鬼の花
桜の木の下に鬼が居た。
人喰い鬼だ。
女の鬼だ。
人を喰った。
生きるために喰った。
幾人も喰った。
ある日、鬼の下に男が現れた。
鬼は男と恋に落ちた。
とても純粋な恋だった。
鬼は願った。
自らも人になりたいと。
男と共に生きたいと。
鬼は男と旅をした。
人になる方法を求めて。
長い長い旅だった。
やがて鬼は人になった。
男と共に笑い、生きて、死ぬために。
しかし、鬼は男よりずっと先に死んだ。
「私は人を喰らった」
「幾人も幾人も」
顔を青くして呟き続ける鬼に男は必死に言った。
「生きるためだ。仕方がない」
しかし、鬼は首を振る。
鬼は耐えられなかったのだ。
人となった故に。
人であるが故に持つ罪の意識に。
桜の木の下に鬼はもう居ない。
居るのは鬼と恋した男ただ一人。
ぼんやりと桜の木を見つめながら男は呟く。
その呟きは鬼に対するものだった。
人でも鬼でもない桜の木は言葉など知るはずもなく風に吹かれるばかり。