表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/18

フェリクス・フォン・ヴァルモーデンは妻を迎えに行く

 その日、深夜にさしかかった頃、情報機関から持たされた一報は、『ゼルビア国極右政党党首ドミニク・ゲーエン暗殺成功』だった。夕方、仕事帰りの市民に向けての演説中を狙ったらしい。


「やっとか……」


 リーシャと共に過ごした最後の朝から、約半年が経っていた。

 彼女と出会ってから、こんなに長いこと離れて過ごしたことはない。戦時中も、戦後も、どんなに長くても数週間をあけるくらいで、彼女はいつも側にいた。

 だからこの半年、連絡も思うように取れず、無事であるかどうかすら、すぐに知ることが出来ないもどかしさに、どれだけ不安な夜を過ごしたか。生存を示す彼女からの定期連絡の郵便が届くたび、私がどれだけ安堵したか、きっとリーシャは知らないだろう。


 リーシャと隊員が出発してから、ゼルビアの動向には細心の注意を払ってきた。

 秘密警察に入隊したエヴァンと、正規軍に入隊したデュークからの情報で、軍部の動き、ゲーエンの影響力、厳しい言論統制や取り締まり、そして、彼の思想。

 リーシャが改変前の歴史だけどと断って、話してくれたその内容と、大きく違わず動いていくゼルビア。

 我が国の中央の下した決定は、ゲーエンの暗殺を特殊部隊に実行させるという命令だった。


 予め決めていた文言で、リーシャに送った命令。

 おそらく彼女の手元に届いてから10日も経たずにもたらされたこの報告に、私はやっとリーシャと隊員達をこの国に帰してやれると、胸を撫で下ろした。


 だが、まだだ。

 暗殺には成功したが、無事に帰還できるとは限らない。実行犯であるリーシャが、執拗に追われることは明らかだ。

 敵の追撃を振り切って、我が国の謀略であることを悟らせず、無事に帰国できるのか?

 エヴァンを始め、デュークとリーシャが非常に危険な状況にあることは、容易に想像出来た。


 頼む……必ず生きて、帰ってきてくれ


 ただ、待っているだけなのは、もう嫌だった。

 この半年、国の利になるよう精一杯動いてきた。この作戦が、二度とベルグレアを戦場にしないための一助になるならと。

 ゼルビアの動向を予測し、潜入した隊員達の安全を確保し、作戦が遂行出来るよう、情報機関と連携を取り、私の立場で可能な限りのサポートをゼルビアに向けて行ってきた。


 だが、ゲーエンの暗殺作戦が成功した今、今度はリーシャの為に私は動く。


 リーシャを迎えに行こう。


 私は、軍用の詳細なゼルビア周辺の地図を目の前に広げる。

 狙撃の状況、敵の動き、追撃の情報、交通、気候、地理、そして、これまでのリーシャやデューク達の行動分析、訓練内容、そして、二人の能力。

 全ての情報を統合して、リーシャの動きを予測する。

 伊達に優秀と言われてきたわけではない。私は今、自身の能力を、彼女を救うために使うことが出来ることを誇りに思う。


 翌日早朝に出勤した私は、その足でジェイラード中佐の執務室に向かう。あの中佐なら、昨日の報告で副官とともに既に出勤しているはずだった。

 扉を叩くと、案の定入室の許可が下りる。私は、中佐の顔を見るなり、挨拶もそこそこに口を開いた。


「おはようございます、中佐。これから、リーシャを迎えに行ってきます」


「……は?ちょっと待て」


 顔を上げたジェイラード中佐が、ポカンと一瞬口を開いて固まり、やがて慌てて立ち上がった。

 私はそれを無視して畳み掛ける。大事なのは勢いだ。


「昨日の夕刻、彼女はゲーエンの暗殺に成功し、現在、敵から逃亡中で、非常に危険な状況です。作戦功労者である彼女を助けに行ってきます。すぐに出立しますので。

 あと、キースと特殊部隊の隊員も連れていきます。命令は、口頭で受けたということで、処理しておいて下さい。では」


「おい!」


 私は要件だけ告げると踵を返した。中佐の呼び止める声は聞かなかったことにして、早足で歩き出す。


「無理ですよ、中佐。フェリクス少佐は、ああなったら止まりませんよ。そもそも溺愛する妻に半年も会えていないんです。しかも、アシュバル軍曹と仲睦まじい夫婦役を少佐の結婚期間よりも長いこと演じてる。きっと相当きてますよ、あの人。ま、諦めて、さっさと中佐からの命令ってことで処理しましょ」


 ジェイラード中佐へそう進言するラファエル中尉の台詞を背中越しに聞きながら、私は中佐の執務室を後にした。聞きたくない事実をさり気なく話すラファエル中尉に、少々怒りを覚えたが、文句を言っている時間はなかった。


 途中キースに声をかけ、特殊部隊へと二人で向かう。


 エヴァンは、その立ち位置的に秘密警察から単独逃亡だ。実行犯との繋がりは勘付かれていないようだし、タイミングさえ見誤らなければ、比較的逃亡は容易いだろう。おそらく変装の上、偽造旅券を使って別人に成りすましての出国だ。隣国ネルデール経由となるからそちらにキースとベイカーを迎えをやる。


 リーシャとデュークは、二人で狙撃を成功させ、実行犯として追われながらの逃亡脱出だ。狙撃銃を現場に残すわけにはいかない彼らは、その他にもそれなりの装備を持っての移動になる。動きやすさを考え、日中は潜伏し、夜間に移動するだろう。公共交通機関は利用せず、車と徒歩で検問を突破しながらの脱出になる。

 目指しているのはおそらくファーメル側の国境。山越えを目指しているはずだ。国境付近での敵との戦闘も考え、国籍不明を装う準備を整え、残りの隊員を連れ秘密裏にファーメルに入国する手筈を整えなければ。


 そうして慌ただしく準備を整え、隊員とともにファーメルに入国した私は、部隊を率いてリーシャが向かっているであろう、ゼルビアとの国境を隔てる山を通る、車は通過できないとある山道へと向かう。


「あの、少佐」


 リーシャの助言付きで開発された夜間狙撃用暗視スコープを装着し、山道を挟むように茂る木々の間に隊員を配置させた私に、今回私とバディを組んだジークが遠慮がちに声を掛けた。


「なんだい?」


「隊長とデュークは、本当にこのルートで来るんでしょうか?」


「ああ、間違いなく。おそらく今晩か明日の晩にはね」


 今は、暗殺成功の翌日の夜。約28時間が経過した頃だ。

 私は部隊を連れて、軍用機でファーメルまで飛び、その後車と徒歩で山を越えてここまで来た。

 リーシャ達は、首都を抜けてからここまで約600kmの移動だ。この場所に到着するのは、早くても日を跨いだ深夜から未明にかけて、遅ければ明日の晩。

 そこまでは待つつもりだった。

 来なければ、最悪を考えて動かなければならない。


 リーシャは必ず来る。

 私は確信していた。


 それは、深夜を過ぎ3時近くのことだった。山道のふもと側から響いた銃声と人の声。

 私は、音を立てないように移動して、見晴らしの良い山道へと歩を進める。

 今日は満月に近いが曇り空。暗視スコープが無ければ視界はほぼゼロだ。狙撃用ライフル銃を持たない私は、望遠鏡のようにスコープを持って、覗いてみる。緑一色の視界だが、意外とはっきり認識出来た。


「……ほら、来たよ。ずいぶんと、引き連れてきたようだ。ああ、ジーク、赤外線ライト振って」


 ジークが命令通りに、暗視スコープ装着時の合図用赤外線ライトを振る。

 可視化出来るように赤い色をつけた弱く細い光を合図に、それぞれ潜伏した場所から、リーシャ達を追う敵兵に向けて、狙撃手達が発砲する。15人程いた敵が、あっという間に二人ほどになった。

 発砲音とライトに気が付いたリーシャがこちらを見て、スコープ越しに視線が合った気がした。驚きの表情で状況を確認した彼女が、その背を振り返り、デュークに何事か声を掛ける。

 リーシャとデュークが二人の近くにいた残っていた敵を倒すと、やがて無傷らしい二人が山道を駆け上がり、私達の前に立った。


 久しぶりに再会した愛するリーシャからの第一声は、


「こんな場所で、あんなに目立つようにライトなんか振って、危ないじゃないですか!」


 というお叱りの言葉だった。


「大丈夫。暗視スコープが無ければ、こんな弱い光なんて、さして目立たないよ。スナイパーも7人も連れてきたからね、過剰戦力かと思ったけど、ほら、狙撃用に開発されたこの暗視スコープの性能試験と久しぶりの実戦を兼ねて」


 にっこりと笑って、私達がここにいる理由を言い訳とともに説明する。


「それより、俺は少佐自らここまで来たのが驚きですよ」


 デュークが呆れた様子で続けたが、


「愛する妻が任務を終えて帰ってくるからね。迎えに来たんだよ?」


 私は「愛する妻」を強調して言い返した。

 一瞬、周囲に沈黙が落ちる。

 が、集まってきた隊員が、気を取り直したように二人に声をかけ始めた。


「お久しぶりです、隊長。まさかヴァルモーデン少佐がいきなり出動命令出すとは思いませんでしたけど、二人共無事でよかったです」


「本当に良かったよ、デュークも。任務成功おめでとう。お疲れさん」


「すごいよな!新聞見て驚いたよ」


 隊員達は口々に二人を労ったが、


「ああ、だがよくこのルートを使うってわかったな?」


 デュークが首を傾げて、そう尋ねた。

 私は、彼に言い聞かせるように答える。


「君たちの能力や、ゼルビアの情報とか、まあいろいろ合わせて考えたけど、結局はリーシャならこうするかな?と。彼女を一番理解しているのは私だからね」


「少佐、変なところでマウント取ってる」


 誰かがボソリと呟いたが、気にしない。私はリーシャの夫で、彼女を最も愛し理解しているのは私で、夫のフリをしていた君ではないと言ってやったのだ。


「それにしてもすごいよな。よくもまあ、敵の真っ只中から、無傷でここまで逃げてこれたよ」


「ああ、敵も相当しつこかっただろ?」


「でも、まさかこのルートを選ぶとはねえ」


 だが、他の隊員は私の言葉など聞こえなかったように話を続けていた。

 まあ、いい。こうして無事に二人と合流出来た。

 エヴァンが既にキースと合流し、無事に国に向かったのは聞いていた。

 リーシャとデュークも、無傷でここまでやってきた。


「フェリクス、ただいま戻りました。迎えに来てくれて、ありがとうございます」


 私の隣にやってきたリーシャが、私の手に指を伸ばしそっと触れた。その手を取ってしっかりと握る。


「うん。待っていた。君の無事を毎日願って。君を想わない日はなかったよ。さあ、ベルグレアに帰ろう」


 繋いだ手が温かくて、リーシャが確かに生きて帰ってきたことに、私は心から安堵したのだった。




 ベルグレアの軍本部に戻った私達は、そのまま報告や書類提出など、仮眠を取りながらも結構な業務に追われて、解放されたのは帰国後3日目だった。

 半年以上かかって、やっと二人で、夫婦の寝室へと帰ってこれた。


「やっと二人きりになれた」


 感無量……と、リーシャを抱きしめる。懐かしい彼女の香りがして、変わらない華奢な身体が腕の中にすっぽりと収まって、それだけでもう、泣きそうだった。


「そうですね。さすがに少し疲れました。でも、フェリクス、貴方少し痩せました?」


 リーシャの右手が、私の頬をそっと撫でる。


「ちゃんと食べて、鍛錬も欠かさなかったんだけどね。新婚なのに、半年も愛する妻と引き離されて、ストレスが溜まっていたんだ。会いたかった」


「私もですよ。貴方に会いたかったです」


 リーシャの言葉を嬉しく思いつつも、少々不快な記憶も思い出し、つい意地悪く言ってしまう。


「本当に? アシュバル軍曹と仲良さそうな写真を見たよ」


「夫婦役でしたからね。他人の目があるところだけですよ。彼はちゃんと私の騎士でした。大丈夫ですよ。フェリクス、愛しています」


 サラッと流された。本当にリーシャはそういう意味で、デュークのことはなんとも思っていないらしい。

 信じていないわけじゃなかったけれど、半年以上も二人で夫婦役をしていたんだ。全く不安にならないなんてことは、無理だった。

 でも、こうやってリーシャは、言葉を惜しまず私に愛を伝えてくれる。


「私も愛してる。この寝台は独り寝には寂しすぎた。ねえ、君がちゃんとここに戻ってきたことを、私が納得するまで確かめさせて?」


 彼女の背に回した手をゆっくりと下ろして、腰を引き寄せてぐっと抱き寄せる。多分、私の欲望も伝わった筈。


「私も、貴方が隣にいることを感じさせて下さい。寂しかったです。しばらく貴方と離れたくないです」


 両腕を持ち上げて私の首の後ろに腕を回したリーシャが、ギュッと私に抱き着いた。吐息を感じる距離で、潤んだ菫色が蕩けるように笑って私を誘う。


「うん、離さないよ。1週間ほど休みをもぎ取ってきたからね。しばらく、寝室から出られないと覚悟して?」


 そう宣言して彼女を寝台に押し倒し、私は彼女の返事を聞く前に、その唇をそっと塞いだ。



ラファエルくんは昇進して、少尉→中尉になりました。


フェリクスが若干残念な感じになってますが、リーシャが絡んでいなければ、普通に出来る男です。しかも、かなり優秀。

国に残って、リーシャ達を外からフォローしていただけじゃなくて、情報機関と一緒に世界情勢や地域情勢の分析、リーシャが持ち込んだ先進機器の開発にも係わり、特殊部隊の教育や訓練の指示もしています。

リーシャが関わると、その能力を彼女の為に全振りしちゃうので、残念なことに笑

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ