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秘めたる想いの結末は

掲載日:2011/12/30

 これは、一つの恋が成就する物語。





 夕暮れ。道の両側に生い茂る木々の葉が、赤や黄に染まっている。普段ならば灰色でしかない通学路を、木から落ちた葉が色鮮やかに彩っている。

 その道を、サクサクという音をたてながら歩く影が二つ。


「文化祭、成功したねー」

「だな。実際、微妙なラインだと思っていたが……やってみるもんだな」


 付近にある私立高校の制服を身に纏い、少年少女は歩みを進める。冬も近いからか、少年少女の首にはマフラーが巻かれている。


「本番には強いタイプなんだよ、うちのクラスは」


 少女の名は三島燈みしま あかり。焦げ茶色の髪を後ろで束ね、ポニーテールにしている。その髪型から活発そうな印象を受けるが、タレ気味の目がおとなしげな印象も同時に与えている。


「それは単にやる気がないだけだと思うが……」


 少年の名は大崎圭吾おおさき けいご。短めに切りそろえた黒髪と若干切れ長な目が、パッと見で近寄りがたい雰囲気を与える。だがその性格は非常に温厚で、友人からの頼みはできる限り叶えようとする情に厚い人間。


「実際成功したからいいんだよ!」

「はいはい」


 彼らの通う私立高校では先日、文化祭がとり行われた。付近でも中々の進学校であると名高いので、それなりに大勢の人で賑わった。

 彼らはその中でファンションショーを開催した。学校のグラウンドに特設ステージを設置し、様々な衣装を着た男子女子を紹介していくという企画だった。過去にそうしたショーを開催したという前例が無かったためか作業は困難を極めていたが、本番当日になってみれば彼らの企画は大成功を収めた。文化祭を最も盛り上げたと言うことで、後に校長から直々に賞賛を受けたほどだ。

 そうして燈と圭吾を含むⅢ―2クラスの最後の文化祭は、有終の美を飾ったのだ。


「なんと言っても、この企画が成功したのは圭吾のおかげだからね。本当にありがと!」

「別に俺だけのおかげじゃないだろ。俺とお前が文化祭実行委員として頑張った結果なんだから、礼を言われるようなことじゃないさ」


 燈と圭吾は共に、文化祭実行委員という役職に就き、Ⅲ―2クラスの文化祭企画を成功へと導いていた。彼らの企画が此処までの成果をあげられたのは、ひとえにその努力の賜だと言えるだろう。


「あはは、私なんてまだまだだよ」

「寝る間も惜しんでた奴が何を言うか」

「え……な、何で知ってるの!?」

「授業中寝過ぎだ、馬鹿」

「だ、だって、絶対成功させたかったし……」


 高校生最後の文化祭と言うことで、燈は絶対に成功を収めたいと思っていた。それ故に文化祭実行委員という面倒な役回りにも喜んで立候補したし、寝る間も惜しんでショーの流れや選曲なども行ったのだから。


「それに……」




 それともう一つ、理由があった。それは燈だけの、個人的な理由だが。




「それに?」


 怪訝そうな顔でこちらを覗き込む圭吾を見て、燈は僅かに頬を染める。


「……何でもない、よ!」

「あっ、こら! マフラー取るなって!」

「へっへー、取り返してみやがれー」

「ちょっ、待てよ!」


 赤と黄の道を二人は駆けて行く。燈はその手にマフラーを掴み、圭吾はそれを持つ燈を追いかけて。高校生によくある、楽しげな下校途中の風景だった。


 燈の首には赤、燈が手に持つ圭吾のマフラーは黄。どちらも形は少し歪だが、どこか温かみを感じさせるような、そんなマフラーだった。





 いつからだったっけ。


 気付いたのは最近のことだけど、いつからこの想いを抱いてたのかは覚えてない。幼少の頃だったのか、小学生の頃だったのか、中学生の頃だったのか、高校生になってからだったのか。思い返してみても、その辺ははっきりしない。


 小さい頃から一緒に遊んでいた事もあって、昔はこの感情は友情だと思っていたのだから。前々からの感情とそれほど差があるとは思えないのだから、最初の最初からこの感情を抱いていたのかもしれない。


 一つだけはっきりしているのは、私の想い。


 好き、大好き。


 他の誰よりも、どんな人よりも。


 今や私の中でその想いは、他の感情の全てを押しのけて、私の心を埋め尽くす。


 見るだけで、話すだけで、私は嬉しくて幸せな気分になれる。心の中に押し止めるのが難しいくらい、表情に出さないようにするのが難しいくらい、私の心を満たしてくれる。


 好き、大好き。


 この想いを届けたいけど、それは出来ない。


 私には出来ない理由がある。それを思い出す度に私の心に罅が入って、パンパンに詰められていたはずの想いが漏れ出すような感覚がしてしまう。


 苦しい、好き、辛い、好き、痛い、大好き。


 相反する感情は、今日も私を苦しめる。





 文化祭の興奮冷めやらぬ状態でも、学校では授業が展開される。面白い授業ならまだしも、聞くだけのつまらない授業が開かれてしまうと、生徒達のモチベーションは保たない。事実、文化祭が終わって初めての授業日、Ⅲ―2クラスでは数人を除き壊滅状態となっていた。


「……ん、すまんな、貸して貰って」

「別にいいよ」


 そんな壊滅的な惨状の仲で圭吾は、クラスの中でまともに授業を聞いていた数人にノートを借りていた。文化祭実行委員として尽力していた分の疲れは、一日二日でどうにか出来るようなものでは無かったからだ。


「おらよ大崎、ノート。文化祭終わってから抜けてんじゃねぇの?」

「はは、その通りだから何も言えないな」

「ノートは明日で良いぜ、急ぐ必要はないからな」

「あぁ、ありがと」


 ノートを友人に借り終えると、それを鞄にしまい立ち上がる。既にその他の教科書類は鞄に入れていたので、特に時間をかけることなく帰宅準備を終え、真っ直ぐに燈の席へと向かう。


「……んむぅ……」


 燈は一限から六限まで、ただの一度も起きることは無かった。教師も最早諦めているのか、起こしたりはしなかったので、ただひたすらに安らかな眠りについていた。それでも昼休憩には起きて弁当を食べている辺り、さすがと言えるだろう。

 幸せそうな顔で言葉を漏らす燈の顔を、圭吾は憮然とした顔で見下ろす。


「……」


 そして何の言葉も発することなく、燈の額に照準を合わせ……


「せいっ!」

「ぅきゃっ!?」


 デコピンを放った。


「おはよう、燈」

「ぅあー、いたいー」


 急に眠気を覚まされたからか、額の痛みからか、それともその両方からか。燈は涙目で額をさすりながら、机の上で言葉を漏らす。


「帰るぞ」

「んぁー……圭吾はもっと良い起こし方を覚えるべきだと思いますが、如何に?」

「起きないのが悪い」

「……ですねー」


 燈は登校してから弁当以外のものを鞄から出していないので、帰宅準備に一切の時間をかける事は無かった。机の横にひっかけていた鞄を手に持ち、席を立つ。


「うし、お待たせー」


 柔らかい笑みを浮かべながら燈が言うと、圭吾は特に動じた様子も無く背を向け、教室を後にする。最早いつもの事なのか、燈も特に気にせずその後に続く。


「ん」


 教室を出てすぐ、圭吾は廊下の端にいる人影をとらえる。その人影も圭吾をとらえたのか、動きを止めてこちらに顔を向けている。Ⅲ―2クラスは廊下の真ん中辺りに位置しているため、廊下の端にいる人影はそのシルエットくらいしか判別できない。

 だが圭吾には、そのシルエットだけでもそれが誰なのか判別するのに苦労はしなかった。


「じゃあな」


 声は恐らく届かないだろうから、手で合図をする。右手をあげてひらひらと軽く振る程度のものだが、それが何を意味するかくらいは伝わるだろう。


「―――」


 向こうの人影も、片手を僅かにあげて合図をする。こちらの意図が正確に伝わった事が嬉しかったのか、圭吾は僅かに笑みを浮かべる。


「……圭吾?」

「ん、あぁ、悪い。帰ろうか」


 後ろから聞こえる燈の声で我に返り、圭吾と燈は帰宅のために下駄箱を目指して歩いて行く。

 圭吾は、通学路にさしかかるまで、後ろについて歩く燈の不満そうな顔に気付けなかった。





 私が想いを伝えられない理由。それは、圭吾が抱く想いにある。


 私は、圭吾が誰を好いているのか知っている。


 多分だけど、私は嫌われていないと思う。少なくとも友人として、幼馴染として、好かれてはいるだろう。それでも、圭吾が想いを寄せている人には届かない。


 幼馴染みだから、長い間圭吾と一緒にいたから分かる。圭吾がその人に向ける視線や表情には、私を含め、他の誰にも見せた事の無いような楽しげなものを感じさせた。


 圭吾はその人と話していると、心底嬉しそうな笑みを浮かべる。圭吾はその人を見つけると、途端に顔が綻ぶ。


 そう言う顔を見る度、自覚してしまう。


 圭吾は私よりも、あの子の方が好きなんだって。





 時は過ぎ、冬から春へと移行しようとしている季節。燈や圭吾たち高校三年生は、大学受験にさしかかっていた。

 幾人かの生徒は就職や推薦などで既に安定した道を得ているのだが、大半の生徒はそうではない。教師によって行われる授業は既に終わり、自習ばかりの毎日を送るようになっていた。入学試験本番を間近に備えたⅢ―2クラスに漂う空気は、かつて無いほどに淀んでいた。


「だから、言ってしまえば確率の計算は慣れだ。とにかく色んな問題を解いていくしかない」

「うー……それしかないのか」


 そんな淀みきった教室の隅で、燈は圭吾に勉強を教わっていた。

 燈は勉強が出来ないわけではないのだが、数学に関しては壊滅的だった。典型的な文系タイプの燈は、これまで苦手と言う理由で数学の勉強をほとんどしてこなかった。その結果、高校三年の最後にさしかかってようやく数学ⅠAを勉強し始める羽目になっているのだ。


「大丈夫、燈は数学である程度落としても他でカバーがきく。これは保険みたいなもんだから、そこまで気に病む事は無いさ」

「そっか、ありがと圭吾」


 圭吾は進学せず、就職の道を選んでいた。彼の親は技師として工場で働いており、圭吾自身もその道を歩みたいと思っていた。その為、高校卒業後はその工場で働くことになっている。既に工場での修業は始まっているのだが、暇を見つけては学校を訪れ、燈に数学を教えている。


「そう言えば、今日も修業?」

「あぁ、今日は昼からだ。それまで暇だったからな、燈に勉強でも教えようかと」

「すみません、助かってます……」


 圭吾は、全ての教科において上位に位置するほどの頭脳の持ち主である。就職するんだと担任に告げた際、もったいないと全力で反論を受けるほどに、教師達の中でも圭吾の株は高かった。


「お前に話したい事もあったしな……」

「え?」


 唐突に真剣な表情を浮かべる圭吾に、燈は僅かに動揺する。教室内で二人のいる空間だけが別の空気を纏っているかのような、そんな錯覚を覚えるほどだった。





「燈の大学受験が終わったら、時間が欲しい。大事な話があるんだ」







 ようやく温かくなってきたとある日、圭吾が私の部屋を訪れた。部屋を訪れてすぐに改まった顔で「相談事がある」と持ちかけられた。



「……あいつの事が、好きなんだ」



 元々、来る前に知らされていたとはいえ、圭吾の口から出る相談事と言えば一つしかなかった。私は、圭吾が話し終えるまで平静を装うのに必死で、意識半分で聞くのが限界だった。

 圭吾の顔は、目は、意思は本物だった。それくらい真剣に好きなんだと思うと、それが私で無い事に少しだけ寂しく思えた。


 だからと言って、圭吾の幸せを壊したくは無い。相談された事を適当にあしらうなんて真似、私には出来なかった。



「圭吾は優しいし人当たりも良いから、その子も良い印象を受けてるはず。きっと……了承してくれるよ」



 私の口から出たのは、私の本音。圭吾はその目つきから近寄りがたいって印象が強いけど、話してみればそんな印象はすぐに払拭される。事実、私の周りには圭吾の事が好きな女の子が多数いる。


 私も、その一人だったのに。



「サンキューな。お前が幼馴染みで、本当に良かったと思うよ」



 圭吾の口から出た言葉に、私の心はチクリと痛みを発する。幼馴染みの先には進む事が出来ないのだと言われているようで、切なくなった。


 その後しばらく話をして、圭吾は決心が固まったのか、いつも通りの調子に戻って部屋を出る。そして玄関へと向かい、靴をはく。



「……私も、好きだよ」



 その背中に、思わず言葉が漏れてしまう。聞き取れるか分からないくらいの声量で吐かれた言葉は、圭吾の背中にしみこんでいく。

 圭吾はその言葉に気付く事無く「じゃあな」と言って扉の向こうへと消えていく。もう一度、もっと大きな声で言おうかと思ったけど、圭吾の幸せそうな笑顔を思いだして言い淀んでしまう。



「わ、私もっ……!」



 それでも、やっぱり伝えたいと顔を上げれば、既にそこに圭吾はいなかった。圭吾に「じゃあね」と返せたのかは分からない。平静を保った顔を浮かべていられたのかも分からない。圭吾はそう言うのには敏感だから、多分大丈夫だったのだろう。


 私の頬を伝う温かい滴は、いつから流れていたのだろう。


 いつになったら、止まってくれるのだろう。


 私はしばらくの間、静かに、そして全てを吐き出すように、その場で涙を流し続けていた。





「合格おめでとう、燈」

「ありがと」


 三月。高校生としての二人の姿はそこにはなく、手には黒い筒に入った卒業証書があった。晴天の広がる空の下で行われた卒業式を終えて、彼らはめでたく私立高校を卒業した。

 文化祭終了後に歩いていた赤や黄で彩られた灰色の通学路は、咲き乱れた桜の花びらでピンク色に染められていた。


「燈とは、あんまり会えなくなるな」

「うーん、家が近いとはいえ、こればっかりは仕方ないよね。私も大学あるし、圭吾は本格的に仕事が始まるし」


 燈は圭吾との勉強会の成果か、それとも元々の実力からかは定かではないが、第一志望の大学に合格していた。地元ではかなり有名な大学で、担任の鼻高々な顔が二人の印象に強く残っていた。

 圭吾は高校を卒業したということで、社会人として本格的に工場勤めを始める。圭吾の父は「筋が良い」と言って次々教えてくれるらしく、圭吾としても嬉しい悲鳴だった。


「これからは大人になるんだ、仕方ないさ」

「先行き不安だなー」

「……」

「圭吾?」


 いつものように、軽い口調で話していると、圭吾は前触れも無くその歩みを止め、黙ってしまう。何事かと小首をかしげながら顔をのぞいてくる燈の瞳を、真剣な顔つきで見つめ返す。

 そして燈は思い出す。ある日の、数学の勉強中に言った圭吾の言葉を。






―大事な相談があるんだ






 おそらくその話だろうと、燈は直感的に悟る。圭吾の真剣な表情は本気の証、これまで圭吾と接してきた燈にはそれが身に染みて分かっていた。それ故に、今は黙して圭吾の言葉を待つ。


「燈、大事な話がある」


 静かに開かれた圭吾の口から出た言葉は、燈の予想通りの事柄に関するものだった。


「大事な、話?」

「あぁ」


 圭吾に返答しようと口を開くと、思った以上に口の中が渇いている事に気付く。若干返答がおかしくなってしまったが、圭吾は特に気にするそぶりを見せなかった。


「高校を卒業して、俺たちは大人になる。燈は大学生に、俺は社会人に」

「うん」

「ようやく……大人になって、ようやく決心がついたよ」


 真剣な表情を若干崩して、圭吾は微笑む。温かくて優しい、いつも通りの圭吾の笑み。そして制服のポケットからある物を取り出す。それは黒い小箱のようで、圭吾の掌に隠れきるくらいの大きさだった。


「燈」


 圭吾は、それを燈に差し出す。






「好きだ」






 片手で持つそれを開くと、そこには簡素ながら美しいシルバーリングが収められていた。そしてその内側には〝to Akari from Keigo〟という文字が。


「えっ……」


 突然の光景に、燈は茫然としてしまう。


「今すぐに、とは言わない。俺が安定した収入を得られるようになって、燈が大学を卒業して進みたい道に進んだら……その時は、俺と結婚してほしい」


 燈は知らなかったが、圭吾の工場での修行と言うのはかなり初期段階で終了していた。それでも圭吾が工場に通い続けていたのは、既に社会人として勤務し始めていたからだ。そして勤務しているともなれば当然給料も発生し、圭吾の元へと入る。それ以外にも深夜勤務のアルバイトを入れるなど、資金稼ぎには余念が無かった。

 圭吾はその資金の全てを、この指輪に充てていた。


「けい、ご……」


 燈は未だ、目を見開いたまま硬直していた。圭吾の真剣な表情と銀色に煌く指輪を交互に見ては口をパクパクと開閉している。

 そしてやがて正常な思考が戻ってきて、現状を冷静に理解できてくると、燈の瞳からは自然と涙がこぼれ始めた。


「あ、燈?」

「ひぐっ……ぅあ……」


 一粒、二粒と流れた後で、涙は際限なく流れ始めた。突然の現象に、圭吾も戸惑ってしまう。


「わ、わだっ……わだしもっ……」


 そんな状態でも、燈は何とか言葉を紡ごうとする。圭吾としては燈の状態に気が気で無いのだが、返事をしようとしている燈の気持ちを不意にしたくは無かった。それ故に、今度は圭吾が黙して言葉を待つ。


「わだし、も……圭吾が、好き……っ」

「燈……」

「けいっ、ご……結婚、しよ……」

「燈っ!」


 燈が自身の想いを言い終わるのと、圭吾が燈を抱きしめるのは、ほぼ同時だった。圭吾の両手にすっぽりと入るくらいに華奢な燈の身体は、ともすれば折れてしまいそうなほどにか弱げだった。燈の精神状態と相まって、その印象はより強く思えた。


「燈、好きだっ」


 抱きしめた状態のまま、燈の耳元で想いを告げる。燈は抱きしめられたまま涙を流し続けるが、首をコクコクと動かして意思を表す。


 その時、強めの風がその場を吹き抜けた。地面に散らされた桜の花びらは僅かに舞い上がり、幻想的な風景を演出する。

 まるで二人を祝福するかのような桜吹雪の中心で、圭吾と燈は心から幸せそうな表情のまま抱きしめあっていた。そして二人は互いの想いを確かるかのように、そっと唇を重ねた。





「圭吾……」



 静かに、そして落ち着いたような口調で、私の口からは思わず言葉が漏れる。

 遠くに見える人影は、私が大好きな人。その近くにもう一人、その人が最も愛する人の姿があった。その手元には、指輪。


 圭吾が三島さんの事が好きなのは、周知の事実だった。頻繁に会話をしたり一緒に帰ったりと、積極的な行動が良く目撃されていたからだ。そしてそれを拒む様な素振りを見せなかった辺り、圭吾と三島さんが結ばれたのは、必然の結果だと言えると思う。


 そう心の中で考えてみても――






「圭吾っ……」






 胸の痛みは治まらなくて、流れる涙は止まらない。


 圭吾の幸せは確かに嬉しい。圭吾の恋が失敗して落ち込む顔なんて、見ていて気分のいいものでは無いと思う。だから、圭吾の幸せな顔が見れて良かったとは思う。


 出来るなら、圭吾の隣でそれを見ていたかった。


 私の為に、その顔を見せてほしかった。



「私も、好きだよ……圭吾」



 あの時言えなかった言葉が、今ならすんなりと言える。もし、あの時に圭吾にこの言葉を言えていたなら、もう少し違う未来が待っていたのだろうか。それとも、何も変わらなかっただろうか。

 その結果は分からない。私は、想いを伝えようとせず、現状維持を選んだのだから。


 元々口下手な私は、普段から良く話すような人間ではなかった。圭吾と二人きりの時はそれなりに会話をするけど、学校にいる時はあまり喋ったりはしなかった。

 それでも圭吾は、私に良く接してくれた。ノートをとり忘れた時、真っ先に私を頼ってくれた。廊下の端にいる私を見つけた時、手を振ってくれた。三島さんの前だろうと、圭吾はいつもと変わらないように私と接してくれた。


 そんな圭吾が大好きで、でもその幸せを壊したく無くて、どうしようかと悩みに悩んで……。


 結果、私はこんなにも後悔している。現状維持を選んだのは私なのに、その選択に全力で後悔しているのもまた、私。



「好き……大好き、なのに……」



 伝えられなくて溢れだすような私の想いが、圭吾に届かないと知りながら、そしてそれを知っているからこそ、この場で吐き出す。とめどなく出続ける涙と一緒に、胸に秘めていた想いは流れ落ちて行く。



「圭吾、圭吾……」



 その名を呼んでも、圭吾の耳には届かない。短い嗚咽が混じった心情の吐露は、私の心を癒してはくれない。それでも、吐かずにはいられなかった。


 十余年溜め続けた想いは、数時間かかってようやく私に平静を取り戻させてくれた。

 涙が枯れる頃には、圭吾と三島さんはいなくなっていた。春を迎えたはずの気候はすっかり冷え、太陽は当に暮れている。私の心を表しているかのように、空はただ暗く、星の輝きも見えないほど黒ずんでいた。





 圭吾と燈は結ばれた。

 二人は幸せに包まれ、これからの人生において至福の時を過ごしていくだろう。未来に立ちはだかる苦難も、彼らは互いを思いやり、乗り越えていけるだろう。




 もう一度言う。

 これは、一つの恋が〝成就する〟物語。


どうも、検体番号10032です。

この度はご一読いただき、ありがとうございます。


皆様が年末間際で最後の更新などしておりましたので、私も本年最後の短編投稿をしようと思いました次第です。


今回のテーマは『恋が成就した裏側』です。

一つの恋が始まる時、それを超える数の恋が終わりを告げる。恋愛というのは美しい場面ばかりではないという事を表現できていたら良いなと思います。


相も変わらず稚拙な文章ですが、ご了承ください。

感想・ご意見は随時お待ちしております。メッセージで送信していただいても構いませんので、何とぞよろしくお願いします。


それでは皆様、良いお年を。

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― 新着の感想 ―
[一言]  猫です。  何というか、最近小説というものを読んでいなかったので、衝撃がすごかったです。  言葉も出ないくらいの作品、今年の最後に読めて光栄です!  では! よいお年を!  エッ…
2011/12/31 13:09 退会済み
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