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虚ろなる食餌  作者: つぶり


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第一章

 冷たく湿った布団の中で夢の残滓に縋りついていると、戸を叩きつけるように閉める音が聞こえて来た。それに続き、ボロ下宿の外廊下を隣人の男がドタドタと出掛けていく音がしたから、そろそろ起きる時間だ。

 毎朝の出勤は嫌で仕方がないが、生きるからには金が必要なのだ。遅刻でもしようものなら、上司の奴が何を言うか目に見えている。俺よりも低い家柄なので、引け目でもあるのか、事あるごとに嫌味を言ってくるのだ。

 冷えた飯を食い、髪を整えて服を着た。昨夜は風呂に入らなかったから、適当に香水を振りかけて臭いを誤魔化す。その他諸々のルーチンを終えて、帽子を頭に乗せたら、いざ出勤だ。

 職場に辿り着くと、上司の奴が口を隠しながら、「ほほほ」と笑いながら話しかけてくる。「よい匂いじゃな」。男なのに女みたいな奴だ。しかし俺は遡れば名家の血筋を引いているので、礼を失するようなことはしない。「ご機嫌麗しゅう」と格式の高い挨拶を返してやると、奴はさっと顔を引き攣らせ、今日の分の仕事をこちらに滑らせて来た。

 俺はいわば国家公務員で、税金の管理などをする部署に配属されている。しかしこの頃は帳簿に記載した通りの税が納められることはなく、地方役人どもが手数料と称してピンハネしたり、有力者を後ろ盾にちょろまかしたりするから、国に入ってくる税はかなり減っているはずだ。しかし国の体面というものがあるから、各地域に設定された税が、額面通り入って来たものとして記載するのが俺たちの仕事だった。要は帳簿の粉飾をせっせと続けている訳である。

 このままではこの国は持たないのかもしれないが、皆やっていることであるし、何よりこの仕事さえしていれば飯は食えるのだ。問題解決はもっと上の奴らの仕事のはずだった。

 今日は待ちに待った給料日だ。米や菜っ葉を受け取ると、さっさと帰宅する。仲間で飲みに出たりする奴らもちらほらといるが、俺らの大部分はそういう金の余裕がないのだった。爺様の若い頃は、ことあるごとに宴会だの、趣向を凝らした遊びだの、中には綺麗な女達をはべらせたものもあったと聞く。我が家は由緒ある名家のひとつに名を連ねていたから、集うもの達は皆大物で、高名な学者や高位の政治家、遠く外つ国まで船を行き来させる豪商などが大勢いたらしい。ところが爺様が死に、各方面へのコネが薄れると、見る間に没落してしまった。敷地を一周するのに一刻はかかると言われた大邸宅も、俺が生まれた頃にはすでに人手に渡った後だった。

 そのような窮乏の中、俺の両親は呆れることに、爺様の頃と同じ付き合いを続けようと虚勢を張り続けた。季節の折々に豪華な品物を各方面につけ届けるばかりか、流行りの服や食器、家具などを買い漁るのをやめなかった。気づけば先祖代々の貯えは底をつき、僅かに残っていた召使も給金が払えず愛想を尽かして離れたから誰ひとりいなかった。父親がどこぞの遊女と駆け落ちしていなくなると、家には身体を壊しぎらつく目をした母親と、何とか大学までは修了した俺と、借用書の束があるばかりだった。

 今の仕事に就く少し前に母親が死に、わずかばかりの家財を売り払い借金の返済に充てると、俺には我が身ひとつ、他には何も残らなかった。


雨交え 雪降る夜は 術もなく 寒くしあれば

我を措きて 人は在らじと 誇ろへど



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