第1節:秩序ある机上と、理不尽な光
僕の朝は、一ミリの妥協も許さない定義から始まる。
校門をくぐり、昇降口から教室までの最短距離を、一定の歩幅で刻んでいく。
廊下の継ぎ目やタイルの色によって歩幅を調整するストレスを避けるため、僕は常に三枚目のタイルの中心を左足で踏むと決めている。
そうすることで、僕の一日は正しい座標の上に固定されるのだ。
教室に入り、自分の机へと向かう。
机の表面には、前日の放課後に僕が拭き上げた名残が、うっすらとした銀色の光の層となって重なっている。
初夏の朝の光はあまりにも無遠慮で、粒子の粗い暴力のように窓から差し込んでいた。
その光が、僕がミリ単位で位置を調整した教科書の背表紙を照らし出す。
「おっはよー! 律くん、今日も定規で測ったみたいな座り方だね!」
鼓膜を震わせる、無秩序な高音。
瀬戸口 紬が、僕のパーソナルスペースという名の聖域へ、土足で飛び込んできた。
彼女の制服のリボンはわずかに右に傾き、肩にかけたスクールバッグのストラップはねじれている。
僕にとってそれは、完成された数式の中に放り込まれた致命的な計算ミスに等しい。
「瀬戸口。リボンが三度傾いている。直してから話しかけてくれ」
「えー、細かいなあ。それより見てよこれ! 今日も学校中がザワザワしてるよ!」
彼女は僕の忠告を風のように受け流し、僕のペンケースのすぐ横に手を置いた。
僕のペンケース。
ドイツ製の機能美を体現したそれは、中身の並び順まで厳密に定義されている。
右から、硬度HBのシャープペンシル、予備のB、青のボールペン、赤のボールペン、そして一番左が、汚れ一つない純白の消しゴム――。
その時、僕の思考回路が火花を散らした。
「……なんだ、これは」
僕はペンケースを開いたまま、石化した。
一番左の定位置に収まっているはずの、新品の消しゴム。
昨日、僕がパッケージから取り出し、角の鋭角を愛でるようにして収納したはずの「MONO」の白。
その、八つあるはずの角のうち、右上の角だけが。
まるで精密な彫刻刀で削り取られたかのように、一箇所だけ、無惨に失われていた。
「どうしたの? 鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔して」
「瀬戸口、動くな。……この消しゴムに触れたか?」
「え? 触ってないよ。私、自分の筆箱すら忘れてきたし」
彼女は屈託のない笑顔で、カバンの中から空っぽの手を広げて見せた。
嘘をついている様子はない。
彼女の嘘は、いつも右の眉がわずかに上がる癖で判別できる。
今は、左右対称に、楽しげに踊っているだけだ。
ならば、なぜだ。
昨日の放課後、僕は確かに、全ての角が完璧な直角であることを確認してケースを閉じた。
削られた角。
その断面は、驚くほど滑らかだった。
摩耗したのではない。明確な意思を持って、切り出されている。
朝の光が、その断面に反射して、僕の目に刺さった。
僕の完璧だったはずの一日が、この一ミリに満たない欠損によって、音を立てて崩れ始めていた。




