リーシャ・クラウベル その後
最終話は短め
アデルの街の奪還に成功し、そこには1大隊が置かれることになり、司令官としてフェリクスが少佐に昇進となって、任命された。
フェリクスが指揮していた中隊は、キースが大尉に昇進。その他、マクベル中尉とカイウス大尉、そして戦車部隊が配置された。
私は、少佐付き補佐官として、フェリクスと共にアデルに配属となった。
それから1ヶ月。
私は司令室で、フェリクスと2人報告書をまとめていた。
「最近、敵の攻撃が少なくなりましたね。他の地域でも同様なんでしょうか?」
ここのところ、敵の襲撃がめっきり減り、街の復興も少しずつ進んできていた。街中の被害がそう大きくなかったのも、幸いだった。
フェリクスは窓の外を見ながら、私の問いに答えてくれる。
「戦争が始まって、もう2年になる。敵国ザーイークは、独裁国家で危険思想を持ち他国への侵略行為に出たが、ここのところ急激に経済状態が悪化して、かなり深刻な状況だ。通貨安も止まらないし、国民は貧困に悩まされている。そろそろ限界だろう」
そうだったのか。経済的困窮で戦争を継続出来なくなってきたのなら、ベルグレアにとって吉報だ。
「こちらの経済政策担当者は、優秀ですね。上手く仕掛けましたか。そうですね。ではそろそろ終わらせ方を探っているところかもしれませんね。早々に、このアデルを取り戻せていて良かったです」
私はほっとしてフェリクスにそう言った。すると、フェリクスがこちらに視線を戻し、机の上に肘を着いて両手を組むと、その上に顎を乗せ、私をじっと見て口を開いた。
「そうだね。君の知る未来とは、ずいぶんと変わってしまったのかな?」
「え?……」
一瞬息がつまり、動揺した。私は以前、歴史には興味がなくこの時代のことは覚えていない、と彼に伝えていた。
本当は脳内に埋め込まれているチップに、歴史や言語、使用している武器や装備、航空機や船舶などの設計や技術、自身のメンテナンスや医療知識など、軍事活動に必要だと思われる知識は、全て詰め込まれているが、それを告げることはしなかった。
でも、彼は、私がちゃんと歴史を知っていることに、なんとなく気がついていたのかもしれない。
もう、時効かな?そう思って、私は、言った。
「私が知る歴史では……
約4ヶ月前、ザーイーク軍は北部国境付近で、ベルグレアの将校を拉致し、当時開発が進んでいた自白剤を使用し、機密情報を入手。その情報をもとに、砦は落ち、ザーイークはベルグレア北部の州都シュイッツまで進軍、陥落させます。ベルグレアは、同盟国と協力して経済制裁を準備していましたが、ザーイークに直接的に打撃を与えるには時間が足りなかった。シュイッツを占領された為、ベルグレアは停戦交渉に応じざるを得なくなりました。一時的に停戦状態となりましたが、受けた経済的打撃の影響は大きく、その後も、両国間では度々紛争が繰り返され、約10年後、ベルグレアという国家は地図上から消えました。それが、私の知る、私がいた世界でのこの国の歴史です」
フェリクスは、「そうか」と短く呟くと、目を閉じた。
そして、長い沈黙のあと、私を見て言った。
「……拉致された将校はその後……」
収容された牢のなかで、自害した、とは流石に言えなかった。私はゆっくりと首を横に振る。
「わかりません。私はそこまでの情報を持ってはいませんでした」
あの時、あの場所で、私は意図せず彼とこの国の運命を変えてしまった。
フェリクス・フォン・ヴァルモーデン。本来ならザーイーク軍に拉致され、拷問の上、自白剤を使われて、機密情報を奪われてしまう。
彼はそのことに自責の念を抱き、獄中で自ら命を絶ったのだ。
ヴァルモーデン侯爵家は、この件を書物に残し子孫に伝えていた。私がいた未来でヴァルモーデンの子孫であったジルベルトは、亡国の侯爵家の歴史だよ、と私に教えてくれた。
フェリクスの金髪とエメラルドの瞳は、ジルベルトと同じ色。だから、悲しいけれど、後悔はしていない。
「そう。君は、早々に未来は改変されたと言った。もといた世界に帰れないとも」
彼と出会ってその名を聞いた時、私は、もう戻れないと知ったのだ。
「そうですね……確信はありませんでしたが、なんとなく貴方に出会ったときに、ここでの存在が固定化された気がしたんです。感覚的なものですが」
だから、もういい。私はここに1人残されてしまったけれど、フェリクスを救うことが出来たから、きっとジルも帰れないことを許してくれるはず。
きっともう、未来での私の存在は無かったことになっているだろうけど。
「では、君は私のために、ここに来てくれたんだね」
「?」
フェリクスの言葉に思わず顔を上げる。フェリクスのため?
「君はここに迷い込んだ訳じゃない。私の運命を変えるために、神が君をここに連れてきてくれたんだろう」
何も答えられない私に、フェリクスは、そう続けた。
私は、目を伏せて考える。
「どうでしょう……そもそもフェリクスは神なんて信じていないでしょう?」
「ふふっ……そうでもないよ? 君と出会わせてくれて、私や皆やこの国を救ってくれた。これで神に感謝しなければ、きっと君を奪われてしまうだろうからね」
そう言って彼は立ち上がり、私が座る机の脇に来ると、私の両手を持ってそのまま掬い上げた。そして、ゆっくりと屈んで、指先にそっと唇で触れた。
「だから、神と君には、最大の感謝と敬意を。これからも私の側にいてくれると嬉しい」
そうして、本当に嬉しそうに幸せそうに笑うから、私にもつられたように笑顔が浮かぶ。
「そう。私がここに来た意味はあったのね……」
フェリクスが、彼の運命を変えたことに感謝をくれて、側にいることを願ってくれるというのなら、きっと意味はあったのだ。今は、そう自然に思うことが出来たのだった。
やがて、この戦争が終わりを迎え、ベルグレアの勝利となって、亡国となったのはザーイークだった。
アデルの街に駐留していたフェリクスの大隊も王都に凱旋となり、私も一緒に王都に行くことになった。
そして、何故か王都でもフェリクスの副官を続けることになっていて、彼の屋敷に私の住む部屋まで用意されていた。
流されるまま、侯爵家に連れて行かれたり、社交界に出ることになったり、と慌ただしく日々が過ぎていく。
そして終戦後1年が過ぎた頃、私はフェリクスの婚約者になっていた。
一旦完結。
もし二人のお話が浮かんだら、また続きを書くことがあるかも?