操縦士の古傷
母船の雄叫びが始まった頃、一方で操縦士は、
(ズキッ...。)
圧力をかけ始めて1時間後、腰に違和感を覚える。
その違和感は、過去味わったことがあった。
過去の戦闘で仲間を助ける為に庇った傷の痛みが蘇ったのだ。
腰の負荷により、次第に強くなる痛み。
その痛さは、当時受けたダメージと同じくらいの痛さになった。
操縦士は、思わず圧力をかけた一瞬だけ腰に手を当てた。
サッとその後、操縦士補佐官が腰に手を当てて支える。
(ズキッ...ズキッ...)
その後も痛みが来たが、多少軽減されて、
なんとか作業が続けられる程度になる。
助かった。これでまだ作業を続けられる。
母船の圧力をかける役割は、事前に担当が固定されており、心身共に頑丈とかそういうのではなく、
『選ばれし操縦士』だけと決まっている。
残念ながら、操縦士補佐官など他の人に作業を引き継ぐことが出来ない。
また、機械による圧力の全自動は、未だ研究中であるため、手作業で母船の様子を確認しながら圧力を加えなければならない。
こうして操縦士は、圧力をかける作業にまた集中した。
ー約30分後
痛みが更に広範囲に広がる。
神経の痛みだ。
腰痛はさることながら、背中全体が痛む。
そして昔の負の連鎖が襲ってくる。
悲しいニュース、陰謀論、洗脳、
過去の印象に残った妬み嫉み、
緊迫した会議と戦闘の状況、
失敗した時の挫折、
心が堕ちる。
これも20代前半に充分に味わった。
乗り越えた経験もある。
但し、すぐに対処しないと深くまで心が堕ちる。
まるで宇宙に取り残されたかのように動けなくしまう。
心が堕ちると、感情のコントロールが利かなくなり、
その先は、全身が凝り固まり・背中にさらなる激痛・手足の震え・嘔吐など、
味わいたくないと思う事柄が起きてしまうのだ。
直ぐに、楽しかった事を思いつく限り考える。
幼い頃に観た、一流の音楽・ダンス・服・小物・漫画などが常に溢れていたあの時。
一発でかっこいいことを魅せる技を集う者達に圧巻。
お笑いなどのバライティでも、
プロ意識の高いパフォーマンスも多く、
不快な者も寸止めや突っ込み技で上手くすっきりする展開を盛り込み、笑いに変えていた。
どの一芸も驚きや感動を呼んだ。
数え切れない伝説の数々も輝いていた。
そして便利な機械も多く発売していた。
その中でもホーガン。
見た目の美しさと格好良さ。
悪と戦うために現れたその姿。
痺れる技の数々が次々と開発され、
実況中継で流れるホーガンの活躍は、
毎日が新鮮で、どの技も素晴らしい。
心から楽しませてくれた。
成人になって、ホーガン育成学校で学んだ日々。
免許を取り、ホーガンに初搭乗した日。
ホーガン会社に入社し、仲間からの歓迎会。
厳しい環境下の中でも美味しい飯を食べ、酒を飲むことができた日。
初めて戦闘で勝利した日。
その時は必ず、
「おめでとうございます!」という台詞。
その台詞を聞くと、操縦士は元気が出た。
達成感が得られるのだ。
単純な言葉だが、お祝いの言葉は嬉しい。
幼い頃は映像からでしか得られなかったこの台詞。
大人になってホーガン開発に着手し、ここまで進めることが出来たのも、仲間と一致団結したからこそだ。
このガンダムは、1人だけでは作れない。
無事にこのベビーホーガンを完成させたら、仲間達と「おめでとうございます!」と台詞を聞きたい。
今一度、操縦士補佐官や設備スタッフの人達を頭に思い浮かべ、心を整える。
幸せな気持ちにするには、良く食べ、良く寝ること。
他にも運動不足になっていないこと。
ある程度の筋力が必要となるが、今回は事前に一年間努力した定期的な10㎞ウォーキングや神聖なる社で身を清めたので対処済みだ。
うん、体力もあるお陰で心も整えられた。
だが、早めにこの痛みは終わらせたいとも同時に思った。
こうして古傷の痛みをコントロールしながら、操縦士は再度、圧力をかけ続けた。