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リーシャ・クラウベルは青年将校から逃げられない?

後日談はじめます

 ザーイーク国との戦争が終結し約半月、アデルの街での戦後処理も落ち着いて、いよいよこちらの駐留部隊にも撤退命令が下った。

 今後は、北部地域の基地に配属されている軍師団が、この辺りの治安維持や国境防衛を担っていくことになる。

 この国の勝利で終わった終戦に、国民も兵士も皆浮かれていた。


「凱旋パレードと王室主催の祝賀会?」


 駐留軍の司令室として使われていたこの部屋の片付けも終わり、フェリクスと私は、お茶を飲みながら今後の予定を話していた。


「ああ。王都に入る際に大通りを行進して行く。軍本部まで車両をゆっくり走らせて」


「うわあ。そんなことやるんですねえ」


 私は半分呆れて、残り半分は感心して言った。時代が違うと、こうも勝手が違うのか。

 なんていうか戦争の正義をアピールする王室のプロパガンダ的なものを感じる。

 まあ、政治的に必要なアピールの一つなんだろうな。マーケティングの手法としては間違ってはいないだろうけど……

 なんてことを考えていたら、フェリクスがじっとこちらを見つめていた。


「リーシャの国では無かった?」


 静かに問われた声に、かけ離れた時間と常識の距離の遠さを感じる。


「戦争の形式も終わり方も、今とは全く違いますからね。それに、勝敗はともかく民間の犠牲者も多いですから」


 ドローンやロボットや最新鋭の武器を駆使し、特殊な訓練を受けた軍人達が立つ戦闘には、民間人の犠牲も多い。報道陣やカメラを持つ人々の前で軍人が顔を晒すのも、私達の感覚からすればあり得ないことだ。ましてや、その最新鋭軍事機密そのものであった私自身は、国の秘するべき情報だった。

 それに戦争の勝敗にしても、勝つことで国として諸々の利権は守られるが、民衆の支持が得られるかといえばそうでもない。

 職業軍人としては複雑なところだが……と、苦笑して首を横に振った。


「そうか……では、パレードでは君は運転手がいいかな?」


「はい。それが良さそうですよね」


 知った顔がいるでもなし、運転手となるのが無難だろう。

 私が了承すると、フェリクスは一瞬表情を歪めたが、話を切り替える。


「あと王室主催の祝賀会だが……少尉以上の将校と貴族籍の者に出席義務がある。だけどリーシャ、君には特別枠で出席要請がきている」


「え?」


 予想外の言葉に、聞き間違いか?とフェリクスを見る。


「私の同伴者として、国王陛下に面会して……」


 だが、彼は当たり前のように話を続けた。


「ちょっと!待って下さい!無理です!」


 私は腰を上げて、慌ててフェリクスを遮った。


「これは命令と同義だよ?」


 そんな私に、フェリクスはにっこり笑って畳みかけた。

 駄目だ、これは。全く聞く気がない。

 私は上がりかけた腰を、ストンと再び椅子に戻した。


「はあ、わかってはいるんですけど……この時代の、ましてや社交界でのマナーなんてわかりませんし、それに、それこそ王都に腰を落ち着けるかどうかも決めかねていて……今後生活もどうしていくか、いろいろ考えているところで」


 そして、ツラツラと思いつくままに、私の考えを言葉にしていく。

 そう、この戦争が終わってから……私は、軍を離れることも考えていた。もともとこの国の軍人ではない私は、今後この時代で生きていく場所を探さなければならない。

 そこまで言ったところで、フェリクスから漂ってくる気配が尋常じゃないことに気がついて、顔を上げる。

 美人が怒るとかなり怖いかも?と、冷汗が滲んでくるのを感じるが、私何か彼を怒らすような事を言ったかしら?


「残念ながらリーシャ。君にこれからの住まいに関して、選択権はないよ? 私の側にいてくれるんだろう? 王都の私の屋敷に、君の部屋を準備するように言ってある」


「は?」


 え〜と……すみません。すぐに理解できない。


「君の所属も、私直属の部下になる」


「あの……いったい」


 なんだかそれって、私の人生を貴方に決められているようで、少々怖いのですが……

 知らず知らずのうちに顔が引き攣っていく。


「君は、この時代、この国にたった独りでやって来た。そして私の運命を変え、この国の存亡まで変えた。私が君を手離すと思うかい?

 ああ……大丈夫そんな顔はしないで? 君が私の側から離れない、ということ以外の自由は保証するから」


 人として最大の自由を阻害されている気がするのですが……

 笑顔なのに目が笑ってないってこういう事を言うんだなと、フェリクスは私に教えてくれた。


「ええと……重い」


 それでも、フェリクスの必死さは伝わってきて……彼を蔑ろにしてまで私自身にやりたいことも別にないしなあ、と、彼の言葉に甘えて、ここに……フェリクスの側に残ることを私は選んだのだった。

 彼に流されていることは、もちろん自覚している。





 その日はそろそろ冬の終わりを感じる、暖かく良く晴れた日だった。


「凱旋パレードなんて、勝利国の驕りですね」


 終戦後、各地から引き上げてきた軍隊が王都中心部に入り、メインストリートから軍本部に帰還するまでの数kmの距離を、車の速度を緩めて王都民の歓迎を受けながら進むという。

 従軍していた兵士達には、各地方の軍の所属の者達以外に、志願兵や民兵、傭兵などもいた為、基本的には現地解散だったが、王都やその周辺(早い話が首都圏)の所属で、もともと軍属だった者達は、軍本部に帰還する義務がある。

 ジェイラード中佐やフェリクスはもちろん、キース大尉やマクベル中尉はその隊員共々王都出身の軍属の為帰還組だったが、カイウス大尉のところは地方組だ。

 そんなわけで、各地に散らばっていた王都組の帰還の規模は、さして多くはない。車での帰還はほぼ陸軍だ。王都入りの日程も異なるし、傷病兵も現地で回復後に帰還するので、5日間に別れて1日7〜8千位だという。

 私が所属する北部地域派遣組の帰還は規模としては最大で、最終日の今日だった。軍属だけでなく王都周辺からの志願兵も含めている為、10,000程度の規模になった。

 一番の激戦区と言われた北部地域。投入された戦力も大きく、大規模な戦闘も多かったと聞く。家族や親族、恋人や友人がそこで従軍していたという者達は、無事を祈りながらも不安や心配も大きく、生還は心からの喜びだろう。

 メインストリートはかなり道幅が広く、ロープで区切られた沿道に集まった民衆たちは、関係者も多いはず。そんな人々達に姿を見て貰うためだろう。幌を外したトラックやジープに乗り、一部は車を降りて徒歩で、メインストリートを進んでいく。道に沿って建ち並ぶ3階程度の建物からも、窓を開けて手を振る人々がいる。


 ここに知り合いなど誰一人として居ない私は、どことなく疎外感を感じつつ、ついボソッと突き放すような物言いをしてしまった。

 するとその言葉を拾った隣の人物から、少々困ったような声で返事があった。


「ああ、そうかも知れない」


 フェリクスだ。

 彼は今、将校が乗車する幌が外されたジープの助手席に座っている。

 地味な戦闘服ながら、輝くような金髪、天から贈られた美しく整った顔に笑顔を浮かべ、ゆっくりと手を振っている。一瞬横目に視線が合い、そのエメラルドの瞳が僅かに緩んだ。

 すると、周囲から沸き起こる主に女性達の声が、一層大きくなる。

 まるで、アイドルだ。

 前方をゆっくりと走るジェイラード中佐もすごい人気だが、フェリクスは更に凄い。今日私は、髪を纏めて深めにかぶった帽子の中に入れこんでいる。沿道の人々からは、運転手は若い男性にも見えるだろう。女性だとバレたら、彼女達から恨まれそうだ。


 しかし、この警戒感の無さはいただけない。

 先程メインストリートに入りパレードが始まってからチラチラと感じる殺気に、邪魔な女性達の声を意識から排除して、視力と聴力と勘を研ぎ澄ませて周囲を探っている。


 ああ……見つけた。


 思わず口角が上がったのは許して欲しい。私はチラリと、運転席の足下からシート脇に立て掛けたライフルを、視線で確認する。

 そして、唇を殆ど動かさず、フェリクスに小声で尋ねた。


「フェリクス。貴方相当恨まれてる?」


「否定はしないけど、君から言われるのは心外だなあ」


 同じように唇を動かさずにそう答えたフェリクスも、薄々何かを感じたのか?

 相変わらず勘がいい。


「そのまま聞いてくださいね。狙われてます。合図をしたら頭を庇って伏せて下さい」


「……わかった」


 笑顔を貼り付けたまま、表情も態度も変えずに言ったフェリクスから向けられた信頼に、少しばかり心が浮き立つ。

 そして、フェリクスを狙うスナイパーに自分をリンクさせていく。距離は、500m程。標的を捕え、狙い、どのタイミングで撃つか?

 敵の動きに集中して、感覚を研ぎ澄ました。


「伏せて!」


 そう言いながら、ブレーキを踏み車を止める。

 間髪入れずに、伏せたフェリクスのシートのヘッドレストが銃弾で吹っ飛んだのと、私がライフルを掴んで運転席のシートから立ち上がり、ダッシュボードに足を掛け、銃を構えたのが同時だった。

 敵が発射したのは2発。1発は私の横を掠めていった。沿道の民衆から悲鳴があがる。


「ふふっ……馬鹿ね。遅い」


 ライフルを構えるのとほぼ同時に、続けて4発トリガーを引く。私に気が付き、逃げようとした2人を立て続けに狙った。手応えはあった。

 敵が起き上がって来ないのを確認して、私は銃をおろした。

 民衆がパニックになりかかっているのを見て、私はクラクションをゆっくり3度に分けて鳴らす。そして、横目でフェリクスを見た。


 フェリクスが立ち上がり声を張り上げる。


「皆さん、大丈夫です。敵は倒しました。脅威は去りました。皆さんは落ち着いて行動して下さい。どうか慌てず、ゆっくりと、気を付けて家にお帰り下さい」


 彼がにこやかに微笑み、ゆっくりはっきりと通る声で群衆に話しかける。

 彼の落ち着き払った態度を見て、沿道の人々も落ち着きを取り戻したようだ。

 私は、車に備え付けられたトランシーバを取り、ジェイラード中佐達に向って報告をする。


「右前方1時方向、400m程先に見える鐘楼の上から狙撃されました。当方に被害はありません。敵は2名で、腕を撃ち抜きました。回収して下さい。自死していなければ良いのですが。あと、民衆の誘導をお願いします」


 私の報告が終わる頃には、フェリクスは後方のキース大尉に向って、民衆の誘導を指示していた。うん、優秀だ。そのキレイな顔も充分に使って、民衆を落ち着かせたカリスマは、素晴らしい。


 前方の車からジェイラードがやってくる。

 彼は。私達の車を確認すると大きなため息をついた。


「よくやった……と言うべきなんだろうな」


「ありがとうございます? 古い割にはいい銃よね、これ」


 私がライフルを指さしてそう答えると、呆れたように首を横に振って、ジェイラードは諸々の後始末を引き受けてくれたのだった。

 中佐も少佐も、良く出来た理想の上司ね、と私は、キーを回してジープのエンジンを掛け直す。

 沿道から引き始めた群衆に、もはやパレードどころではなくなった車が、ゆっくり進み始めた。




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