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エヴァン・フォン・シャペルのつぶやき

最終回です。


ずっとデュークについて書きたかったので、今回満足しました。


また何か思いついたら、そのうちしれっと更新するかも?とりあえず、完結表示とします。

「リーシャ。夕飯美味かった。料理上手なんだなあ。ベルグレアに無事に帰れたらさ、またご馳走してよ」


「ありがとうございます、エヴァン。ええぜひ、家に遊びに来て下さい」


「約束な? デュークも一緒に行こう。じゃあ、幸運を」


「お前もな、エヴァン。またな」


 あのときの約束は、果たされないのかも?と思っていた。願掛けだったんだ。ベルグレアで皆が無事に再会出来るようにって。


 俺が潜入していた秘密警察は、相当ヤバいところだった。

 まず、入隊条件が面倒だ。


 22歳〜35歳の男性

 ゼルビア国民であること

 二人以上の推薦者

 5年以上同一箇所に居住していることを地元警察に証明してもらう

 で、入隊したら、ゲーエンの党に入党し、その思想を支持すること


 作戦開始前に、リーシャから大事なことだから……と言われたのは、


「エヴァン、貴方がこの入隊条件に当てはまる経歴を偽称することは不可能です。ですから、入隊するには実在の人物と入れ替わるしかありません。フェリクスが情報機関に掛け合って、警察内に知り合いがいなそうな、入れ替わり可能な人物を探しています。

 準備が出来次第、入隊を希望して下さい。資料に目を通して、ボロが出ないよう、細心の注意を。

 無事に入隊出来たら、目立たず平凡に。貴方の身分で得られる情報だけで構いません。それでも充分に役に立ちますから。無理はしないで下さい。

 連絡はこちらからします。郵便は検閲されるので、当たり障りのない葉書で出します。あと、休日は可能な限り外出して、街の様子を探り、脱出することも想定して、経路を確認しておいて下さい。

 それと、思想教育に気をつけて。隊員を洗脳させることに関して、相手はプロです。洗脳を警戒して、でも周囲に合わせて洗脳されているフリをして下さい。

 きっと嫌なこともたくさんあります。でも、まずはここに生きて帰ることを考えて下さい」


 聞いているだけでヤバいと思った。

 入れ替わりってことは、最悪ソイツを知っているヤツに会うかもしれないってことだ。少佐は可能な限り、地方出身で知り合いがあまりいない人物を手配するとは言っていたけれど、資料に目を通せば通すほど、組織自体がヤバすぎて怖くなる。

 リーシャとデュークは既に夫婦としてゼルビア入りして、動いている。デュークは正規軍に入隊したらしい。入隊基準がザルな分、重要な情報は取れないだろうと言っていた。だが、あの二人はどちらかというと工作の実行部隊だ。

 諜報は、俺が担当することになる。


 およそ2週間後、準備が整ったからと、俺は秘密警察への入隊面接へと赴いた。


 入隊が許可された後、リーシャの言っていた通り思想教育が始まった。

 党の思想やゲーエンを崇拝し、命令に絶対服従、リーシャの言っていた通り、洗脳だった。それとわかっていて客観的に見ることが出来ない者、つまり秘密警察の隊員達は、すっかり洗脳され、ゲーエンの為に何でもやってのける駒になっていた。


 確かに軍組織は、そういう統制が取れているのは大事なことだけど、ゲーエンの思想は過激で差別主義、ゼルビア人以外は人間ではない位な感じで、こういうところが他国への侵略政策を擁護する原因にもなっていくのだろう。


 俺は秘密警察の隊員として、ゲーエンの警備や、言論統制の取り締まりなどをしながら、リーシャの言う通りの生活を送っていた。時折、リーシャから家族を装い、無事を知らせ近況を尋ねる葉書が届いたが、半年ほど経ったある日のそれは、いつもと違う内容だった。


『先日は、街で妻が具合が悪くなったところを助けていただき、ありがとうございました。お名前だけで連絡先がわからなかったので、店長から聞いてこちらに送らせてもらいました。ささやかですが、ぜひお礼をしたいので、✕✕でお会いできないでしょうか?』


 正規軍に入隊していたデュークが名乗っている偽名で、住所は軍の官舎だった。

 秘密警察は、市中で言論統制の取り締まりをしている関係上、飲食店等の店主とは顔見知りになる機会が多い。検閲をすんなり抜けてきたところをみると、不自然な内容ではなかったのだろう。ハニトラは警戒するよう言われているが、正規軍の夫婦からなら、組織も警戒しない。


 俺は早速次の休日に、デューク達の住む官舎に向かった。

 そして、作戦の実行命令を知らされたのだった。


 それはどう考えても、厳しい内容だった。暗殺自体は、リーシャとデュークの狙撃の腕があればなんとかなると思う。でも、この国の首都であるこの場所から、あの秘密警察や治安部隊を振り切って、出国することが果して可能なのだろうか?

 ここは、戦場じゃない。平時の市街地だ。だけど、情勢のせいで厳戒態勢に近い状態の警備体制でもある。

 狙撃だって、無音で隠密に出来るものじゃない。市街地だし、距離があればだいぶマシにはなるけれど、秘密警察や治安部隊の巡回は、演説日は特に多い。

 逃亡者にとっては、条件が悪かった。


 だけど、久しぶりに出会った二人は、あまりに普段と変わらなくて。

 いや、本当にここで仲良く想いあって暮らしている夫婦のようで、一瞬、まさかこのまま二人で殉職するつもりじゃないだろうな? なんて頭に過ぎったのも確かだった。

 だから、思わずあんな約束が口をついて出た。



 演説の日、始まって5分後位のことだった。

 突然、ゲーエンの声が不自然に止まり、振り返ったときには、彼が横向きに倒れるところだった。

 左側頭部耳の上から、右下に向けて撃ち抜かれたのだろう。右耳の下に射出口が見られた。即死だ。

 一瞬静まりかえった会場が、悲鳴と怒号に包まれる。

 俺は思わず西側を見上げる。3kmほど離れたところに一際高い建物が見えた。

 あそこからか、いい腕だ。


「おい!何、ぼっとしている!!」


 ゲーエンの周囲に親衛隊が集まり、布を掛けて何やら叫んでいる。

 俺は先輩に怒鳴られ、愚鈍を装って、頭を下げる。既に銃弾が飛んできた方向に走り出している隊員。パニックになる市民。


「すみません、あの……」


「狙撃だ!探せ!検問も敷く。緊急手配だ!アーベル、お前は西側に向かって、怪しいヤツを片っ端から探すんだ!」


「は!」


 ここでの俺の名だった。

 敬礼して走り出す。

 緊急体制も検問も敷かれる。首都を西に向かって走る。途中サイレンが流れ、市全体に緊急厳戒態勢が敷かれた。

 リーシャ、デューク、頼む、無事でいてくれ。

 俺は秘密警察の制服のまま、搜索命令を受けたと市内の検問をいくつか抜け、郊外の情報機関の隠れ家に辿り着き、変装すると、そのまま国外に向けて脱出を図ったのだった。




 俺達が帰国して、1週間程経った休日の昼間。

 しばらく休暇を取っているというヴァルモーデン夫妻の家に、デュークも一緒にと食事に招待された。

 フェリクス少佐が購入した元・子爵邸だという、貴族の屋敷にしてはこじんまりしたヴァルモーデン邸に着いて、使用人に日当たりの良い食堂へと案内された俺達を待っていたのは、フェリクス少佐と何故かキース大尉だった。

 なんとなく、何時ぞやの呼び出しが頭の片隅に浮かんだが、この夫婦が拗らせているなんてことは、もうないだろう。

 少佐の表情は穏やかだった。


 大きなテーブルを囲む椅子を薦められ、挨拶をした俺達は腰を下ろす。早速メイドが茶の準備をしてくれた。


「いやあ。皆無事に帰ってこれて、よかったよ」


 キース大尉が椅子の背にだらしなく凭れ掛かり、足を組んで朗らかに言った。このおっさん、他人の家でくだけすぎ。

 まあでも、少佐が何も言わないところをみると、無礼講なんだろう。

 俺もやや気を抜いて、それに答えた。


「ホント、敵地ど真ん中から、あの秘密警察と治安部隊の追撃を振り切って、結局正体不明のまま逃げ切って来るって、リーシャとデュークの異常さを再認識しましたよ」


「正体不明でいられたのは、国境でヴァルモーデン少佐が追手を全滅させてくれたからだな。俺達だけだったら、目撃情報がどうしても残っていた」


 デュークが肩を竦めて言った。コイツもあんまり緊張していない。


「というか、逃走経路の打ち合わせ無しで、あの場所で待ち伏せしていた少佐が怖い」


「待ち伏せとは、失礼だな。迎えに行ったんだ。全て妻への愛故だよ、エヴァン?」


 気を抜きすぎて、つい本音を言ったら、フェリクス少佐に横目で睨まれた。

 そこでキース大尉が、口を挟む。


「いや、フェリクス、お前リーシャに関してだけは相当おかしいからな?」


 それには、激しく同意する。 

 指を突きつけられたフェリクス少佐が苦笑していると、厨房の方から涼やかな声がして、食堂にリーシャが入ってきた。


「あの、お待たせしました。人数がいるので、大皿料理にしてみましたけど、並べてもいいですか?」


 わあ……落ち着いた深緑のデイドレスを着て、にこやかに現れたリーシャは、本当に綺麗だ。正に若奥様という感じで、これがあの特殊部隊で最強の隊長なんて、どんな冗談かと思う。


「へえ、リーシャ。お前料理出来たんだなあ」


 皆が彼女に見惚れて一拍空いたけど、キース大尉が何やら失礼なことを曰わった。多分、照れ隠しだ、あれ。


「半年間飯食わせて貰ったけど、どれも美味かったぜ?」


 デュークがそんなキース大尉に、ポロッと言った。ワザと??


「デューク。それ、禁句……」


 思わずフェリクス少佐を見ながら、デュークを止めたけど、しっかり聞かれていたらしい。少佐の片頬が引き攣った。


「どれも美味しそうだ。いただこうか? リーシャも座って」


 浮かべたキラキラしい笑顔が逆に怖い。少佐は立ち上がってリーシャをエスコートすると、椅子を引いて自分の隣に座らせた。


 使用人達が彼女の作った料理をテーブルに並べていく。それぞれ目の前に、取り皿とグラスも置かれた。


「フェリクス、何か飲みます? エールが合うと思うんですけど」


「うん。じゃあそれで」


 フェリクス少佐の醸し出す空気感が非常に甘い。リーシャも、なんだかこんな女らしかったか?

 腹は減っているのに、若干胸焼けがしそうだった。

 グラスに冷たいエールが注がれる。


「じゃあ、作戦成功と無事に再会出来たことを祝って、乾杯」


 一番部外者のキース大尉が、何故か乾杯の音頭を取った。もう、何も突っ込むまい。これは無礼講の食事会だ。


 テーブルには、食べ切れない程の料理が並んでいる。リーシャが朝早くから頑張ってくれたらしい。


「わ!これ、前に出してもらったやつだ。鶏肉にスパイスの効いた衣つけて揚げたやつ。美味いよね」


「エヴァンが好きそうだったので」


 リーシャが笑いながら、鳥の唐揚げというのだと教えてくれた。


「これは……」


「ふふっ……軍官舎の奥様方に教えていただいたゼルビアの郷土料理です。デューク、好きでしたよね」


「ああ、ありがとう」


 ソーセージやロールキャベツを野菜と一緒に煮込んだ料理だった。ゼルビアの伝統料理らしい。そういえばデュークの母親はゼルビア出身だと言っていたっけ。

 リーシャはそれと言わなくても、こうやって人の好みを探して、当たり前のように差し出してくれる。


「リーシャってさ、人のことよく見てるよね。で、気がつくとどんな集団だろうとすんなり溶け込んでる」


「エヴァン、貴方も今回あの組織にすんなり馴染んでいたじゃないですか。貴方なら、潜入も熟せると思っていましたよ?

 貴方も、その観察力は素晴らしいです。こういう諜報の仕事は合っていると思いますよ。本当によくやってくれました。ありがとう」


 その言葉も、俺が欲しかった言葉で……全く叶わないよなあ、と思うのだ。


 因みに、フェリクス少佐もキース大尉も、ばっちり食の好みを見抜かれていて、ジャガイモを揚げたやつとか、キノコのリゾットとか、温野菜とディップソースの組み合わせとか、スパイシーな魚介の炒め物とか、すごい勢いで食べていた。


 そういえば、ヴァルモーデン家では普段料理人が食事を用意してくれるらしく、フェリクス少佐がリーシャの手料理を食べたのは、今日が初めてだったらしい。

 デュークを時々恨みがましい目で見ていたのは、気の所為じゃないだろう、たぶん。




「デューク、楽しかったな、今日」


「そうだな」


 夕刻、俺達はヴァルモーデン邸を辞して、なんだか飲み足りない、と酒場にやってきていた。腹はいっぱいなんだけど、少し飲みたくなったのだ。


「任務中さ、リーシャとデュークが本当の夫婦に見えたんだ」


 まだ早い時間だけど、バーボンとブランデーをそれぞれもらって、チビリと口をつけながら、俺は言った。

 半年ぶりにゼルビアで再会したあの日、官舎の食卓を囲みながら、デュークとリーシャはまるでささやかに暮らす平凡な夫婦のようだった。


「そうか……他人の目がないところでのあいつは、ただの同僚だったよ。で、気がつくとベルグレアの空を眺めてるんだ」


 デュークはあの日々を懐かしむように、でも寂し気にそう答えた。

 ただの同僚で、ベルグレアにいる夫を一途に想いつづける女……だったと。


「そっか……」


「欠片たりとも……俺のところには堕ちてはこなかった」


 切なげにポツリと零されたデュークの本音。


「リーシャらしいな」


 リーシャは、揺らがずにフェリクス少佐だけを想っている。そういうところ、リーシャは絶対間違わない。芯の通ったいい女だと思う。


「ああ、俺はそのことに安堵しながら、側にいればいるほど、あいつに嵌っていくんだ」


「お前さ、バカ?」


 デュークもいい男だ。だけど、大馬鹿だ。なんで敢えて辛い恋を選ぶんだろう?その気になれば、いくらでも他にいい女を捕まえられるのに。


「そうだな……今回、狙撃の後の逃亡中、ずっと死や捕縛と紙一重のところを抜けてきた。

 以前、戦場に立っていたとき似たような状況もあったんだが、もう散々だったし、二度と思い出したくもないぐらいクソみたいな記憶しかないのに、今回は違うんだ」


「?」


 突然変わった話題について行けず首を傾げる。何が言いたい?


「リーシャとバディ組んでると、どんなキツい状況でも楽しめるんだ。余裕が持てるっていうか、なんとかなるっていう気になる。あいつ、あんなおとなしそうなナリして、本質は獰猛な獣みたいなヤツだ。窮地になればなるほど、生き残る為に研ぎ澄まされていく」


「ああ、なんかわかる気がする」


戦時中、単独で俺達の部隊を助けに来てくれたときのリーシャを思い出した。


「本能でさ、そういうところに惹かれるんだと思う。まるで、綺麗な神聖な気さえ漂わせる獣だった。そのリーシャに背中を預けて貰える。光栄だった」


「物語風に言わせてもらえば、デュークは戦女神を護る騎士だね」


「それでいいんだ、俺は」


「……ん?」


「俺が、リーシャの側にいる理由。

 あいつの伴侶とかあいつを従える者とかじゃなくて、守る者でいいんだよ。リーシャの側に在ることが、俺の幸せなんだ」


 そう言いながらもデュークは、切なそうな瞳を隠しきれていない。

 ホント、バカなやつ。絶対自分に堕ちてこない女に心底惚れぬいて、離れられないなんて。そんな苦しい恋を選んで、それが幸せだと思ってる。


「まあ、でも、確かに少佐は伴侶であり、リーシャを従える者って感じ。騎士の役割は、デュークにしか出来ないね。しかも、最強の騎士」


「ああ。だが、少佐がうっかりあいつの手を離すような事があれば、その時は遠慮なく掻っ攫っていくけど」


 ニヤリと獰猛に口角を上げたデュークが、目茶苦茶色っぽい。


「うわあ、油断も隙もないなあ」


 残念ながら。きっとそんな日は来ないけど。

 少佐のリーシャに対する、愛情の深さと執着が消えることは決してない。

 そして、そんなことはデュークが一番よく知っている。


 ま、結局は他人事だ。

 俺は、毎日が可能な限り平和に過ぎればそれでいい。

 長い潜入作戦が無事に終わって、皆が顔を揃えて帰ってこれたことで、こうして美味い酒が飲めるのだから。


最後はエヴァンくんの回。

キース大尉は、リーシャの留守中、フェリクス少佐の精神的フォローにかなり貢献しました。

ある意味影の功労者です。

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