♪(15)スカウト!?
青井がゲッと叫んで飛び上がった。
彼女は風紀委員なので、若草と面識があるらしかった。
「わ、若草のおねーさんマジ? わたし冗談だと思ってたんですよ?」
黄色っぽい声を出して、なにやら妙に脅えている。
「マジに決まってるじゃないのよ」
若草が口を尖らせる。 青井が立ち上がって後退りを始めた。
「あの、わたしたち文化祭が終るまではすごく忙しいんですよお。
せめて夏休み前ぐらいに持って来てくださいよ」
「それじゃ遅いの。文化祭の前がいいのよ」
「何の話なの?」
ワケがわからないので、茜が青井に小声で聞いた。
「この人たち、わたしたちをスカウトに来てるの」
「すかうとぉ?」
「生徒会に立候補しないかって」
「はあ?」
「茜をね、生徒会長に推薦したいって言ってるのよ!
ココちゃんを副会長、わたしは風紀委員長に」
「げえええ?」
茜と山吹は黄色どころか、超音波スレスレの最高音で叫んだ。
「何で私たち? だって1年生だよ?」
茜の叫びに、内海がうなずいて説明を始めた。
「1年生が適任なのよ。 今年はどうしても進めたい計画があって、それが2年越しになりそうなの。 2年生じゃ、志半ばで交代ってことになるから絶対熱が入らないわ。
それにね、あなたたちなら、今、入学して間もない今だからこそ、この学校に対して奇妙に感じてることがあると思うのね。 学校に慣れてどっぷり浸かっちゃうと、そういう感性はなくなってしまうから、新鮮な驚きや疑問や不満があるうちに、それを持って上がって来て欲しいわけ」
「具体的に何をやらせたいんですか」
少しだけ落ち着きを取り戻した茜が、努めて冷静に質問すると、内海は待ちかねたようにニッと笑った。
「この学校の校則を改正しようと思ってるの。 メチャメチャ大幅にね。
その旗揚げを、あなたたち3人にやって欲しいの」
ガタンと大きな音がした。 山吹が椅子をお尻で蹴倒した音だ。
「めっちゃ大変なことやん‥‥」
内海と若草の説明によると、校則の改正案は5年も前から出ていたものらしい。
曖昧な校則、誰も守れないヘンな規則、反面やたらと細かい生活指導。 そういったものについての不満は、ずいぶん前から出ていたわけだ。
「わが校の校則は、時代からも生徒の感覚からも解離しています」
そう言って改正を叫んだのは、5年前の生徒会長だった。
その年の生徒会は、例年に無く熱心なメンバーが多かった。 彼女らは生徒からアンケートを取ったりクラス毎に話し合いをしたりして、改正して欲しいポイントを打ち出した。
それを学校側に、改正案として提示して職員で話し合ってもらうところまで持って行ったのだ。
改正点は大きく分けて3点に集中した。
髪型と、カバン類と、男女交際だ。
特に斬新なことを希望したわけではない。
バスの中でつり革を握れもしない、肩掛けのない学生カバンをショルダー付きの物にするとか、補助バッグと風呂敷以外の物も持てるようにして欲しいとか、紙袋を許可して欲しいとか、肩に付かない長さの段カットは認めて欲しいとか、友人としての異性との交流はいちいちとがめないで欲しいとか、決して学生らしさを逸脱するような申し出ではなかった。 他の高校であれば、難なく解禁になっているポイントが、賢女に限っては禁止事項なので、そのラインを引き下げて欲しいと願い出たわけだ。
項目にもよるが、当時、実際にそれらの規則を厳守している生徒が半数にも満たない条項もあったという。
しかし結局、この「厳守不徹底」が災いして、教師側からはOKが出なかった。
「誰も守らないからもう守らなくていいことにしたいというのは虫が良すぎる。 それではスジが通らない。 まず守る姿勢を見せないのなら、枠を外してもダラダラになるだけだ」
そう教師側は主張した。
「こんな時代遅れの校則を、今さら守るのは無理です。 髪の毛を鋤かないでくれと美容院に頼んだら、なんて言われるか知ってますか? 賢女の乗るバスは、生徒がつり革を握るために通路にカバンを置くので、邪魔になって困ると乗客から不満が出ているという、バス会社からのご意見はご存知でしょうか」
生徒会は食い下がって反論したが、学校側の言い分ももっともな点がある。
「もう誰も守れないから変えましょう」
そう言って改正していたのでは、校則自体に意義がなくなってしまう。 せめて大多数の生徒が守ろうとした上で、不便を感じているというのでなくては、規則としての効力がなくなってしまうというのだ。 この学校の先生らしい意見だった。
「だからこの5年間、風紀取り締まりを厳しくして、規則通りにするよう呼びかけたんだけどね。 風紀委員が生徒から嫌われただけで成果はなかったわ。
そしてついには生徒会に立候補する人も、風紀委員になりたがる人もいなくなってしまったの。 そんなものになったら、友達なんかいなくなっちゃうよって皆が思ってる」
その通りだ。 茜もそう思っていた。
「つまり、生徒と校則も解離してるし、生徒と生徒会も気持ちが離れちゃってる状態なの。
だから今、あなたたちのような存在が必要なの。
今、生徒手帳を読み直す人がすごく増えてるのよ、知ってるでしょう? あなたたちの歌のおかげなのよ。 あの曲のラップ部分を歌おうとして、みんなが生徒手帳を読んで、ついでにアラ捜しを始めてる。
この勢いを生徒会に吹き込みたいの。 それにはあなたたちが、あの曲を引っさげて生徒会に来てくれるのが一番いいのよ!!」
内海は茜の手を両手で握り締めた。
「お願い、お願い、お願いよ!! 生徒会の長年の悲願を達成する、千載一遇のチャンスなの!
あなたたちだって、仲良しの3人で仕事が出来たら、きっといい思い出になるわ。
それとね、もし受けてくれるなら……恩田さん」
ここで内海は、意味ありげな含み笑いを唇に宿らせた。
「あなたの男女交際を、生徒会でバックアップするわ。
伝説のミラーマンとの交際を、新聞部とタイアップして報道します」
「げえええ?」
茜の椅子も、大きな音を立てて床に転がった。
「な、なんで、私の恋愛を、その、生徒会が。 大体どうして、鏡くんとのことが筒抜けてるんですか!」
茜は恥ずかしいのとムッとしたのとでのぼせかけていた。
内海は黙って、白い封筒を取り出した。
「城南高校の新聞部からの手紙で、城南の校長の検閲印が付いてます。
読んで貰ったらわかるけど、要するに取材の申し込みです。 あなたたちグループのステージと、部内活動のね」
まだ始まってもないステージ活動なのに、もう取材が来ているというのは異常なことだ。
茜は他のふたりと頭をぶつけそうに寄り添って、封筒の中の便箋を読んだ。 それでやっと理解できた。 城南高校の新聞部が追いかけているのは、茜ではなく、鏡 雄大だったのだ。
城南高新聞部は入学当時から、鏡のことをマークしていた。
全国模試不敗の怪物で、入試も当然首位独走だったという噂。 しかも入学式で本人を見たら、周囲を圧する大人びた外見に、あの長髪だからひときわ目立った。
ところが校内新聞の「ヒーロー特集」と題したコーナーに載せようと計画していた矢先に、なんと彼は入院してしまった。 調べてみると、これまでも鏡は入院生活を送っており、ほとんど自宅学習しかして来なかったということが判明。
そこで新聞部は急遽、校内新聞の特別号を発行したのだった。
「ミラーマンよ甦れ!!」
そう題された号外版は、校内で大きな話題になったらしい。 反響の大きさに励まされて、彼らは次回の7月号を予定しているのだという。
「城南の新聞部、鏡くんの取材で何度もお見舞いをするうちに、彼があなた方の曲をカセットで繰り返し聞いているのを知ったの。 そこから手繰って恩田さんに行きついたらしいのよ。
そこでうちでもあなたがたのことを調べさせてもらったの。 高校生のカップルとしては、とても理想的な付き合いをあなたたちはしているわね。
それで今回は、あなたたちのステージを取材して、記事の一部に組みたいっていう先方の意向を飲んで、学校同士の許可を取り付けたわけ」
内海がおだやかな口調でそう説明をしめくくった。
「取材は困ります!」
茜はあわてて言った。
「カレシいるってだけで、生活指導一個付くのに‥‥」
「でもね、それってヘンなことでしょ? 思わない?」
若草が口をはさんだ。
「あんたたちって、プラトニックでしょ? 入院間際に知り合って、病院の無菌室でデートだもん。
つまり、大人が目くじら立てる不純異性交遊とやらの可能性はゼロに近いわよね。
おまけにお互いを励ましあってるいい関係。 人の話によると、彼と知り合ってから恩田さんはずい分変わったってことだし?」
それは本当のことなので、茜もうなずかざるを得なかった。
「勉強の邪魔にもなってない付き合いよね。 ふたりとも、成績で注目を浴びた生徒だもんね。
トータルで考えたら、この付き合いを異性との交遊とやらで学校側がとがめだてするのは、生徒の誰だっておかしいと思うんじゃないのかな」
若草の言葉に、青井が顔を引きつらせて立ち上がった。
「まさかおねーさん、茜をイケニエにして、生徒をあおるつもりですか!?」
「ただの火付け役だよ、イケニエじゃない。 ちゃんと保護するからね。
今から文化祭の取材が来たとして、記事が出るのは7月。 すぐに夏休みに入って、生徒会の立候補が9月。
ちょうど選挙の前後で笠井あたりともめるのが一番理想的なんだよね」
「おねーさん!」
「立候補の時の公約で、男女交際問題も提起しておけば、みんなの注目もずいぶん集まるんじゃないかな」
茜はあきれて開いた口が塞がらなかった。
そんな役割をやらされるとわかっていて、立候補すると答えると思ってるんだろうか? タダでさえなり手がいない生徒会に、そんな危険を冒して参戦するわけがないと思う。
「心配いらないわ、絶対に処分はさせない。 恩田さんのことは、生徒会が総辞職して3役が退学になったって、きっと守ってみせる」
内海がにっこりして請け合った。 なるほど、こういう顔をすると彼女はいかにも善人で頼りになりそうで、政治家向きかもしれない。
「それで生徒が熱くなって、学校側とちゃんと向き合うようになってくれたらすごい事じゃない?
それに多分、鏡くんのためにもなると思うの」
「鏡くんの?」
茜がつい体を乗り出す。 内海はしたり顔でさらににこやかに続けた。
「あのね。 城南で特集号を出した時に、鏡くんの治療の見通しを聞いたのね。 その時、この先いつか骨髄移植を受ける、という選択肢があるってことをきいて、それを記事にしたんだって。
そしたら、全校で骨髄バンクに登録した人がすごくいっぱいいたんだって」
「骨髄バンク!」
「残念ながら、適合する人は出なかったらしいけどね、今回、この学校でも記事を読んだ人が同じ反応をする可能性は充分あると思うわ。 そしたら、彼が移植を受けられる可能性は格段に上がる。
少なくとも、黙って手をこまねいているよりチャンスは広がるわよね」




