第四話 蜜の言葉には棘がある 〜囁きと選択〜
その日は静かな雨だった。
温かいお茶の湯気が、ほんのり甘い香りを漂わせていた。
アランディルはルクレ邸の客間・翡翠の間で、セリーヌを待っていた。
そして、いつものようにエルミージュがどこからともなく姿を現す。
気がつけば、彼女は自然と話し相手となっていた。
彼女があとから来たからか、テーブルにはアランディルの分しかお茶が用意されていない。
そのことに不審を覚えた彼の表情に気づいたのか、エルミージュは静かに、しかし哀しげに言った。
「わたくしは頂けませんの……以前は大好きでしたのよ」
「身体が弱いのか? 持病でもあるのか?」
「ええ、持病はございました。けれど、もう解放されましたの。今は、とても自由ですのよ」
「そうか、治ったのなら良かった。元気なら……いつでも嫁げるな」
すると、エルミージュは向かいの席から立ち上がり、アランディルの左隣に静かに腰を下ろした。
「……嫁ぐなんて……わたくしには」
ポツリと漏らし、視線を逸らして尋ねた。
「わたくしのことより、殿下は、どなたを伴侶に選ばれますの? もう、お心はお決まりでいらっしゃいますの?」
「うーん。どのご令嬢も魅力的だからね。なかなか決めかねているんだ」
その答えに、エルミージュはアランディルの耳元に唇を寄せ、甘く囁いた。
「皆さま、候補である間は、気苦労も身の危険も、多うございますの。
どうか、お早めにお一人をお選びくださいな」
甘い香りにめまいを覚えながらも、なんとか冷静さを保ったアランディルは、目まぐるしく思考を巡らせた。
(やはり俺に気があるのか?)
(候補には挙がっていないが、自分を選べということか?)
(あるいは、セリーヌのもとで辛い思いをしているから、早くここから連れ出してほしいのか……)
エルミージュの意図を尋ねようと口を開きかけたとき、客間にノックの音が響いた。侍女がセリーヌの到着を告げた。
エルミージュはすっと立ち上がり、ドアのほうに向かう。
その後ろ姿をアランディルは名残惜しそうに目で追っていた。
扉が開き、セリーヌがうつむいたまま入ってくる。
同時に、エルミージュはセリーヌを見つめながら、無言のまま出ていった。
セリーヌは一切姉を見ようとしない。
それどころか、直前までアランディルの相手をしていたエルミージュのことに、一言も触れない。まるで、最初からそこに居なかったかのように……
これで何度目だ?
なぜ、セリーヌはあれほどまでにエルミージュを無視する?
何を話していたか、気にならないのか?
どこまで彼女を虐げれば気が済むんだ?
ルクレ邸に通ううちに、何度も目にした、エルミージュを無視する光景。
アランディルの中で、これまでの違和感が確信へと変わった。
セリーヌは姉を虐げている。
そして、邸にいる全員がそれに従っているのだ。
この場で、婚約者候補から除外すると告げてやりたい……
アランディルは激しい憤りを覚えた。
だが、この場でぶつけることはせず、あくまで、にこやかにセリーヌの相手を続けた。
アランディルの中では、セリーヌが自分との婚約・結婚を心から望み、他の婚約者候補と熾烈な争いをしているという幻想が出来上がっていた。
そして、誰を選ぶか、誰を守るのかアランディルの心は固まった。




