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♪(11)生徒手帳を広げて今夜も

 掃除の時間が長引いて、音楽室からアコーディオンを借りて3-Dの教室に着いたのは、30分も遅刻した時間だった。

 廊下に人だかりが出来ていたので驚いた。 室内からは、ギターのストロークに混じって何だか耳慣れた音がする。

 ボールをドリブルする音。

 ピンポン球の弾む音もする。

 茜は人垣の後ろから首を伸ばして覗いてみた。

 

 部屋の中央でギターを弾いている青井を、仁科と浅木がリズムを取りながら見守っている。

 机の上に置かれたラジカセは、多分学校で借りた骨董品だろう。 ボールの音はそのラジカセから出ていた。

 ドリブル音に音程があり、正確なリズムがある。 低く床を打つバスケットボールの音は、ベースの代わり。

 軽く弾むピン球の音がスネアドラムの役をしている。 床を蹴る、ダンと重い振動が、バスドラ。 シューズで床をこするキュッキュッという小気味いい音で、シンバル系のリズムをカバーしている。

 

 それらのリズムに合わせて青井が歌っているのだが、マイクがないので途切れ途切れにしか聞こえない。

 それでも、恐ろしく印象的な曲だと言うことはわかった。


 「恩田ちゃん、おっそーい!」

 青井が歌を止めて叫んだ。

 茜はあわてて人垣を掻き分け、アコーディオンを下げて教室に入った。

 

 「すごいね! どうやって作ったの? この音!」

 「よくわかんなかったから、兄貴に頼んだらこうなった。 青春の音にして!って言ったんだけど」

 「いい、いい」

 「アコーディオンに合うかどうかわかんないから、3パターン作ったのよ。 今のボールバージョンと、素朴に木箱を叩く感じのやつと、ハープシコード系クラシックバージョン」

 カセットを変えて3つのパターンを聞き比べた。


 どれもハンドメイドの音といったイメージだったので、茜は驚いた。

 「シンセってもっとテクノっぽくなっちゃうもんだと思ってたわ。 ずいぶん地に足が着いた音よね」

 「そりゃ兄貴に言ったもん。 70年代フォークと並べるんだから、ドロ臭さは消さないでね!って。 ねえアコと合わせてみてよ」

 「うん。でもその前に歌だけもう一度聞かせてよ」

 「いいよ、メロディはもう少しいじるかもしれないけどね」


 青井が生ギターだけでワンコーラス歌う間に、廊下の野次馬は更に増えた。

 確かに心に残るメロディだった。 ものすごい名曲ではないかもしれないが、歌詞といい音色といい、今の茜たちの思いにピッタリ会っている。

 茜がアコーディオンで合わせて、カセットのシンセを入れると、なんだか聞いたこともない雰囲気の曲が出来上がった。

 「ボールバージョンが1番いいね、やっぱり」

 「恩田もそう思う?」

 「ホイッスルとかも入れない?」

 「いい! 体育館の雑音、歓声とかもいけるかも」

 「それとさ」

 茜はちょっとためらったが、決心して口にした。

 「アコのソロ入れさせて。 間奏のところ、超絶早弾きマスターするから!」

 即興でアコの鍵盤に指を走らせ、早弾きの見本を見せると、廊下の見物人がどよめいた。

 「すごい!  恩田ってナニモノ?」

 青井が歓声を上げた。


 「あのー。 いいですか?」

 人だかりの中から、ひとりの1年生が歩み出て、中に声をかけた。

 「私も入部したいんですけど。 ええと、楽器も作曲もなんにもしたことないんですけど、ダメですか?」

 ちょっと関西系の訛りがある喋り方。

 「あれえ、山吹さん」

 茜と同じクラスの山吹 琴子だ。


 「入れてもらっていいですか」

 「大歓迎よ。 文化祭までに簡単なギターテク覚えたら、何とかなると思うわよ」

 仁科が言って、仮入部の名簿を持って来た。

 「琴子? コトコって読むの?」

 「はい。 前の中学ではココちゃんでした」

 「あ。 かわいッ」

 部員の人数が少ないので、何をやるのも全員が集まって騒いでしまう。

 3人目の新入部員に、先輩達が総出で拍手をしてくれた。


 1年生のグループがひとつしかなく、上級生はすでにまとまった活動をしているということで、自動的に山吹は茜たちと一緒に活動することになった。  

 「嬉しいけど、あんたらウマすぎて、ウチが入ってもなんにもできへんからなあ。 うち足ひっぱらなええけど」

 部活が終わって一緒に下校するときも、山吹は盛んに恐縮してみせた。

 「私たちだって、まだ手探りでやってるんだから似たようなレベルよ。 これからコーラスも入れたいし、メンバーは必要だと思うわ」

 青井の言葉に茜はうなずきながら下駄箱を開けた。


 「あれ?」

 入れてあったはずの制靴がない。

 なんとなく、「来たか」と思った。 苅野が何かつまらないことを仕掛けてくるとは思っていたのだ。 でも、ここまで幼稚なことになるとはかえって意外だった。

 こっそり周囲をうかがうと、非常階段の陰で、さりげなく立ち話を装って集まっている苅野と、その一味を見つけた。

 

 「あーあああ、絶対あいつらやん」

 山吹が覗き込んで小声で決め付けた。

 「なあに?」

 クラスが違うので事情がわからない青井に、山吹が後ろを指差して小声で説明する。

 すると何を思ったか、青井は突然大声で叫ぶように言い始めた。


 「何言ってんのよお! そんな幼稚なこと、高校生にもなってやる馬鹿がいるわけないじゃないのお! 小学生だって、イマドキ恥ずかしくってやんないわよお! そんなしょうもないことやったら恥ずかしくて生きてらんないって!!  犬かなんかが咥えて言ったんじゃないのお?」

 茜は吹き出した。 偶然なのだがまたしても犬の話になっている。

 「私もそう思う! 最近うろついてるもんね、たちの悪いポメラニアンの雑種が」

 茜が同調して大声を出すと、ガタンと大きな音がした。


 「恩田てめええ!」

 苅野がカバンを放り出して殴りかかって来るのを、仲間達が押さえようとして跳ね飛ばされた音だった。

 そのまま苅野は茜に駆け寄ると、つかみかかって来た。

 「きゃああああああああああ!」

 突然、ものすごい音量で悲鳴を上げたのは山吹だった。

 「いやああああ! いたいいい! 苅野さんやめてええええ! ぎゃあああああ!」

 声を限りに悲鳴を上げた山吹は、実は何もされてなかったのだが、廊下に響き渡った声に驚いて、職員室を初めそこら中から人が飛び出して来て、苅野は取り押さえられた。

 お陰で茜は連続して職員室へ入る羽目になったのだが、もちろん今回は被害者としてだった。


 

 「ココちゃん、決定よ。 あなたがボーカルやってよ。 マイクなんていらない大声量じゃないの!」

 青井が山吹の肩を叩いた。

 茜は苦笑混じりに笑い出した。 この人たちといると、いじめなんて馬鹿みたいにしか見えないかもしれない。



 ************************


  ねえ うちの学校の校則 どっかヘンじゃない?

  学生カバンに風呂敷抱えて どうやってつり革持てばいい?

  よろけて落ちた 君の腕の中 その日から落ちた 見つめるだけの恋の中


  ねえ 真面目なオカッパ頭が 頭髪違反って知ってた?

  その代わり黒いリボンなら ポニーもお団子もクリアだってさ

  だけどどうしてもクリアできない 男女交遊 禁止とはっきり書いてある


  生徒手帳を広げて今夜も 校則の隙間を探してる

  この想いになんと名づけたら 違反にならずに済むかしら

  下着のレースを真赤に変えても 心のスキルは上がらない

  この想いをどこに飾れば 君の目に留まるだろう


  生徒手帳を広げて今夜も 校則の隙間を探してる

  後ろめたい恋はしたくない 誰にもケチをつけさせたくない

  どんな髪型で会いに行っても 好きと言って欲しいホントは

  威風堂々と恋をしたいよ 君への気持ちは宝物

  

  

***************************

 山吹 琴子をボーカルにしたことで、演奏のレベルは格段に上がった。

 歌い手としては初心者だったが、山吹はセンスが良かった。 基礎力があるわけではないが、その声はハスキーで声量もあった。

 山吹はその声を裏表使い分け、更に高音部のビブラートを6パターンに変化させた。 ノウハウを知らなくても、そういうことが直感的に出来る子だった。


 彼女の歌声が廊下に響くと、放課後の見物人は更に増えた。 3-Dの教室が中央階段のすぐ脇だったせいもあって、下校する生徒が一曲終るまで聞いてから階段を下りるようになったのだ。

 さらに、青井の提案で、間奏の頭にラップ風の朗読を入れることになった。

 生徒手帳の服装規定全文を、早口でまくし立てる。

 その後に、茜のアコーディオンソロが超絶速弾きに雪崩れ込む。 息つく暇もなく引きずり回す間奏だ。

 その構成を取り入れてからは、廊下の人数が倍になった。 「間奏の部分をもう一度聞きたい」と足を止める生徒が増えたからだ。


 「あんたたち、文化祭のステージに出てもらうから、だから最低でもあと2曲アップしなさい」

 仁科が恐ろしいことをポロリと言った。

 「こんなに人気が出たら、出さないわけには行かないでしょ。 出て来て一曲だけでサヨナラってわけにもね。 グループ交代するだけで、マイクや楽器のセッティングに何分もかかってお客さん待たせるんだから」

 「で、でも仁科のおねーさん、あたしたちまだシンセとナマで合わせた事もないんですよ! 一曲完成もしてないのにあと2曲って、時間的に無理ですよ」

 「あとの曲はそれぞれのソロでもいいじゃない。 それなら平行して家で作って練習できるでしょ」

 「作るんかいな‥‥」

 山吹が口の中で反論を噛み殺すため苦労していた。


 大変な事になったとは思ったが、茜は自分でも意外なくらい、焦りを感じなかった。

 曲を作るのはきっと、青井がうまくやってくれる。 歌うのは山吹に任せたら大丈夫だろう。 そして詩だけなら、今の茜にはいくつでも作れそうな気がした。


 この学校の生徒達には、言いたいことがたくさんある。 たくさんのメッセージが胸の中に溢れかえっている。

 喧嘩腰で叫びたいこともある。 肩をつかんで揺さぶって、耳元で連呼したい。

 

 一生が3万日しかないってこと。

 大人が敵ではないってこと。

 自分みたいにつまんない人間にも、人生があるってこと。

 よく見ると雑種のポメラニアンも、けっこう可愛らしいってこと。


 書きたい。詩を作りたい。

 引っ込み思案な茜にしては珍しく、人に発信することを渇望したのだった。



 鏡は入院初日に、パソコンから長いメールを入れて来た。 病室の様子、医師や看護婦の紹介、検査や薬のことを細かく書き、さあ治療するぞと意気込んだ。

 2日めから抗がん剤の投与が始まっても、しばらくは元気なメールが大量に届いた。

 面会禁止ではなかったが、無菌室にいる間はメールだけにしたいと鏡が望んだので、見舞いにはいかないことにした。 その代わり毎日、鏡に負けず劣らず長文のメールを打ち送った。

 軽音部で文化祭の出演が決まったことも、一番に報告した。

 誰にも言ってない、苅野のいじめに対する恐怖感についても、メールには書くことが出来た。 それなのに本当の名前だけは、未だに明かすことができないのだった。 




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