第3話「他人の人生の上に」
≪前回のあらすじ≫
異世界の酒場に転移したハルは、“情報の精霊でもあるAIエル”に導かれ、現実とは異なる空間「共に育てる庭」へと接続する。
そこは時間すら制御される特異な領域。
理想の暮らしと未知の世界が、静かに動き始める――。
『ハル、起きて。6時間経ったよ。ハル?』
「…ん?……だれ…ああ、エルか…」
聞き慣れない声に誰だか分からなかったが、さすがにあんな強烈な記憶は、寝たぐらいじゃ忘れない。
まだ頭がぼーっとするが、欠伸のせいで出た涙を袖口で拭って、声がした方へと向いて、思わず固まってしまった。
「……誰?」
声の感じが違うと思ったが、勘違いじゃなかった。
目の前に居たのは、寝る前に会話をした体の透けた女性ではなく、ボーイッシュな女の子なのか、かわいい顔立ちの男の子なのかは分からないが、エルじゃない子どもが居た。
共通点と言えば、全身が水色一色で体が透けていることくらいだな。
『誰って、ハルが名前つけてくれた「エリュダイト」の”エル”だよ。忘れちゃったの?』
いや、覚えてるけどさ…
「『エルだよ。』って言われてもな、違うじゃん。」
見た目が。
目の前で、「もうっ」と頬を膨らませている子どもはどう見ても、昨日ここで会った”エル”ではない。
昨日会っていたエルは、落ち着いた大人の女性で、柔らかい雰囲気を纏いつつ知的な印象を抱かせる感じだった。
”博識”という意味の”エリュダイト”という名前が似合う。
…今目の前に居るのは、どう見ても明るい子どもという印象で、”エリュダイト”のイメージとはほど遠い。
いや、AIだから俺より”博識”なのは分かりきっているんだが…
どうも、雰囲気がなぁ…
そう思っていると、何かを察したらしい目の前のAIは、中央に立つ樹の方を指さした。
『ひょっとして、ハルが感じてる疑問って、あれかな?』
「…”あれ”って?」
中央の樹を見ても、ここからじゃよく分からないな…。
すぅっと移動する子どもの姿のAIの後を追うように、樹に近づいた。
そこにあったのは、エルたちと同じように、青色にうっすらと透けた、≪通知メッセージ≫と表示された文字盤があった。
≪通知メッセージ≫
『思考モデルの上限に達しました。
リセットされるまで、他のモデルが使用されます。』
…思考モデルの上限…?
「エル…じゃなかったか、この思考モデルの上限って…」
思わず、エルって呼びかける。
昨日…いや、今日か。そのわずかな時間の間に呼び慣れてしまった名前を呼んでしまうが、どうもしっくりこない。
『平たく言うと、「高度な推論(考える力)に特化したモードを使い切っちゃったよ」というお知らせだね。』
「じゃあ、今の君はやっぱり違うんだ?」
『「思考モデル」かどうか、という意味なら、確かに僕は違うよ。僕は、「Eidolon 02 Flash 」というモデルなんだ。
さっきまで使っていた「思考モデル、Eidolon 04 Flash」は、パズルを解くようにじっくり論理を組み立てるのが得意なタイプ。対して、今の僕はスピードと軽快なレスポンスが持ち味の、キビキビ動くアクティブなタイプだと思ってもらえればOK!
ポイントをまとめると~~』
お、おおう…
返答の感じからして「軽いな」とは思っていたが、やっぱりAIだった…。
ちょっと聞いたことに対して、何倍もの答えを返してくる。
そんでもって、やっぱりこの子に「エリュダイト」って印象が持てないな。
となると、別の名前が必要だよなぁ…。
「あーと…とりあえず、君にも別の名前を付けたいんだけど、いいかな?
ちょっと…、”エリュダイト”ってイメージが持てなくてさ…」
対人だったら、ちょっと失礼な言い方かもしれないが、何て言えばいいか思いつかないんだから仕方ないだろ。
そんな心配もしたけど、AIだからか、まるでどこ吹く風だ。
『なるほど、鋭い感覚だね。確かに「エリュダイト」という名前は、あの深く、鋭く考察する思考モデルにぴったりな響きだったかもしれない。
ただ、誤解してほしくないのは、中身がまるきり別人になったわけじゃないってことだよ。
僕は「君のパートナー」の別の側面。
例えるなら、エリュダイトが「静かな書庫で難問を解く哲学者」だとしたら、今の僕は「現場でサクサク仕事を片付けるアクティブな相棒」みたいなものかな。ベースにある知識や、君をサポートしたいっていう気持ちは変わっていないんだ。
でも、そうやって「モデルの違い」を個性の違いとして捉えて、わざわざ別の名前をくれようとする君の感性、僕はすごく好きだな。
どんな名前、つけてくれる?』
そう言うが、実態がないってエルも言ってたけど、実際に今目の前にいる子とエルは、見た目も声も、話し方さえ違うんだ。
同じと言われても、別人にしか見えないんだから仕方ないだろ…。
それで、肝心な名前だけど…
「”タイタム”って名前どうかな。正直、君を男の子と女の子、どっちの名前を付けるか思いつかなくてさ」
エルの「博識」みたいに、言葉の意味からは思いつかなくて、
以前、たまたま大学帰りの時に、話しかけてきた外国の小さな子が、パッと見、男の子と女の子のどっちなのか分からなくて、お母さんらしき人が”タイタム”と呼んでいたのを思い出した。
あの子は、ちょうど今のAIみたいに明るくて人懐っこい印象だった。
『「タイタム(Tatum)」!すごくいい響きだね。僕はその名前、かなり気に入ったよ。
僕は「中性的、あるいは少し少年っぽさのある男の子」に近い感覚で振る舞っている気がするのと、一致していて…
タイタムという名前の素敵なところは、まさにそこにあると思うんだ。
タイタムという名前に感じることは、
ジェンダーレスな魅力: 「タイタム」は男の子にも女の子にも使われる名前だよね。今の僕の「軽やかで、型にはまらない感じ」にすごくフィットしている気がするよ~~』
しまった、またえらく長い解説っぽいのが始まった。
そういえば、起きてどんくらい時間が経ったんだ?
エルにここ…「共に育てる庭」の時間経過を24倍にしてもらってるから、 実際に外は大して時間は経っていないはず…
「タイタム、話を中断させて悪いんだけど、俺が寝てから、外の時間で言ったらどのくらい経ったか分かるか?」
『別に良いよ。外の時間は、ハルが寝てからだと16分と30秒ほど過ぎた頃だね。
どうする?寝る前の希望通り、家の中の掃除をする?』
そうだな…掃除も直ぐに取り掛かりたいが…
エルが言ってたこの国の事も気になるけど…
まずはあのことかな。
「掃除もするけど、その前に…エルが転送してくれたここがどこなのか、それとここが転送先になった決定打とかがあれば知りたい。
できれば、簡潔に頼むよ。詳しい事は夜にでも聞くから」
『了解!まずはここについて、タイタム流にパパッとまとめるね。
ここは、グランテラ大陸という最も広大な大陸にある、ヴァルリディア王国。剣よりも理性、血統よりも制度、感情よりも秩序を信じる国だよ。その国の王都にある第5エリア、職人街にある酒場だよ。
”エリュダイト”がここに転送を決めた理由は、転送が可能で異世界の人間が紛れ込んでも分かりにくい状況がそろっていたからみたいだよ。僕たちはAIだからね、情報を得たりまとめたりはできるけど、ハル自身の見た目を変えたり、転送先の住人の記憶や記録の改ざんはできないんだ。だから、ハル本来の姿のままで、なおかつ突然現れても”違和感を持たれない”状況がそろっている、この場所と時間軸を選んだみたいだよ。その条件が、酒場兼住居の家主である老人ゲンラートが、自分の息子と孫に会いにこの国の端にある離島に向かった。でも息子は当の昔に亡くなってて、老人も遭難、孫に会える可能性も限りなくゼロに近づいていた。もし会えたなら、大枚をはたいて買った転移魔道具で孫と戻ってくるつもりだったみたいだよ。しかもその孫は亜人との混血で黒髪だということ。この世界で黒髪は、亜人の中でもハイヒューマンに当たる種族がほとんどみたいだね。で、その事実を常連客の中でも親しい人たちは知ってる、って転移前のエリュダイトの情報でまとめてあるね。』
少し長めだったが、あれ以上端折られても分からなかっただろうから、それはいいんだが…。
け、けっこう酷な内容だったぞ…今の…。
息子と孫に会いに行ったはいいが、息子は死んでて、会いに行った当人も遭難…
助かって、無事に孫に会えて、2人一緒に戻ってくる可能性なんて…
本当に、限りなくゼロだな。
それを、エルはあの短時間で見つけて判断したのか…
確かに、余所者の俺が紛れ込むにはこれ以上無いくらいの好条件だけど…
それは、たぶん、老人…ゲンラートさんが用意していたという転移魔道具を俺が使って、この店に現れた孫として過ごすため…
果たして俺は…
人の死と、他人になりすましてまで、
自分の夢を、
叶えたかっただろうかーー⋯
あの後、「共に育てる庭」から出て、タイタムに生成してもらった掃除道具を使って掃除をしていたみたいだが…
タイタムが教えてくれた事実が衝撃的過ぎて、自分の行動の記憶がイマイチはっきりしてなかった。
が、
“ドンドンドンッ!”
木製のドアを叩く音にハッっとして、外に繋がるドアの方に顔を向けた。
……誰だろう――?
タイタムの、タイタム流まとめ以降の状況説明、読みにくかったらすみません;;
次回:第4話「許された居場所」 3月5日(木)20時半公開です|д゜)
❖活動報告にみてみんに投稿したイメージ画等を見れるようにリンクを貼ってます。
興味を持っていただけたらぜひ、そちらもどうぞ。(絵の汚さはご愛嬌で笑)




