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第3話 三つの扉




小瓶が床を転がる。

ノアの「あっ」という情けない声が響いた。

シフォニはフンッと鼻を鳴らしたあと、杖を構えた。


「あんた、私がなんでここにいるかわかってるの?」


シフォニに睨まれてノアはきょとん、という顔をする。


「えぇっと、密猟者、とか?」

「違う!」


状況的に疑われても仕方はないが、不名誉な肩書きにシフォニは食い気味に否定した。


「なに? この違法建築物は! 拡大魔法で増築しすぎでしょ! バレたら一発アウトよこんなん。ワンアウト!」

「あっ、いや、この建築は……そ、そもそも君が来なければ、」

「だったら鍵をあんなところにおかない! かけてる魔法もショボすぎだし、魔法学校に通う初級生だけじゃなくてオークでも解除できる。笑えることに二重扉で隠す気満々。表はフツーの植物育ててる温室ズラすんじゃないわよ。しかも植えている植物が全て魔植物。闇市に流す気? 革命家もびっくりよ! ツーアウト!」

「失礼な! 楽園(エデン)だよ!」

「その発言でスリーアウトよ!!」


ふーっと、シフォニは息を吐き天井を見上げた。

まさに違法建築物。外観からは想像がつかないほど高い天井。小窓からは光が差し込んでいる。

奥にも扉がまだあり、この部屋だけではなさそうだ。


「この村の誰に聞いてもあんたの名前すら出てこなかった。これだから外面のいいサイコ野郎は。愛想よくして村人を騙してた気分はどう、最高だった?」


天井から視線を逸らし、ノアを睨む。

彼の「そんなつもりは、」という声はどかか弱々しい。

シフォニは「もういい」と言って首を振り、杖の持つ手を伸ばした。


「私は与える者(ギバー)。与える者。知恵者であり冒険者よ。かの尊き方の命と、ギルドからの依頼があってここに来た」

「ギルドの依頼か。なるほど、だから侵入してきた割に偉そうなんだな」

「一応こちらのことを侵入者という認識はあったのね……」

「それにしてもなぜギルドが? あの組織は余程の賞金首じゃない限り個人には首を突っ込まない主義のはずだ」

「はぁ?」


こんな違法建築物と魔植物に囲まれて生活しているくせにぬけぬけと。シフォニは舌打ちをしそうになって止めた。目の前の男があまりにも間抜けそうな面をしていたからだ。


「……この建物についてどこまで把握してる?」

「? 全部だよ」


変なことを聞くなぁ、とノアは首を傾げた。

呑気に他の魔植物を眺めているノアは作業道具を取ろうとしていた。シフォニはイラっとして杖を床にコツコツと叩きながら話しかける。


「なら案内しなさい」

「出口に?」

「違うわ——迷宮(ダンジョン)に」


シフォニの杖先がほのかに光ったあと、鎖状となってノアの腕に巻き付いた。


「うわっ、」

「ギルドからの依頼は新たなダンジョンについての事前調査。場所の特定と、危険度の確認。それから、」

「まってくれ、ダンジョン? そんなものはここにはないよ!」

「……それからダンジョンの発生を伝えず、私物化している者がいた場合の確保も含まれているわ」

「もしかして僕、該当者? 本気でこの中にダンジョンがあるの?」

「あんた魔法使えるはずよね。ならこの空気の澱みはどう説明するのよ。魔力がぎっしり充満していて停滞している。正直、魔力耐性の低い冒険者なら酔ってるわ」

「えっとこれは魔植物を育てていたらよく起きる現象というか……」


普通の植物が呼吸をするように、魔植物も呼吸をする。

種類によって異なるので詳しくはまだ未解明だが、少なくとも魔植物を同じ空間内で育てるといわゆる魔力濃度が上がるのだ。

その後起こるのが、空気の澱み。魔力の停滞。エルフなどの魔法の扱いに長けた種族は「魔力が腐っている」とも表現する。


「なるほど、感覚がバカになっているのね」

「え」

「いいわ。自分で見つける。その代わり道案内をしなさい」

「一度お帰りいただくことは……」

「あー……別に一度帰ってもいいわよ。ただその時はスコップを両手に持った大量の冒険者がここの魔植物を根絶やしに来ると思うけど。私も含め冒険者って好奇心があって新しい物が大好きよね」

「道案内します」


育てた魔植物が掘り返されることを想像したのか、少し青ざめた表情でノアは頷いた。


「よろしい。ほら行くわよ」

「あの、拘束を解いてほしいんだけど」

「いいわ」

「え、いいの」

「別に。あんたは今なら逃げ出さないし、私のことも追い出そうとも思わないでしょ。ただ次から気をつけなさい。魔法使いに杖なんてあっさり返さないことね。形勢逆転まっしぐらよ。ま、私は返されなくても奪い返すけど」

「…‥ありがとう」


シフォニが杖でコツンと床を叩く。フッと腕に巻き付いた拘束魔法が消えた。

出現と消失がこんなにあっさりとできる魔法使いはそうはいない、とノアは感心したようにシフォニを見た。

そんな彼女は歩いて行き、奥にある三つの扉の前で止まった。周りを魔植物に囲まれているため、時折ビクッと肩を揺らしている。


「で。どれよ」

「どれでも大丈夫だよ、一応。どの扉を進んでも同じ場所に辿り着くようにしてるから」

「じゃあ一番危険性が低い魔植物を飼育してるのはどれ」

「えっと右、いや時間帯を考えると左かな……うーん、真ん中を進もう!」

「今の独り言のせいで何一つ信用できないんだけど」


シフォニの心配をよそにノアが「こっちこっち」と手招きをする。

ため息をついても状況は変わらない、と腹を括り扉の先へと進む。


「何ここ」


彼女が渋々ついて行くと中には特に何もない空間が広がっていた。何もない、と言ってもシフォニ視点であり、ノアにとっては様々な作業道具が揃っている場所でもあった。


「二重扉になっているんだ。魔植物の生態系が混ざらないように」

「用意周到さを褒めるべきか……どういう区分で分けてるの」

「基本的に生息地域が似ているものを集めているんだ。たまに実験も兼ねて混ぜる時もあるけど、次行く場所は違うかな」


ノアは棚をガサゴソと漁ったあと、いくつかの小瓶を手に取った。


「えーっと、鍵、鍵……あっ、ないんだった。シフォニ、鍵持ってる?」

「持ってないわ」

「持ってないの? じゃあさっきの場所にあるよね。魔植物たちが悪さをする前にとらなきゃ」

()()、持ってないの」

「え?」


シーンっと静まり返る。ノアの持った小瓶の中にある液体がタプタプと揺れる音だけが響いた。

ノアがじぃっとシフォニを見るが、彼女は黙ったままだ。


「まさか……もう一人?」

「そのまさかよ」

「この先に?」

「それはわからないわ」

「さっきの状態の君を置いて?」

「そういうヤツだから」

「控えめに言って……どうしようもない冒険者だね」

「あんたに言われるなんて相当よ」


昔からこんな有様で慣れてるわ、とシフォニは続けて言った。

その横顔が「同情はいらない」と強く主張していた。


「……鍵がないと次にいけない?」

「いや、問題はないよ。同じ鍵を使っているからね。魔法で登録しているからこじ開けられる」

「嘘でしょ!? こんな場所の鍵を一つで管理してるの? 危機管理どうなってんの。じゃああの鍵の束は何!?」

「最初はあの鍵をそれぞれ分けて使おうと思ったんだけど、誰も来ないし、いいかなと」

「あのザル警備もいいとこの鍵だけで!? ……もういいわ。報告書にまとめるときにまた問いただす」

「お手柔らかに頼むよ」


シフォニは頭が痛そうに額に手を当てた。実際、目眩がしそうなほどたくさんのことが起きているのだ。暴走する魔植物に、迷宮化した温室、そして園芸家だと言い張るこの青年。思考をまとめようにも、情報が多すぎる。

対して彼女の様子に気にしたそぶりも見せず、ノアは無言で指をひと振りし、魔法で鍵と扉を開けた。古びた金属の鍵穴がカチリと音を立て、ゆっくりと扉が開く。


「この先は暗いし、()()()()()()、静かにね」


そう言ってノアはあっさりと扉の奥へと消える。彼の白い上着が闇の中でふわりと揺れた。

シフォニはその後ろに恐る恐るついて行ったが、扉の先に足を踏み入れた瞬間、思わず息をのんだ。


そこには、夜の草原が広がっていた。

ひんやりとした空気が肌を撫で、ほんのり甘い花の香りが漂う。足元には柔らかな苔のような草が広がり、所々に淡く光る花が咲いている。


高い天井には魔法で作り出したのだろうか、満天の星空が広がっている。けれど、それはただの天井ではない。天の川のように流れる光、瞬く星の一つ一つが本物のようにリアルで、まるで本当に空の下に立っているようだった。


静寂の中で、どこからか虫の羽音と草のざわめきが聞こえる。まるで、草原そのものが生きているかのようだった。

シフォニは一歩踏み出して、その幻想的な空間に見入った。ここは本当に、先ほどと同じ場所なのだろうか。


「ここは……」

「幽玄の森を再現したんだ」

「あぁ、どうりで。初心者(ルーキー)がよく行く開放型ダンジョンね……ってなに再現してんのよ!」


なるべく声量を落としてシフォニの叱責が飛ぶ。それでも部屋の静寂さを崩すには十分であった。この部屋には凪いていて穏やかな音しか存在しない。


「シーっ、静かに。起きちゃうよ」

「起きる……?」

「あっ、起きちゃったみたい」


ノアが指先をちょんちょんと下の方へ向ける。

すると足元にいる柔らかい苔がモゾモゾと動き出した。シフォニは「ひっ」という声と共に後退りした。


「紹介するよ——ポワッシュ、苔性の魔植物さ」


コロン、という効果音が似合いそうな緑色の塊がシフォニの足元に転がった。




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