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ジェイラード・フォン・ロッソーに平穏は訪れるのか?

 王都での凱旋パレード中、それは起こった。


 沿道に詰めかけている人々の歓声に紛れて、小さく響いた2発の発砲音。

 そして、殆ど間を開けずに続いて大きく響いたのは、4発のライフルの発砲音だった。


 思わずその場で頭を下げ伏せたのは、戦場で身についた条件反射だ。


 間髪入れず、沿道の女性から甲高い叫び声が響き、あわやパニックか?と身体が一瞬強張る。

 しかし、続いて3度ゆっくり鳴らされたクラクションの音に、肩の力が抜けた。

 沿道の人々もその音源に注目し、後方の車の助手席に立ち上がった男が、にこやかによく通る声で平静を促す。


「皆さん、大丈夫です。敵は倒しました。脅威は去りました。皆さんは落ち着いて行動して下さい。どうか慌てず、ゆっくりと、気を付けて家にお帰り下さい」


 と、例のキラキラしい笑顔で堂々と話す男、フェリクス少佐に視線を向けたところで、トランシーバが着信を知らせた。受信にすると、聞こえてきたのはフェリクスの隣で運転席に座る女の声。


「右前方1時方向、400m程先に見える鐘楼の上から狙撃されました。当方に被害はありません。敵は2名で、反撃し腕を撃ち抜きました。回収して下さい。自死していなければ良いのですが。あと、民衆の誘導をお願いします」


 まるで何事もなかったような落ち着いた声が、冷静に状況を知らせる。俺は隣に座って聞いていた副官に声をかけた。


「……だそうだ」


 その一言だけで、副官は車を降り、横を走っていたマクベル中尉達に鐘楼の上の敵を捕らえるよう指示し、地面に伏せていた隊員に声をかけ、民衆の誘導に向かう。

 何も聞かずに的確に動く彼は、なかなか気が利く男だ。

 私も車を降りて、後方の車に向って歩き出した。


 フェリクスは部下のキース大尉に指示を出し、自らも民衆の誘導を始めている。

 彼が沿道に降り立ち、笑顔を浮かべて誘導すれば、人々は素直に落ち着いて沿道から立ち去っていく。


 そして、無惨にも助手席のヘッドレストが吹き飛ばされたジープには、案の定顔色一つ変える事無く、深めに被った帽子から菫色の瞳を覗かせた女が、にこやかに笑っていた。

 思わずこぼれたため息は、もう仕方がない。


「よくやった……と言うべきなんだろうな」


 すると、軽く首を傾げた女リーシャが、傍らに置いたライフルを指差して言った。


「ありがとうございます? 古い割にはいい銃よね、これ」


 違うだろっ!と思わず言いかけて黙り込む。これ以上は、ここでする話ではない。首を振って切り替えると、フェリクスも呼んで指示を出す。


「フェリクス、とりあえずここはうちの副官とキース達に任せて、本部に向かうぞ。敵の確保にはマクベルが向かった。報告と諸々の対応をしなければならないから、俺もこっちの車で向かう。リーシャ、ヘッドレスト以外の破損が無いなら、すぐに車を出してくれ」


「リアシートにも1発当たってますけど、車自体は無事ですよ。中佐は後ろに乗って下さい」


 リーシャはあっさりとそう言って、エンジンを始動させる。

 俺の命令を聞いたフェリクスが、キースに指示を出し助手席に乗りこんだ。俺は後部座席に乗り込むと、埋まった弾を取り出し、座席に転がっていたヘッドレストを拾い上げる。


「証拠として提出しないとな……」


 この位置から鐘楼を眺めあげる。一体どうやったら、あそこから狙撃されて無傷で生き残り、更に敵を返り討ちに出来るんだ?

 考え込んだ俺に、リーシャが運転席から後ろを振り返った。


「車、出していいですか?」


 俺は頷いて了承すると、車は静かに動き出した。





 本部についた俺達は、懐かしい上司や同僚達の顔触れに、パレード中に狙撃事件が起こった為現在対処中だと伝え、足早に通り抜けると、まずはフェリクスの執務室に駆け込んだ。

 目立たぬようにフェリクスの影に入れ、女だとバレないように帽子を深く被り、ひっそりと気配を消していたリーシャは、部屋に入ると帽子を脱いで大きく息をつく。


「はあ、今日1番緊張しました……」


 小さな頭にまとめたプラチナブロンドを団子のようにひっつめ、その人形の様に美しく整った顔を現すと、ダラリと壁に凭れたリーシャに、俺達は思わず揃って、なんとも言えない視線を投げた。彼女の大きな菫色の瞳が不思議そうに瞬く。

 俺は目を眇めて彼女に言ってやった。


「お前、感覚がおかしいぞ?」


「そうですか?狙撃犯を撃ち取るより、知らない軍の本部に入るほうが緊張しますよ?」


 駄目だ。わかってない。

 すると隣で、フェリクスが小さく笑った。先程までの張り付けた笑顔でなく、思わずこぼれた笑顔だ。


「私はリーシャのこういうところに、少し慣れてきた気もしますよ……そうそう、まだお礼を言っていなかったね。ありがとうリーシャ。また、君に助けられた」


 そう言って、フェリクスは砂を吐きそうに蕩けた顔で、リーシャの手を取った。リーシャの頬が小さく引き攣っている。

 俺は何を見せられている?しょうがないから助けてやるか。


「フェリクス、後でやれ。リーシャお前は、ここの隣の小部屋で報告用の書類作成だ。施錠はしていくが、見つからないように気配は消しておけ。後でこいつが迎えに来る」


「かしこまりました」


「悪いね、リーシャ。後で軽食を届けるよ。用紙とペンはこちらを。形式は任せる」


 彼女は俺の命令に返事をすると、スルリとフェリクスの手から自分のそれを引き抜く。

 そして、用紙とペンを引っ掴むと、さっと部屋の奥の小部屋に消えていった。


 俺はフェリクスを連れて、自身の部屋に向かう。

 清掃はされていたようで、すぐにでも使えそうだ。

 部屋付きの下働きに茶と軽食を4人分用意してもらい、マクベルに戻り次第顔を出すように下士官に伝言を頼んだ。

 すぐに届いた軽食をフェリクスがリーシャに届けている間、俺は上役の面々に、30分後に事件報告の会議を開くこと、事件は一応の解決をしており、民衆に混乱はなかったことを伝え、俺達の話し合いの時間を確保した。

 フェリクスが戻ったところで、俺達はようやく部屋の応接セットに腰を下ろした。


「で?いったいどういう流れだ?」


 時間もないので、さっさと核心について話をしようと、俺はフェリクスに尋ねた。長い午後になりそうなので、片手間に軽食を腹に詰め込む。


「リーシャの慎重さに救われました。こういう場は狙撃の標的になりやすいとか、効果的な結果と確実性を狙うなら、最終日にもっとも目立つ人間を狙うだろうと。

 まあ、襲撃があるかもわかりませんでしたし、私が狙われるかどうかも不明でしたが。ザーイークからの恨みなら私は相当買っていましたからね」


 成る程。彼女の経験というか知識から警告を受けていたという訳か。確実性はなく念の為ということだったんだろうが、それがフェリクスの命を救ったのか。


「もっとも目立つ人間ね。リーシャの隣にいたお前が狙われたのは、ある意味運が良かったのか?」


 恨みはともかく、間違いなく、今日のパレードで1番目立つというか民衆の声援が多かったのはこいつだろう。北部地域での戦績、特にアデル奪還作戦の功績は大きいし、この顔は軍のPRにもお誂え向きだったろうしな。

 リーシャが隣にいたからこその無事だろうが、実際、今日の事件後、民衆のパニックを収めた手際も見事だった。最大の功労者はリーシャだが、表に出せないから全てこの男が被ることになる。


「そうですね。あんな彼女を見ることが出来たのは、私にとって幸運でした。本当に女神のようでしたよ。敵を発見した時と狙撃した時のあの表情……」


 は?幸運の意味を履き違えて、フェリクスの話が変な方向に話がズレていく。

 駄目だ、これは。

 俺は早々にフェリクスを引き戻しにかかる。


「フェリクス。もういい。少し落ち着いてくれ、あまり時間もないから」


 その時、扉を叩く者がいた。


「失礼します。マクベルです」


「入れ」


 敵を拘束したマクベルが報告に戻ったらしい。

 いつもの穏やかな雰囲気でマクベルが入室してくる。彼は、俺の向かいに座るフェリクスを見て、まずは労りの言葉をかけた。


「フェリクス少佐、大変でしたね」


「いえ。問題ありませんよ。私はむしろ……」


 だから、時間がないと言っている。コイツに喋らせると脱線しそうだったので、俺は手振りでマクベルに腰掛けるよう促すと、フェリクスの言葉を遮って、マクベルに尋ねた。


「マクベル、で、生きたまま捕らえたか?」


 俺の問いにマクベルはすぐに切り替えて、報告を始めた。


「はい。狙撃者は右手首と左上腕を。もう一人は両腕の付け根部分をキレイに撃ち抜かれていまして、転がって呻いているところを捕らえました。いやあ、リーシャさん相変わらずいい腕ですね。あの距離と角度から狙い通りに狙撃するって。

 2人は現在手当中です。ざっと装備を確認しましたが、十中八九ザーイークですね」


 リーシャの報告通りか。とりあえず生捕りに出来て良かった。所属や目的はあとからゆっくり吐かせればいい。


「そうか、ご苦労だったな。あとは専門のヤツに引き渡せ」


「はい、了解です。ところで少佐。いったいどういう状況だったんです?」


 マクベルは俺への報告が済むと、フェリクスに尋ねた。しかし、今この男に聞いてはいけない。余計なことまで言いそうだ。

 だから、口を開きかけたフェリクスを制して、俺が答える。


「パレードは狙撃されやすいからと、リーシャに警戒するように言われていたコイツが、予想通り運悪くそのターゲットになっただけだ。で、あいつが非常識にも返り討ちにしたってところだな」


「そうですか。不幸中の幸いでしたね。ところで、今日って帰還式やるんでしょうか?本部の上役も事件を知って慌ただしいですし」


 狙撃の件に関しては納得したマクベルだが、今度はこの後の予定が気になったのだろう。

 俺は軽く頷いて答えながら。マクベルの前にある軽食を勧めてやる。


「兵達は、多分このまま本部に入って、それから解散じゃないか? 俺達3人はこの後、12:00から本部のお偉方と事件報告の会議だ。おそらくそれだけでは済まないだろうがな。リーシャのことは避けて通れないからな。

 彼女のことはフェリクスに投げる。何を聞かれてもフェリクスにまわせ。リーシャを他に奪われないよう、コイツなら力を尽くすだろう」


 事件のことだけでなく、それに紐付けてリーシャについての諸々も話題に上るのは想像に難くない。

 彼女が現れた際に一通りの報告や証拠品の提出はしてあるが、詳細の報告に加え、戦功など、不足があっても過剰であってもリーシャの立場は微妙なものだ。

 我が軍の害にならず、程々に優秀で価値があり、かと言って優秀すぎれば、興味を持たれ誰かに奪われる可能性もある。

 上役の興味を惹きすぎず、フェリクスの下で上手く使うのが一番有用で効果的であることを証明しなければならない。

 ついでに、フェリクスにリーシャの手綱を握らせるという言質が取れれば、言うことはない。

 フェリクスは全て心得ているという顔で、読めない笑顔を張り付けた。


「お任せ下さい。でも、お願いしたら助けてくださいね、中佐?」


 そう言って立ち上がると、「リーシャの報告書を受け取ってから会議室に向かいます」と退室して行った。

 残された俺達は、どちらからともなく顔を合わせる。


「嫌な予感しかしないんだが。とりあえずそろそろ時間だ。行くぞ」


 俺は、大きなため息とともに立ち上がる。すると、マクベルも立ちながら、恐る恐る俺に言った。


「フェリクス少佐って、リーシャさんのこと?」


 俺はフェリクスが出て行った扉に、なんとなく視線をやりながら答えた。


「鬱陶しい位に惚れ込んでるな。リーシャは逃げ回っているようだが、まあ、時間の問題だろ」


「うわあ〜……見た目は美男美女のカップルなのに、あの2人って最強ですよね? すごく自然で似合っていると思うんですが、ちょっと怖い」


 マクベルの言葉に、納得する。そう、妙に似合っているのだ。今はまだフェリクスの一方通行のようだが、2人で並んでいる姿は、とてもしっくり来る。ただ、とんでもないことを引き起こしそうな、どことなく不穏な怖さはあるのだ。


「同感だな」


 俺はマクベルの感想に納得しつつ、諸々のことにコイツも巻き込むことにした。


 かくして、会議は順調に進行し、本領発揮したフェリクスが、リーシャの件では鮮やかな手腕で軍の重鎮達を丸め込んだ。

 色ボケさえしていなければ、本当に優秀な男である。

 リーシャの書いたこの事件に関する報告書も、俺達の意図を汲んだかのように、フェリクスを上手く立てて、リーシャに追及がかからぬように配慮した素晴らしい出来だった。

 会議は3時間に渡ったが、マクベルは後半、半眼でフェリクスをただぼーっと眺めて、「はい」「少佐の報告どおりです」以外の言葉を発しなかった。

 ちなみに俺も似たようなものである。


 長い会議が終了して、ようやく懐かしの我が家に戻れるとホッとしたところで、帰り際にフェリクスに畳み掛けられた。


「無事に事件解決とリーシャの報告まで済んで良かったです。ありがとうございました。ところで、中佐、ロッソー伯爵家に養女などいかがでしょう?ご検討下さると助かるのですが……」


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