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♪(12)真面目なお祭り騒ぎ


 文化祭への取り組みが、クラスでも始まった。

 ところがこの学校の文化祭は、校則と同じ位、奇天烈に厳しかったのである。


 「静かに! 静かにしてください!!」

 文化委員の瀬尾と稲葉が必死に叫んでも、教室内のブーイングは収まらなかった。

 「なんで模擬店やっちゃいけないんだよ!?」

 苅野が机を揺すって思いきり騒ぐと、煽られた不穏分子が同調して、言いたい放題言い散らす。

 「毎年そう決まってるんです!」

 「あたしらが知るかよ!」

 

 いつも騒ぎを起こして教室を引っ掻き回すのは苅野だ。 茜はやれやれと思ったが、今回に限っては苅野の言い分もわかる気がした。

 中学時代、文化祭と言うとステージ発表のことだった。 クラスで合唱や劇や研究をして、それをステージで発表し、来賓に見せる。 つまり、幼稚園のお遊戯会や小学校の生活発表会と、基本的には同じものだ。


 でも高校は違う。 高校での文化祭は「お祭り」だ。 どこの学校でもそうではないか。

 校庭にたこ焼きやヨーヨー釣り、綿菓子の屋台が出る。 校舎にずらりとゲームコーナーやお化け屋敷、物品バザーが並ぶ。

 1日遊んで楽しめるお祭りの日だ。 それを今年は自分達がやるんだと思って、意気込んでいたのだ。

 

 ところが学校側の主張はこうだった。

 「わが校の全クラス数は15しかありません。 お祭りのようなイベントをやるクラスばかりいたら、どこに“文化”を感じる部分が残るのでしょう?

  文化祭は自分達の文化を見つめなおす祭典です。 各クラス一点ずつ、文化的な発表や展示に必ず取り組んでください。 基本的に、飲食系の店舗は運動部が受け持ってください。

  その上でまだ展示とは別の模擬店をやりたいクラスは、申し出て許可を取ってください。

  ただし、教室数も屋台スペースも限られているので、くじ引きで外れたら諦めていただきます」


 瀬尾の説明に、一同げんなりした顔になった。

 「お祭りじゃなく、おベンキョですかい」

 「お化け屋敷って、文化じゃないの?」

 「いっそ文化祭止めて合唱大会とかにすりゃいいじゃん」

 「めんどくせー。 休んだろか」

 口の中でブツブツと呟く言葉も、1高校生としてはもっともだと思う。 思うけれども、それを例えばズル休みして他人事にして、それで済ませていいものだろうか。 そうやって先輩たちが顔を背けて来たからこそ、生徒会の行事なのに生徒の誰も望まない、こんな形の文化祭が現存するのだとは言えないだろうか。


 茜はなんだか悲しくなった。

 「そうやってみんな逃げてばっかだから、改善されないんじゃん‥‥」

 ポツリと独り言を言った時、たまたま教室ないのざわめきが途切れた。

 偶然のタイミングがつくった、ぽっかり空いた穴のような沈黙。 そのたまたまのおかげで、大声でもなかった一言のつぶやきが、奇跡のように教室内に響き渡ってしまったのだ。


 「‥‥善されないんじゃん‥‥」

 一瞬の静けさの中に、自分の声の残骸がエコーのように耳に残り、茜はあわてた。

 

 「ええと‥‥恩田さん。 何かご意見が?」

 瀬尾がすがるような視線を寄越して来た。

 独り言です、と言って知らん顔をしたいという気持ちは切実だったが、こうなるととても出来なかった。 議事進行役としてあの壇上に立った時の失意や苛立ちを、茜はもう知っている。 知っている以上、知らん顔はできなかった。

 そんな卑怯なことは、青井愛子の名前に恥じると思った。


 茜は立ち上がって、クラスの面々を見回した。 クラスメート達は、今度は茜が何を言い出すのかと、明らかに期待した表情でこちらを見ている。

 「文句があるなら、なおさらきちんと参加するべきだと思います」

 密かに深呼吸をして緊張を抑えたあと、茜は話し始めた。

 「文句を言うためには、模擬店のくじ引きと、そのくそまじめな展示とやらの両方に参加しませんか」


 「あああ? また恩田がいい子ちゃんぶるのかよ」

 苅野が眉を吊り上げた。

 「理由がちゃんとあります」

 茜はいつものように苅野を無視する。

 「こういう行事は、前の年の反省をもとに、今年の計画を立てているはずです。 とくに1学期にやる行事は、前年度のクラスがやったことでしかデータを取る暇がありません。

  つまり、去年の人がきちんと活動して、こんなに不毛だった!と訴えて、学校側を説得しなかったから、今年も同じことをやらされるんです。

  皆さんは2年生でも同じことがやりたいですか」


 教室の中が、ピンと張ったラップのように緊張した。

 説得力は充分あるはずだ。 みんなまだ1年生だから、高校の文化祭は今回を入れてあと3回ある。 大学に行かない人は、それで一生分の文化祭が終わりかもしれない。

 そのうちの2回を、自分達でコントロールする、という事なのだ。

 茜の意見は、クラスメートの心に波紋を投げかけていた。


 「真面目にやったからって、学校側がはいはいって許可してくれるとは限らないだろ」

 苅野が馬鹿にしたような口調で吐き捨てた。

 「説得するのは学校じゃなくて、生徒会でいいんです」

 茜はわざと挙手して、起立してから言った。

 「まず、文化部会に降りてきた指示通りに文化的な研究をやります。 一方で模擬店も、一種のお客様商売で、販売経営という文化活動ですから、その辺を押さえたレポートを出して」

 「げ。 めんどくせーじゃん」

 「そして文化祭あとの反省会で言うんです。 『私たちはふたつの活動をしましたが、模擬店は充分文化的かつ将来のためになる活動でした。 今後は文化活動として、クラスの自由参加を認めてください!』って。

  文化委員会がそれを認めれば、生徒会が動きます。 学校側との交渉は、生徒会執行部がやってくれます」


 「そんなにうまく行くかよ」

 「やだ! 苅野さんに期待してませんから大丈夫ですよ」

 「なんだと?」

 「今回、苦労するのは文化委員のおふたりですもん。 委員会を説得して貰わなきゃ。

  手始めに、文化的な模擬店ならくじ引きなしで参加できないかを聞いてもらいたいです」

 

 「ちょ、ちょっと。 あんまりあたしたちに期待しないで下さいね。

  口がたつ訳じゃないし、それでなくても1年生の意見なんか聞いてもらえない感じなんですよ」

 瀬尾の後ろから、稲葉が泣きを入れた。 茜はうなずいた。

 「例えば、江戸時代の見世物小屋を再現したからお化け屋敷をやらせろとか、そういう交渉をしてもらうだけです。 そういう展示と一緒にできるものなら、ふたつやらなくていいかもしれないじゃないですか」

 「なるほど」

 「でもそれが通らなかったら、是が非でもくじに勝って貰う」

 笑いが起こった。


 「そんなことで学校が動くもんか」

 苅野はしつこく反対していた。

 でも茜には確信があったのだ。 あの時のウタコ先生の表情が記憶によみがえる。

 「わかって下さると思った」と言って、自分から便宜を図ってくれた。


 話し合いの結果、「小麦粉の活用を調べて、クッキーやたこ焼き、パンなどの模擬店と掲示を同時にやる」という案が多数決で採用された。

 「でももしそれが通らなければ、屋台の権利はくじ引きになります。 その場合、模擬店とは別に文化的展示というのをやることになりますが、そうなった場合は何をやりますか?」

 瀬尾がみんなに問いかけた。


 その時、山吹琴子が手を上げて、

 「校則を調べませんか」と提案した。


 「うちら、いま、部活で校則のこと歌ってるんですけど」

 知ってる知ってる、と声が上がった。

 「生徒手帳見たら、ほんまにこの学校の校則、ワケわからんのです。

  そういうのを調べて、どうしてそんなことが決まったのかとか、ほんまはどういうのんが正解かとか。 言う通りにしたらこんなかっこになるぞ、って極端な例を誰かがやるとか」

 「面白い! こんなにイケテルファッションでも校則クリアしてるぞ、って極端なのを着て受付するとか?」

 「写真撮って並べまくろう」

 周りのみんながその気になって来た。


 (少しは面白いクラスになったかな) 茜は自分の席で、ひとりほくそ笑んだ。

 気分がワクワクして、この時は細かいことなんか気にならなかった。

 

 反対に、隣の苅野は苦虫を噛み潰したような顔をしている。 その顔つきに、茜は気がつかずにいた。 自分がこの天敵をいかに追い詰めていたかを自覚していれば、茜ももう少し危機感を感じたかもしれなかったのだが。





 文化委員は、とりあえず健闘したと言っていいだろうか。 1-Dの提案は、委員会を一旦通過したかに見えた。

 が、くじ引きなしで参加を許可するか、というところで周囲の反対を受け、撃沈。


  その後くじ引きでは当たりを出したので、模擬店は出来ることになったが、

 「では文化的模擬店の出店ということで、展示の方はしなくていいのでしょうね?」

 と、瀬尾が念を押したところ、

 「そんな屁理屈、今までに何クラスも唱えるやつがおったが、結局はお祭り騒ぎで終っただけだ! 真面目にやる気がないのなら、不参加でいいんだぞ!」

 文化部担当の国広という国語教師が一喝して、おじゃんになったという話だった。


 「そんなら初めに文化的取り組みとこっちが言った時に、ペケ出してくれりゃいいのに」

 「出来るか出来ないか確認してから議事を進めるのが議長の仕事じゃない?」

 戻って来た瀬尾と稲葉が、しきりに残念がった。

 「議長が、何をどう決めるのかわかってないのが女子校ってもんなのよ」

 稲葉は付属中上がりだということで、中学時代の不毛かつずさんな学級会議の様子を語ってくれた。


 「中学の時に、苅野さんたちバレー部員は、先輩が来る前にコートの準備とかしとかないと叱られるから、掃除が長引くと困る、掃除の後の点検をする当番を免除して欲しいって言い出して。 それで学級で話し合いをしたことがあるの。

  文化部の人が、そんなことしたらみんなが自分の都合で掃除を抜けるようになるからやめてくれって言って。 そのうち、部活とクラスとどっちが大事かみたいな口調になって」


 

 稲葉の話では、その時に苅野が「呑気にどうでもいい個人活動してる文化部の連中と一緒にするな、こっちは学校の看板背負って全国大会に出るんだ」と言い、激怒した文科系のクラスメートが「あんたたちがくだらない大会で優勝したからって、他の人は何の利益も受けられない、ただの自己満足のために他人の仕事を増やした上に自慢するのは迷惑」とやり返したと言う。


 これには運動系クラブ員が総立ちで反論。

 「ならみんなに聞いてみろよ」

 苅野にすごまれて、議長が多数決を取った。

 

 「何と何で?」

 茜が聞くと、稲葉は肩をひとつすくめ、その時の議長のモノマネを始めた。


 「『では、運動部が文化部を馬鹿にしていると思う人。

   次に、文化部が運動部を馬鹿にしていると思う人。

   はい、文化部が運動部を馬鹿にしていると思う人のほうが多いです』」


 「そこ決取るとこか? 結局結論はどうなったの?」

 「運動部を馬鹿にしないこと、という決まりが出来たの」

 「ひどいねえ、肝心の掃除の話は?」

 「苅野がさぼっても、誰も文句を言えなくなったから、自然と文化系クラブが点検することになった」

 苅野は当時からやりたい放題らしい。

 

 「議長が頼りないんだな」

 「女同士って、感情に流されてわかんなくなるんだよ」

 文化委員のふたりは、茜の顔をしみじみと見ながら、

 「ずーっと恩田ちゃんが議長ならいいのに」

 と言って仲良く笑った。


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