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第4話 ポワッシュ




ポワッシュの見た目は、芽キャベツを大きくしたような姿で、頭部は葉野菜のようにやわらかく広がっていた。

丸みを帯びた本体は掌に収まるほどのサイズで、ふっくらとした緑の葉が幾重にも重なり、その合間からは、かすかに光を放つ乳白色の小さな花芽が覗いている。


「嘘でしょ」

「どうかした?」


シフォニは指先でちょんちょんと突いた。


「……かわいい」


よく見ると葉や茎の表面には、柔らかな苔のような繊毛がうっすらと生えており、触れるとしっとりとした感触を残していた。


「そうかな?」

「コロコロしてる……」

「もっとこう、いい感じの魔植物も紹介するよ」

「それはいい」

「あ、はい」


苦々しい表情と共に手のひらを向けられる。ラゴンリアドのことを思い出したのだろう。シフォニの眉根がよった。


「幽玄の森にこんな魔植物いたかしら」

「再現と言っても、大きい鉢植えの中みたいなものだから外部からの刺激に警戒心を抱いていないんだ。ポワッシュの他にも魔植物を植えてあるかけど、この部屋はもう、ほぼ彼らの群生地になっているよ」

「ふーん」


その苔は夜露を含んでうるおい、星明かりに照らされてほのかにに輝いていた。葉の縁には金色の細かな縁取りがあり、天井に浮かぶ魔法の星空を映すように、ちらちらと幻想的に光を返す。風が通ると葉がさやさやと音を立て、耳をすませば小さな囁きが聞こえるようだった。

根元には、苔むした岩を思わせる小さな突起が複数あり、それらが時おりぴょこりと動いている。どうやら自力で移動する能力もあるようだ。


「よかった。起きたのはこのポワッシュだけみたいだ」

「さすがに目とか耳はないのね」

「食べてみるかい?」

「……。あんた、脈略って知ってる?」

「見た目は芽キャベツに近いけど、結構モサモサしてるよ」

「食べたのね……まぁ、確かにいい匂いはするけど」


香りはほんのりと甘く、レモンバームとミントに森の湿った空気を加えたような、落ち着きと涼しさのある匂い。

スンスンと嗅ぎながら「石鹸に使えそう」とシフォニが頭を近づける。


「あ、そんなに顔を近づけちゃ、」

「え」


一瞬、頭が膨らんだかと思うと、シフォニの鼻先でボンッと音を立てて煙が立ちこめた。


「危ない、危ない」

「ブッ!ゲホッ、なにこれ、っ」

「よかった。あまり吸い込んでいないね」


頭がくらりと回る感覚。どうやらノアに服を引っ張られたらしい。

首元をさすりながらシフォニは咳き込んだ。


「ポワッシュの威嚇行動だ」

「い、かく?」

「敵から身を守るために、中心に蓄えられた魔力を鱗粉みたいに発散させて幻覚を見せるんだ。野生のポワッシュは臆病だからね。僕が育てた個体は割と温厚なはずなんだけど……」


首を傾げるノアの足元で、ポワッシュが「キーッ」と小さな声をあげている。


「怒ってるわね」

「おかしいな。仲間が怒っているのに、他の個体が起きない」

「他の子たちは眠っているみたいよ」


ノアは「うーん」と考えたあと、他のポワッシュを触ったり、耳を澄ましていた。


「さっきからこの個体が話しているのに、共鳴する様子もない」

「共鳴?」

「ポワッシュの出す音は特殊で、ある一定の周波数で周りと会話を行っているんだ」

「……もしかして幽玄の森で時折聞こえる声って、魔物じゃなくて」

「そうだねポワッシュの群生地から聞こえるはずだ」

「比較的若い冒険者にしか聞こえないっていうのは? 魔物が誑かしたり、誘い出している、とかよく聞くけど」

「単純にお年寄りに聞こえないんだよ。それにポワッシュの出す音は耳の良い種族や魔物には近寄り難いんだ。だから弱い魔物はポワッシュの群生地や近くで子育てをするんだ」


するとノアは膝を折って、ポワッシュに手のひらを向けた。分厚い皮手袋が黒く光っている。

怒っているポワッシュは途端に静かになった。


「ちょ、なにしているの」

「それで結論なんだけど」

「は?」


ポワッシュが、なぜかノアの手のひらに乗った。


「この個体。多分、イジメられているんだ」


あっけらかんとした表情でノアは「この個体どうしようかな」と考え込んでいる。イジメられている、という表現が正しいかはノア自身もあまりわかっていなかった。

だがノアの手のひらにいるポワッシュは自身の鱗粉を手袋になすりつけるように、早速くつろぎ始めている。


「イジメ? 魔植物が? そんな……ある程度知能のある魔物ならわかるけど」

「僕もこの表現が正しいかはまだわからないや。でも変異種の可能性は大いにありうる。おそらく声の周波数が他の個体と違うのかも」

「そんなことで?」

「のけ者や淘汰される理由は様々だよ。エルフだって寿命が変わらなくとも長い耳があるのとないのとでは変わるだろう」

「……、まぁ、整形かハーフエルフかを疑うわ」

「エルフって整形するんだ。さ、君は別の鉢植えに移そう」


手慣れた様子で手のひらにいるポワッシュを肩に乗せ、ノアは歩き出した。


「重くないの、その子」

「質量は見た目ほどあまりないんだ。この群生地もそれぞれの個体がくっついているから地面のように感じるだけで」

「へー……ここの下はどうなっているの。土?」

「水かな。淡水で魔力濃度の高い水」

「この広範囲に魔力? あんたそんなのどこから」

「? 普通に調整しているよ」


今にも問いただしたそうな顔でシフォニはノアを見た。

その後お互いに「何言ってるんだコイツ」と言いたげに数秒間黙る。

先に口を開いたのは意外にもノアだった。


「次へ行こう。……ちなみに君の言うダンジョンへ向かうのと、同行者の探索、どっちを優先するんだい?」

「ダンジョンね」

「わかった。その冒険者はここを通った形跡はないから他の道を進んだはずだ。他二つの道も比較的安全だから、合流できなくても安心して」


シフォニは「安心できるか」と言いたくなったが口を閉ざした。同行したあの冒険者が自身と同じようにツタ性の魔植物に逆さ吊りされていた方が心がスッとするからである。

別に自身を置いていった同行者の四肢が欠損していても、死んでもよく、「最悪、死体の一部を回収できればいいかな」と考えるぐらいには冷静だった。


「……ん、?」

「シフォニ? どうかしたのかい」

「ちょっと、揺れてない?」


シフォニが足先で地面、足元に広がるふかふかの緑、もといポワッシュの頭をつつく。

柔らかく湿った感触。

その下で、何かが……脈打っていた。


「揺れてる……本当だ、——っ! シフォニ、走れ!」

「はっ!? なんで?」

「いいから、おわっ、」


ノアの声が途切れた次の瞬間、ぶわっとポワッシュの葉が波のようにうねった。地面が大きく呼吸をしたかのように沈み込み、ノアの立っていた場所だけが突然抜け落ちる。

ドボン!水をはじく大きな音が響く。そこにいたはずのノアの姿は消え、代わりに冷たい水しぶきが宙に残った。


「嘘でしょ……!?」


シフォニが思わず駆け寄ると、穴の底には揺れる水面と、緑に染まった小さな空間が見えた。

濃度の高い魔力にシフォニは「うっ」と背をのけぞらせ、思わず息を止める。

そんな中でも、ノアは何事もなかったかのように水面を割って浮かび上がる。

濡れた前髪をかき上げながら、目をきらりと光らせて叫んだ。


「この個体を頼む! 君ならあの扉を開けられるはずだ、僕もすぐ行く!」


息は荒いのに、なぜか少し楽しそう。

その様子に呆れながらも、シフォニはポワッシュを慎重に抱き上げた。

驚くほど軽くて、温かい。ふわふわとした苔がマントの内側をくすぐる。


「お願いだから威嚇行動しないでよ……」


ポワッシュにそっと念を押すと、シフォニは足元の揺れを感じつつ、そっと走り出した。

床がわずかに波打ち、星空のような天井に反射した魔力の光が、ふたりの影を歪ませていく。

扉の前に着くと、シフォニは短く息を整え、魔法を簡潔に唱える。


「……ほんとに鍵の種類、変えてないのね」


カチッという音と共に、扉はあっさりと開いた。あまりにあっけなくて、思わず舌打ちしそうになる。

部屋の奥から涼しい風が吹き、魔力の濃度が一気に下がる。ほっと一息ついたその瞬間——


「……ぷはっ、間に合った……!」


背後から水音とともに、ずぶ濡れのノアが這い上がってきた。

髪からぽたぽたと滴を落としながら、満足げににっこり笑う。


「いやあ、やっぱりここの水系ルート、まだ繋がってたんだね。うん、これは使える」

「使えるじゃないのよ……もう……!」


シフォニはため息をつきながら、マントの中のポワッシュを見下ろす。

その小さな葉が、ぽふんと軽く跳ねて、まるでくすぐったがっているようだった。


ノアが扉を閉じようとしたその時。開いたままの扉の奥、まだ夜の星空に照らされた温室の草原では、ポワッシュの群体がうねるように動いていた。

いくつもの丸い芽が揺れ、葉のあいだから光る目のようなものが、ぼうっと浮かび上がる。

それは警戒でも敵意でもなく、ただ静かな関心。こちらを見つめているようだった。


「……やっぱり、ちょっと、増えてる気がするなあ」


ノアがぽつりと呟く。シフォニはその言葉に背筋を伸ばしたが、扉の向こうの光景を一瞥すると、そっと肩をすくめた。


「次からちゃんと”庭師(ガーデナー)”らしい仕事をすることね」


カタンと扉が閉まり、魔力の気配がゆっくりと遮断される。

静寂の中、外ではまだ星が瞬いていた。




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