第二話
翌日。私は早速魔法練習に励もうと、朝起きてすぐに部屋を飛び出そうとした。
するのその様子を見たメイドが、何をしているのかというように、少し張った声で私の前に慌ててたった。
「何処にいくのですかお嬢様!」
「? 何処って、裏庭よ。魔法の練習がしたいの」
「いけません! お忘れですかお嬢様……本日はデビス王子がお越しになるのですよ?」
私は頭の上に大きなはてなを浮かべながら、何の事かと考えた。そして直ぐに記憶が蘇る。そうだ、私が以前、王族であるデビス様をお誘いしたんだ。
私と言っても、もちろんそれは記憶が戻る前の私だ。愚かだった私は、招待されたパーティで我先にとデビス様の元に駆け寄り、自宅に来るよう半ば強引に約束を取り付けたのだった。
今思い出すだけでも恥ずかしい。もう既に嫌われていてもおかしくない行動だわ。
「それでは早速準備に取り掛かりましょう。今までよりも一層に気合を入れた格好で、デビス様をお迎えするのです!」
「わかったわ。申し訳ないけど、協力してちょうだい」
「お嬢様が謙虚な姿勢で……お任せ下さい! このミルネ、全身全霊をかけてお手伝いさせていただきます!!」
するとミルネは、他にもメイドを四人ほど集めて私に協力するよう伝えた。
ミルネはこの屋敷に勤めて長いこともあって、メイドたちをまとめ上げるリーダー的立ち位置にいる。
二人が私のお化粧をしてくれて、もう二人が私の衣装を提案してくれる。
「お嬢様。こちらなんていかがでしょうか?」
「えーと……素敵だけど、少し派手かしら」
メイドたちが勧めてくるものは、以前の私を意識したものばかりで、とても派手で目立つような赤のドレスや、血のように濃い目立ちはしないが禍々しいドレスなどを提案してくれる。
しっかりと以前の私を理解してくれているからこそ、そのような服を提案してくれているのがわかる。だからこそ、あまり強くは否定できないのだ。
どうしようかしら……落ち着いた服を提案したいけど、急に好みの系統が変わるなんて不自然よね……。
「ちょっと二人とも、お嬢様は生まれ変わったんです。そう言った奇抜な服よりも、もっと大人びたものはないのですか?」
すると、私の意思を言葉にするように、ミルネが代わりに言いたいことを言ってくれた。
昔からミルネは私のことを第一に考えてくれている。あんなにもわがままだった私を見限らず、ずっとそばにいてくれた唯一のメイドだ。
「ありがとうミルネ。実は一度、大人しい雰囲気のドレスを試してみたいと思っていたの」
「お嬢様は成長なさいましたからね。そうだと思いましたよ。それよりもほら、お化粧も終わりました。後は着替えるだけです」
言われるがままに立ち上がり、メイドたちに衣装を着せてもらう。それは、以前父が『たまには別の系統も来てみればどうだ?』といって買ってきてくれた純白のドレスだった。
以前までの私は、自分好みじゃないからといってぞんざいに扱っていたけれど、今の私にはこのドレスが最も魅力的に思えた。
「どう……かしら?」
着替え終えた私は、自分では周りにどのように見られているのか分からず皆に問いかける。
すると皆は、まるで美術品を見るかのような顔を浮かべた後、感嘆の声を漏らした。
「素晴らしいですお嬢様! 見違えました!!」
「以前のお嬢様も荒々しくて素敵でしたが、今は女神様のようです!」
「きっとデビス様も惚れ惚れしてしまいますよ!」
皆は興奮を抑えきれないかのように私に詰め寄ってくる。ここまで褒められると、私も自信がついてくる。
前世ではドレスなんて一度も切れたことがなかったんだ。姿形は変われど、こうして一度は着てみたかったものを着れて、とても満たされた気持ちになる。
「デビス様がお越しになりました!」
すると部屋を開けて、一人のメイドが慌ただしくそう伝えにきてくれた。
あっという間だったわね。まだ少し緊張しているけど……大丈夫かしら。
「大丈夫ですよお嬢様。お嬢様は変わられたんです。きっと、デビス様とも上手くやれます」
不安が態度に出ていたのか、ミルネは部屋を出ようとする私に、包み込むような優しい笑顔で励ましの言葉をかけてくれる。
おかげで心が落ち着いたわ。
私はミルネに感謝の言葉をかけてから、玄関先まで歩いてデビス様を迎える準備をした。
他数人のメイドが私について、不安そうに見守ってくれている。
扉を開いてもらって外へ出ると、既に門を潜ったその先までデビス様を乗せた馬車がきていた。
その後直ぐに馬車が止まると、中から以前顔を見合わせたデビス様が姿を現しになった。
整った目鼻立ちに、青黒く輝く瞳と、きめ細かな黒い髪は、太陽の光でキラキラと輝いている。
正しく絶世の美少年というべきその容姿に、私は少し動揺したが、直ぐに平静を取り戻す。
何なら、先程の緊張すらも消え失せた程よ。
何故なら、デビス様を見て最初に感じた感想は、幼くて可愛いといったものだったから。だって私は、前世では10歳だったんだ。見たところ、デビス様は今の私と同い年の8歳。
王子様であることは緊張の種になるけど、男の子の前を前にして緊張するみたいな、そういったドキドキは微塵も生まれなかった。