな 幸せだったかな

 本当に心から 正しいと思うことだけやれたかな


 29200分の一日

 無駄にしないで生きたかな



 大人はホントにわかってくれないかな 努力はしたかな

 親や先生をあざむくことばかり上手くなってないかな

 

 泣き叫んだり 手紙書いたり わかってもらおうとしたかな

 それほどの情熱がないコトのほうが 恥ずかしくないかな


 29200分の一日

 無駄にしないで生きたかな



 好きな人に好きと ちゃんと笑顔を向けているかな

 通じていない気持ちを 相手のせいにしてないかな

 

 幸せになる努力することを 人にかくしてないかな

 幸せそうに見せる事ばかりに 熱心になってないかな


 29200分の一日

 無駄にしないで生きたかな♪ 


************************



 その日、家に帰るまで、茜の胸はドキドキしていた。

 新しい曲、新しい挑戦。 明日になるのが楽しみだと思えた。 後で思えば、興奮のためにちょっと酔っ払っていたのかも知れない。


 正気に戻ったのは、夕食の後、部屋で一人になってからだった。

 冷静に考えると、とてつもないことをOKしてしまったのだと思い始めた。

 (この私が、生徒会長に立候補するなんて、とんでもない話じゃない! 全校生徒の前で、選挙演説するだけでも大変じゃなことよ。

  おまけに他になり手がないってことは、恐らくそれで当確ってことで、そうなったら、委員会へ行って、3年生までいる委員役員を相手にして仕事を‥‥)


 それだけで、もう絶対できっこないという気がする。 おまけに、それ以外にも茜には役割があるのだ。

 (男女交際問題で、また生活指導の笠井先生とひと悶着起こさなきゃいけない。

  しかもそれをネタに、生徒会が問題提起するのを煽らなきゃいけない‥‥)

 無理だ。 絶対に無理だ。 どれひとつとっても、まともに出来そうには思えない。


 

 鏡のために何かが出来ると思って引き受けた。 

 自分が期待されているのも、嬉しかった。 仲間と同調できる喜びもあった。

 だけど、実際にはそれ以上の問題や苦しみがたくさんあるはずだ。


 (浮ついた気分で始めちゃったら、大変なことになる‥‥)

 今さらの様に怖くなり、鏡に携帯で電話をかけた。


 「へええ、思い切ったね!」

 鏡は屈託なく感心した。 その声はいつもと変わらず、軽く晴れやかだった。

 「俺としては、茜が頑張るのを見られて嬉しいよ。 それも俺のために、バンク登録呼びかけてくれるって気持ちスゲー嬉しい。

  あ、でも結局、俺って茜やメンバーの人たちに迷惑かけてんのかな」

 「違う違う迷惑じゃないよ。 私がしたくてしたことだし、皆も盛り上がれて結構喜んでるのよ。

  ただ、こういう展開って、私の人生でほんっと初めてのことなの。 だから、怖いって言うか不安で、正直ビビってんのよ」

 

 「俺はさ、まず茜が、俺と付き合ってるって人に言われて否定しなかったのが、何より嬉しいんだけどな」

 「えッ」

 茜は一瞬、言葉が出なかった。 そう言えば、鏡に交際を申し込まれて承諾した、という段階は、結局踏まずに今日に至っているのだ。

 内海と若草が“交際”と口にしただけで、鏡が“カノジョ”と表現したわけではない。

 いきなり頬に血が昇るのがわかった。

 (やだ、私、本人には断っておきながら、勝手に交際宣言しちゃったの?)


 何も答えられなくなった茜の耳に、鏡の声が心地よく聞こえて来た。

 「すげえよ、片想いだったのに、いつの間にか受け入れて貰えてさ。

  しかもそれを他人が応援してくれるなんて、他にこんなこと考えられないぜ。

  うん、うん、俺って幸せ者だねえ」


 無邪気に喜ぶ声を聞いていると、これでよかったんだと茜は思った。 なんだかもう、細かいことなんかどうでもいいや、そんな気分になったのだ。

 その時とても素直に、口に出して言う気になった。

 「なんかね、鏡くん。 私って、自分で思ってた以上に、鏡くんのこと好きかも知れない」

 「ホント?」

 「うん」

 鏡はしばらく黙っていた。 それからおもむろに、

 「ドキドキする」

 素直な感想を口にした。

 「私もめちゃめちゃ、ドキドキする」

 ふたりでふふっと照れ笑いをした。


 不安は幸せな気分の向こうに消し飛んでしまった。

 何はともあれ9月までは、文化祭のために全力投球しようと思った。 悩むのは、きっと夏休みの後でも充分間に合う。 

   

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