第一話 優雅なる拒絶 〜また貴方なの?〜
「お嬢様、アランディル第三王子殿下がお見えです。ただいま庭園へご案内しております」
侍女の言葉に、セリーヌは胸に手を当て、ひとつ深く息を吐いた。
「また、先触れもなしに……心の準備をする暇もないわね」
ポツリとつぶやく声には、諦めと絶望が滲んでいた。
彼の存在を感じると未だに身体が強張る。
伯爵家の娘である以上、逃げるわけにはいかない。
セリーヌは覚悟を決め、ゆっくり庭園へと歩を進めた。
第三王子アランディル・エル・クロワ。
国王が若き日に隣国ノヴェラ王国へ留学していた折、大商家ヴァルモ家の令嬢との間にもうけた庶子である。
王家に迎え入れられたのは二十歳を迎えてから。
最近王族として公にされると、貴族社会はざわめいた。
「嘘でしょう? 陛下がそんなことを?」
「密かに憧れてましたのに」
「本当に陛下の御子なのか? 騙されているのでは?」
と、紳士らしからぬ笑みを浮かべ、国王を軽んじる者もいた。
アランディルは甘やかされ、自由奔放に育った。
縛られることも、何かの責任を負うこともないままに。
周囲の媚びにも気付かず、女性たちの微笑みも恋情と勘違いしているのだ。
「俺に惚れない女はいない」と、本人はこれを真実だと思い込んでいる。
アランディルいわく
「俺って見た目もいいし、意識高いし大変なんだよ」
と、本気でかなり勘違いしている。
ある日、側近の文官が申し出た。
「広報院より、殿下の写像を広報用にいただきたいとのことです」
「俺の幻影札を作る? いくらでもどうぞ。飛ぶように売れて足りなくなるよ」
「いえ、国民への紹介のため、殿下のお姿を魔道具で写すだけです。今回は、声や動きを記録した幻影札の作成はありません」
満面の笑みで話していたアランディルは、顔を曇らせた。
「僕の幻影札が発売されないなんて……今頃、街のご婦人方の悲鳴が聞こえるようだよ」
と、「作れ」と言わんばかりに、憂いをおびた表情で側近を見つめていた。
そのやりとりを目撃したセリーヌは、本気で言ってることに、ますます彼に対し苦手意識が拭えなくなった。
男爵家や子爵家の令嬢たちは、「素敵ですわね。国宝級の美男ですわ」と賞賛する者もいた。
しかし、上位貴族の令嬢たちは冷ややかで、美形だと思う者はいなかった。
それは、アランディルの魔導具開発院での振る舞いを知っているからだ。
セリーヌは常々、「心のありようは顔に現れる」と思っている。
(どこがどう素敵だというの? あれを美形というのは理解できないわ)と、心の内で溜息をついた。
三か月前、セリーヌはアランディルの配下で、懸命に魔導具開発に取り組んでいた。
が、アランディルの傲慢さにより職を辞した。
辞職してまで距離を置いたにもかかわらず、たった三か月で彼の婚約者候補に選ばれてしまったのだ。
三か月の間に、少しでも心身が回復していなければ、今この場にセリーヌは居られなかっただろう。
王宮から婚約者候補の通達を受けた際、セリーヌは思わず「ふざけてますわ」と叫びそうになった。
しかし、手にしていた扇がバキッと折れた音で冷静さを取り戻し、叫び声を飲み込んだ。
とにもかくにも、王家からの命令であれば、伯爵家に断る権利はなかった。
アランディルの婚約者候補は、王子妃としては珍しく下位貴族家も含まれていた。
侯爵家三名、伯爵家・子爵家・男爵家一人ずつの計六名となっており、政治的配慮が透けて見えた。
セリーヌのみ、アランディルが候補に加えたと噂が流れていた。
セリーヌが庭園のガゼボに着いたとき、アランディルは足を組み替えながら、獲物をいたぶるような視線でセリーヌを見た。
ニヤリと口角をあげて。
「遅いね。待たせているという自覚はあるのかな?」
手にしたティースプーンをくるくると回し、陽光を反射してセリーヌを指した。
「僕はね、貴重な時間を、君のために割いているのだよ。わかってる?」
叱責するでもなく諭すわけでもないその声は、ただただ不快だった。
唇を舐めながら話すアランディルに、蛇の舌なめずりが重なって見えた。
セリーヌは、微笑みを浮かべながら、身の周りに結界を張るイメージを作った。
(おぞましき言葉の刃、どうか心まで届きませんように……頑張りなさい、わたくし)
ガゼボに静かな緊張感が漂う。
どうやって、このお茶会を乗り切ろうかしら……セリーヌの苦悩は続く。




