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第2話 ラゴンリアド




叫ばれた「イカれガーデナー」という言葉にノアは目を瞬く。

エルフのシフォニが暴れるからか、それともノアが来たからか、触手のように動くツタは攻撃性を増していった。


「ちょっと、早くこれをどうにかしなさい!」

「どうにかって言っても……」

「あんたが育ててるんじゃないの!?」

「はい」

「照れるな」

「僕の大事な魔植物なんだ」

「誇らしげな顔すんじゃないわよ!」


手足をばたつかせるシフォニに対して、育てた魔植物は搦手で応戦している。

「初めて見る侵入者に興奮しているなぁ」と感慨深げにノアは目を細めた。

うんうん、と頷く様はまさに生産者の顔つきである。


「無理、ほんっとうに無理! 最悪。このヌルヌル毒じゃないでしょうね!」

「暴れないで! それはラゴンリアド。粘液状の液体は彼らの体液だ。毒じゃない。トラップタイプの魔植物で、ダンジョンで宝物を守ったり、大昔は墓守の役目を担っていたツタ性の捕食生物なんだ」

「ご高説どうも!ごたくはいいからさっさと、ぅわ!」

「でも消化には時間がかかるから安心して!」

「全然安心できんわ」

「おかしいな、こんなに好戦的な植物じゃないはずだけど……繁殖期?」


こてん、とノアは首を傾げる。

呑気な彼の様子にぶら下がったままのシフォニから「いい加減にして!」とまた怒号が飛んだ。

するとノアは腕をブンブン振りながら蠢く大型の植物に話しかけた。


「おーい、ラゴンリアド! 彼女を下ろしてやってくれー!」


ピタッと、植物が動きを止める。

その様子に「なによ、言うこと聞くじゃない」とシフォニはほっとため息をついた。


——が、しかし。

次の瞬間。

ラゴンリアドのツタが鞭のようにしなり、扉の前に立つノアめがけて攻撃をくりだした。


「……やっぱりダメか」

「あんた育ての親でしょ! こういう時って言うこと聞くもんじゃないの!?」

「育ての親といっても、魔植物は植物だよ。言語は介さない」

「あーはいはい。そんなこと言った私が悪かったわ」


シフォニはノアの「何を言っているんだ?」と言いたげ顔に苛立ちながらも、現状を打破するために目を伏せる。

杖なしでも魔法は使えるが、精度と威力は落ちる。杖は媒介のようなものだ。


「こうなったら……どいて! 今から爆発魔法使うから!」

「えっ! まって、まって、」

「なに? 自分の植物かわいさ?」

「違う。魔法は逆効果だ。ラゴンリアドのツタは弾力があって触手みたいな感じだけど、触覚はついてない。つまり痛覚もない!」

「それだけ? ならなおのこと消し炭にしてやるわ」

「あと、その粘液は可燃性だから爆発魔法や電撃系の魔法とは相性が悪いと思う。火が回って酸欠で先に死ぬ可能性が高い」

「それを先に言いなさい!」


息絶え絶えな様子でシフォニは伸ばしていた手を引っ込める。魔法の詠唱も躊躇するように口を注ぐんだ。

あーでもない、こうでもない、と頭の中で考えても出てくるのは魔法での攻撃のみ。


「ラゴンリアドはこの性質のせいで乱獲にあって一度は絶滅しかけたんだよなぁ」


そして眼下にいるのは頼りなさそうな人間族(ヒューマン)の男。

鍵を勝手に使って侵入したことに申し訳ない、と思いながらもシフォニは「自分で育てたなら手綱ぐらい握っておきなさいよ」と心の中で愚痴る。

もう一度、男を見る。この男が「探し人」であるならば確か名前は「ノア」だったはずだ。茶髪に緑色の目だったと聞いていたが、髪を染めたのだろうか。白に近い銀髪になっている。そりゃ見つけるのに苦労するわけだ。


「……。……えっ、ちょっとあんた何する気?」


シフォニが目を離したすきに、ノアは剣を手にしていた。

彼が右手に持っていたのはどう見ても古く、錆びた剣。そこらへんにほっぽって置いたのがよくわかる埃の被り方だ。


「あー、うーん。仕方ないかな」

「え?」

「すまないが、そのままじっとしといてくれ」


ノアが低い体勢のままラゴンリアドに近づき、勢いよく剣を振り下ろした。

自身を支えているツタが全て斬られる。彼女には動きがスローモーションのように見えた。


「なにを……っ、きゃぁああ!」


シフォニは悟った。自分は体を使うことに関して貧弱。逆さまの頭は五メートル以上の地点から落ちようとしていることを。

よくて骨折、よくて骨折、よくて骨折——と彼女は唱えながら目をギュッと閉じる。


「い……たく、ない」


パッと目を開ける。下半身が浮いている。

風魔法か、とシフォニが驚いたようにノアを見た。


「片手間に失礼」


彼の左の指先にはペンほどの大きさの杖があった。クルクルと回す様子は手慣れている。

制御性が高く、子供や見習い魔法使いがよく使うものだ。


「僕もよく高いところから落ちるんだよ。だからこの魔法は得意だ」

「そ、そう……って、前!」


ラゴンリアドは残ったツタを時計回りに振り回しながらノアへと近づいていた。

その様子に「こんなに大きくなったのに勿体ないなぁ」と思いながらも、ノアは根元へと視線を向けた。


「エルフの君!」

「な、なによ」

「そこの鉢植え、もっといてもらえる?」

「鉢植え? ……これ?」

「そうそれ!」


シフォニはキョロキョロと辺りを見渡して、土で汚れた鉢植えらしきものを両手で抱えた。

黒地に黄や赤の斑紋や縞模様が施されており、どこかプニプニとした表面の直径三十センチほどの壺のようなものだった。


「それじゃあ、いくよ!」

「ちょっ、え!? なにするつもり、っ、」

「ごめんよラゴンリアド……引越しだ」


一文字。

ノアは綺麗な太刀筋でラゴンリアドの根本を残してツタを一掃した。

バラバラと質量を伴ったツタが落ちる。


「よっ……と」


落下物を交わしながらノアは剣を突き刺した。彼はスコップの容量で土の中から魔植物のコアを掘り出している。

黒と緑が混ざったような色の丸い球体から触角のようなものが飛び出してノアの腕に巻き付いた。そのコアにはツタ、というよりも触手に近い糸状のものが張り付いている。


「よしよし、いい感じだ」

「え、なにそれ。気持ち悪い」

「もしかして魔植物のコアを見るのは初めて?」

「待ちなさい。今、その不快な球体を、こっちに持ってこようとしている?」

「うん。もう一回育てなきゃ」

「リトライのきくゲームじゃないのよ」

「エルフってゲームするんだね」


ただでさえプニプニとした得体の知らない、ノアが植木鉢と言い張る壺を抱えているというのに、話の通じなさそうな様子にシフォニはうんざりしたような顔をした。


「よし、これで土を被せてっと」

「重い……これ、また育つの?」

「育つさ。これで多分三回目、かな。手伝ってくれてありがとう。貸してくれ」

「水とかあげなくていいの」

「今は睡眠状態なんだ。それに魔植物には必ず水がいいとは限らない。ラゴンリアドは水だけど、栄養剤として生き物の死骸から体液や血液を摂るんだ」

「それならなおのことこの魔植物は操れないの? ほら召喚された魔物みたいに」


シフォニは土に覆われた壺のなかを覗く。暗くて先ほどの触手は見えない。

あんな球体が何メートルにもなるとは、やはり自然の生態系とは少しズレているのだろう、と見当をつける。


「いい質問だね。確かに召喚された魔物は髪とか血液とかを使って契約する」

「あ。まって。聞きたくない」


悪手——苦虫を踏み潰したような顔でシフォニはノアに手のひらを見せ「ストップ」と止めた。


「けどラゴンリアドにそういう性質はない。最初は僕の体液とか血とかあげてたんだけど、そしたら遺伝子情報が均一になってしまったからか争い出したんだ。昔墓地にいた理由がわかったよ。ドッペルゲンガー状態を避けるためだ。三つほど枯らしちゃってこのラゴンリアドが最後の一つなんだ。実は今度お嫁さんを迎えようと思ってて、」

「もういい。手を動かして。特にお嫁さんのくだりは聞きたくない」

「そっか。しばらくは暗い場所で寝かせておくよ」


ノアはあっけらかんとした様子でシフォニに背を向け、壺を日陰の部分に置いた。

その警戒心のなさに「こいつ私が侵入者だってわかっているのか?」と怪訝な顔をする。

内部の損傷部分を確認したあと、ノアは触手の間を跨ぎながら杖を取り上げた。


「はい。これ杖。折れてなさそうで良かったよ」

「あ、ありがとう」

「ところで、エルフの君」

「なによ」

「名前は? 僕はノア。よろしく」

「……シフォニ」


シフォニはあっさりと攻撃にも防御にも使える自身の杖を返されて困惑しながらも名前を告げた。

とうとう「なぜここにいる?」ぐらいは問い詰められそうだ、と腹をくくる。

しかし彼女はどんな罵声がこようとも、状況をひっくり返すことのできる”()()()()”を引っ提げてノアの温室に侵入しているため、カウンターパンチをする気満々であった。


「シフォニ、か」

「ハッ、なにか言いたげね。どうぞ。遠慮せずに、言ってごらんなさい?」

「実は……頼みがあるんだ」


いそいそと目の前でノアは小瓶を突き出した。


「君の髪、体液、血液、どれでもいい! この小瓶分だけ分けてくれないかな!」


侵入者であるはずの彼女に言及もせず、ノアはただキラキラとした目をしていた。

彼は「エルフの伝手とかなくて。でも試したかったんだよ」、「今まで材料が僕しかいなくて」、「種族によって変化があるのかとか知りたいんだ。君の髪、綺麗だし試してみたい」と続けざまに話している。


おそらく例のラゴン……なんとかの栄養剤にでもするのだろう、とシフォニは正解を弾き出した。

シフォニは目を点にしたあと、眉根を寄せ、思いっきり息を吸い込み、


「やかましい!」


と叫んで、小瓶をはたき落とした。




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