第五話 翡翠の間の終幕 〜勝利はだれに〜
「セリーヌ・ヴェル・ルクレ伯爵令嬢。君を婚約者候補から除外する」
アランディルの言葉が、静まり返ったルクレ邸の客間の一室・翡翠の間に響いた。
夕暮れが早まる黄昏月、いつもの如く先触れもなくアランディルが訪れての、この暴挙だ。
「今日は大事な話がある」と侍女に伝え、ガゼボではなく客間を希望した時点で、セリーヌは推察していた。この話だと……そうであって欲しいと願いを込めて。
「領地にいるルクレ伯爵からは、除外に関しては了承の旨を得ている。君が陰で陰湿な振る舞いをしていると知ってしまっては、当然の結果だ」
判決を言い渡すかのような口調で、言い放つアランディルは、正義に酔いしれているようだった。
「他者を労れない、虐げるような者は我が妃には相応しくはないからね」
セリーヌは、目を見開いた。
どの口が言う? お前がそれを言うか? と言いたかった。
爪の跡が手のひらにつくほど強く手を握りしめた。
「何をおっしゃっておられますの? そのような事実、わたくしには覚えがありませんわ」
セリーヌは静かに、毅然と否定した。やってないものは、やってないのだ。
関わる事がないよう距離を置いたにも関わらず婚約者候補として縛られた。
アランディルへ愛情など、かけらも持ち合わせてはいない。
だれかを虐めるなどあり得るわけがない。
だが、婚約者候補から除外される、待ちに待った瞬間がついに来たのだ。
セリーヌは、踊りだしたくなる気持ちを抑えて、アランディルの気が変わらないうちに、さっさと決着をつけることにした。
「ですが、承知致しました」
翡翠の間に柔らかな光が射し込む。
セリーヌは、明るさの中に行く気持ちで、目の前の書類を確認し、サクサクと署名していった。
「では、これを機に、わたくしどもは晴れて無関係ということですわね?」
「ああ、きれいさっぱりな」
格好つけて言ってはみたが、セリーヌのあっさりした態度にアランディルは拍子抜けした。
「嫌です」「お慕いしていました」と言われると思っていたのだ。
(なんて冷たい女なんだ、あれだけ大事にしてやったのに……何度も来てやったのに、未練も、感謝もないとは)
何度もルクレ邸に訪問することが、大事にしたと勘違いしている愚か者である。
アランディルは内心戸惑いを覚えたが、セリーヌの潔い態度に押され、解消の手続きを淡々と終えた。
もともと正式な婚約ではなく、あくまで候補者の一人に過ぎない。
それゆえ、必要なのは書類への署名のみ。
煩わしい数々の手続きなどもなく、簡潔に済んだことだけが、セリーヌにとっての救いだった。
これ以上心を煩わせずに済むことだけが……




