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第三話

「シズ・ブライド様。お招きいただきありがとうございます。今日という日を楽しみにしておりました」


 顔を見合わせたデビス様は、お辞儀をしながらそう口にする。声色こそ幼いけれど、言葉遣いは丁寧で、話し方も落ち着きがあり、とても同い年とは思えない。

 所作の一つ一つに品が感じられて、正に王族と言わんばかりの風格が感じられる。


「お久しぶりですデビス様。本日は来て下さりありがとうございます。とても嬉しいですわ」


 そう言って私は微笑みを向ける。

 礼儀作法なんてものは、前世の私では微塵も分からなかったが、シズ・ブライドとして過ごしてきた記憶のおかげで何とかなりそうだ。

 シズ・ブライドは我儘でいて勉強なんて大嫌いだったけれど、馬鹿にされる事を最も嫌うプライドの塊だった。その為周りから馬鹿にされないように、礼儀作法や貴族としてのマナーなどは頭に叩き込んでいたのだ。

 シズ・ブライドとして過ごした中で、唯一褒められるところね。


 デビス様は私に笑顔を返してくれたが、そこで少し違和感を持った。何というか言葉にするのは難しいが、貼り付けたような笑顔。もっといえば、苦しそうに笑顔を向けているように見えたのだ。

 周りのメイドたちは何も気にしていないみたいだが、私にはそれがやけに気になってしまった。

 だけどよく考えてみれば無理もないこと。強引に誘われて来ただけなんだ、愛想笑いすらおっくうなのだろう。


 デビス様を客室へと案内して、互いに向かい合うように席に座る。するとミルネが紅茶を淹れてくれ、私とデビス様はそれを口に運んだ。

 

 ……さて、どうしたものかしら。

 紅茶を飲みながら、必死に私は頭を回していた。

 

 ここまではある程度上手くやっているとは思うけど、この後何を話題にこの場を進めていけばいいのか分からない。

 貴族同士の会話といえば何が無難なのかしら。

 前世では周りの大人たちからよく仕事についてなどのお話を聞かせてもらっていたけど、私から話を振ったことはあまりなかった。話すとしても、魔法のことばかりだった記憶がある。


 私が悩みながらも紅茶を置くと、デビス様がにこやかに口を開き始めた。


「ブライド様は、お休みの日は何をなされているのですか?」

「休みの日ですか……? そうですね。本をよく読んでいます」


 側にいたミルネがピクリと口角を上げる。

 ……無理もないわね。

 私が本を良く読んでいたのは前世の話で、今世では殆ど本なんて読んでいない。

 ミルネは私がデビス様にいい格好をしようとして、嘘をついたのだと勘違いしたのだろう。

 そう思うと顔が熱くなる。恥ずかしいわ……。


「読書ですか……。奇遇ですね。僕も本が好きで、よく読んでいるんです」

「本当ですか? ですがデビス様のような聡明な方となると、私の読んでいるようなものとは違った、難しい本を読んでいるように思います」

「そんな事ありませんよ。小難しいものも読みますが、小説なども読みますし……。それに、魔法についての本も読んだりしていますよ」

「え……魔法の本をですか!?」


 私は突如と湧き上がった興奮を抑えることが出来ず、手をテーブルについて身を乗り出した。場は静まり返って、デビス様は偉く驚いた態度を見せている。

 慌ててミルネに視線を向けると、私よりも慌てた表情を浮かべながら激しく首を横に振っていた。


「ご、ごめんなさい! ……少し、興奮してしまいまして……」

「い、いえそんな、お気になさらず……。それよりも、ブライト様は、魔法がお好きなんですね」

「え、えぇ……とても……大好きなんです……」


 しまった、これは間違いなく失態だ。どうも私は昔からこう言ったところがある。前世でも人が魔法の話をしていると、なりふり構わず話に割って入ってしまっていた。その時は相手が大人たちばかりで、優しく私を話に混ぜてくれたが、今は状況が違う。

 王族を前にしているんだ。無礼な行動は勿論として、不快に思われるような態度を取ってはいけない。それは当然のことだった。


 その後デビス様が話題を変えてくれて、暫く話を交わしてみたが、先程歪めてしまった空気が変わることはなく時が流れる。


 私はそれに耐えられず、遂に一度席を立ち、お手洗いに行くと伝えてこの場を離れることにした。

 勿論トイレに行く用はない。けれど、空気を入れ替える為というか、心を一度落ち着かせる為にも、必要なことだと判断したのだ。

 私は一直線に裏庭に足を向ける。

 

 その後直ぐに辿り着くと、壁に背をつけて大きくため息を吐いた。


「やってしまったわね……。きっと変な人だと思われたわ」


 後悔の念が募る中、私は空を見上げた。

 よくよく考えてみれば、私は前世でも今世でも友達が出来たことが一度もない。

 前世では近い年齢の人が貧困街にはいなかった事から諦めてしまい、今世ではプライドの高さから誰も私に釣り合わないと言って交友を持とうしなかった。

 そんな私が、まともに同い年の相手と話すことができるのか……。

 ダメだ。柄にもない事を考えている。


 そう思いながら、私は一度心を落ち着かせる為に魔法を使用し始めた。


(ホープ)


 昨日覚えたばかりの魔法。これを見ると力がみるみる湧いてくる。前世では使うことの叶わなかった私の夢を、今は容易くこうして使用できているのだ。ならば、前世では出来なかった友達も、今世なら出来るかもしれないじゃないか。そんな風に思えてくるのだ。

 王族とお友達なんかになれるとは思わないけど、せめてもっと楽しく会話がしたい。勿論、失礼のないように。


「ブライド様……何をなされているのですか?」


 魔法を眺めて意気込んでいたその刹那、側からそんな言葉が投げかけられてきた。

 咄嗟のことに理解が出来ず、そして動揺してしまい、私はゆっくりとそちらに顔を動かした。

 声から薄らと察していたが、視界に入ることでそこに立っている人物が誰なのか、はっきりと知ることになる。


 そこにはキョトン顔で立ち尽くす、デビス様の姿があったのだ。この瞬間、私の体中からサッと血の気が引いたのを感じた。

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