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リーシャ・フォン・ヴァルモーデンの新婚生活に差した影

番外編始めます。

4話編成、番外編完結まで毎朝7時に予約投稿済。


始まりは設定・背景の説明多しですが、ガッツリ恋愛モノです。

今回は新婚夫婦とデュークがメイン。タイトルだけ見ると昼ドラみたいですが、ちょっとスパイ物的な?


お楽しみいただければ嬉しいです。

 今日も出勤前に新聞に目を通していたフェリクスが、眉間にシワを寄せてため息をつき、テーブルに新聞を投げ置いた。


「嫌な流れだな……」


 朝食後のお茶を飲みながら、私はそれを一瞥する。


「カイネス国の債券市場で株価が大暴落、ですか」


 時期が多少ズレているものの、私の知る歴史とそう変わることなく、ブラックサタデーは起こったらしい。好景気に湧いていたカイネス国市場の突然の株価急落。

 この影響はおそらく海を隔てた我が国にも大きな影響を及ぼすことになる。世界恐慌の始まりだ。

 ザーイーク国との戦争に勝利し、我がベルグレア国に平和が訪れて、経済状況も安定していたが、この世界の大きな流れは、あまり変わらないらしい。これから、世界中が経済的な混乱に陥り、連鎖的に不況になる。


 もともと極端な軍国・国家主義を取り、一党独裁で、対外侵略を進める資源や植民地に乏しい国は、ザーイークだけではなくいくつかあった。世界的規模の不景気に、経済的な立て直しの効かないこれらの国々が、侵略戦争を始めることは、止められない未来だ。


 本来の歴史ならこの辺りの地域では、度重なる各国の紛争や戦争の影響で、慢性的な不況に加え世界恐慌が重なり、ゼルビアによる侵略戦争にザーイークが賛同加勢し、ベルグレアは占領され消失するはずだった。


 問題は、歴史の変わった……ベルグレアが先の戦争に勝利して、経済的打撃を受けなかったどころか、軍事技術や精密機器などの開発に大きな進歩が見え始めた現在、むしろ好景気で、王制の崩壊もおそらく回避出来たであろうこの改変。

 それが、改変後の今の時間軸以降のこの世界にどんな影響を与えていくのか、予測できず気になるところだ。


 どちらにしろ、数ヶ月前に結婚した私達が、のんびり新婚気分に浸ってられる余裕はなくなった。多かれ少なかれ、この国もゼルビアを発端とした戦争に巻き込まれていくことになる。


「これは、世界恐慌の始まりです。ファシズムが台頭してきていて、世界中で戦争が始まるのは、この歴史でも避けられないことなのかもしれません。どういう形になるかはわかりませんが、この国も巻き込まれていくのでしょう」


 そう予言した私を、フェリクスがじっと見つめる。


「出来ることならこの国が戦場になることは避けたいが……」


 深刻な表情で考え込むフェリクスの脳内では、きっと多くの情報を基に様々な考えが巡っていることだろう。おそらくその中から彼は、国ではなく私を守るための選択肢を選び取ろうとしている。でも、それは私達夫婦にとって、最適解ではない。


「これからは、情報戦が大きな意味を持ってきますね。諜報、謀略活動、必要であれば暗殺も。この国、私達の国を戦場にしないため、私を上手く使って下さい。貴方も知っている通り、私はかなり使えますよ? 私の能力を活かすことを躊躇しないでくださいね?」


 フェリクスが私を、私だけを守ろうとしても、私達は幸せになれない。

 フェリクスと共に、二人で幸せになろうと誓ったのだ。だから、間違えるな、と彼に伝える。

 一瞬、苦しげに顔を歪ませたフェリクスに、私は笑ってみせる。


「フェリクス、愛しています。だから、私を信じて、貴方の為に働かせて下さい」


 席を立ったフェリクスが、私の手を取り立ち上がらせて、ぎゅっと抱きしめた。


「リーシャ、ありがとう。私も君を何よりも愛しているよ」


 うん、知ってる。

 貴方がどれだけ私のことを愛しているかなんて、重い愛情と執着を一身に受けて、充分理解している。

 だから、同じだけ私のことも信じて、命じて欲しい。

 私はきっと貴方を満足させるだけの結果を、貴方の手元に届けるから。ちゃんと生きて、貴方のところに戻って来るから。それだけの力を、ちゃんと持っているから。


 だからこれから起こるであろう乱世を、二人で生きていきましょう。




 そうしてしばらく変わらぬ日々が続いたある日、陸軍特殊部隊での訓練終了後、集められた私達に告げられた任務は、他国での諜報・工作活動だった。

 先日のフェリクスとのやり取りから、ずいぶんと早い動きである。おそらく、中央でも周辺国の動向は注視していたのだろう。

 なかでももっとも不穏な動きを見せているゼルビアへ、私達は派遣されることになった。


「ゼルビア国で、極右が台頭し、兵力の増強を図り、傭兵も募集している。今後の動きを見ながら適宜諜報と工作活動を行っていくことになる」


 フェリクスが告げた内容に、隊員達が顔を見合わせる。


 結局現在の陸軍特殊部隊には、スナイパー養成校を卒業した全員が入隊を希望した。

 もともと射撃に自信のある兵士達だ。厳しい訓練をやり遂げ、その技量を生かし、報酬もかなり上がる特殊部隊は、彼らにとって誇りであり魅力的だったのだろう。

 戦時下にない今現在、すぐに実戦投入という訳にはいかなかったが、これまで警察に協力しての狙撃任務や、戦後ザーイークからのテロ活動の阻止など、いくつかの任務を熟してきた。

 しかし、他国での諜報活動となると、勝手が違ってくる。


 我が国ベルグレアには、専門の情報機関があることにはあるが、そこは諜報活動に特化している。謀略活動、特殊工作活動、暗殺などは軍の特殊部隊が担うことになるのだが、それに対する訓練はまだ充分とは言えなかった。

 もっともこの時代は、どの国も必要性に迫られて、諜報活動や工作活動を行う専門の機関を設立し始める時期だ。既に専門の情報機関があり、出来たばかりだが軍の特殊部隊がこの活動の一部を担うことになる我が国は、他国に一歩先んじているとも言えるが……

 私は口を開いた。


「特殊部隊として、戦時はともかく、平時の他国での諜報を兼ねた工作活動を行うには、現状では隊員の練度が低すぎます。ハインツとエヴァンとデュークなら、経験値でカバー出来るかもしれませんが。この三人がそもそも今回潜入するゼルビア語が出来なければ、問題外ですね。私一人で潜入工作した方がいい」


「俺、出来るぜ、ゼルビア語」


 黒髪に蒼い瞳で、逞しい体格を持つ美丈夫が手を挙げる。デュークだ。


「あ、俺もいけます」


 もう一人、栗色の髪にペリドットのような明るい緑色の瞳をした童顔の男、エヴァンも同じように手を挙げだ。


「デューク、ゼルビア語はどの位?」


「母親がゼルビア出身だ。家では、ベルグレア語ゼルビア語両方使っていた」


 フェリクスの問いにデュークは問題ないといった風に答える。


「エヴァンは?」


「うちの領地の一部がゼルビアに隣接しているので、幼い頃から使っていました」


 エヴァンの言葉にフェリクスが頷く。


「問題ないな?リーシャ行けるか?」


 これは、彼らの訓練も兼ねている。語学力に問題がないと言うなら、この二人ならおそらく、任務を遂行出来るだろう。


「了解しました。作戦準備をして、明日の夜にはゼルビアに向かいます。残りの隊員には、通常訓練のほかゼルビア語の講習を。1日も早く日常会話を不自由ない程度に鍛えておいて下さい。もしかしたら、追加投入の可能性もあるので。

 あと、周辺国の言語の習得も。得手不得手があると思いますが、それぞれ母国語含めて3カ国はノルマです」


「わかった。手配しておく。では作戦参加者以外は、解散」


 フェリクスの言葉でその場は解散となった。

 部隊の作戦内容は、当然最高機密になる。そういう意味では、この少人数部隊編成は悪くはない。もちろん隊員の事前調査も充分に行っているが、10人という人数は管理しやすくもあるし、隊員同士の関係も良い。ただ今後の部隊の活動を考えると、この人数では心許ないか? まあ、後は上層部が考えることだ。


 エヴァンとデュークと私はその場に残り、フェリクスと共に作戦の詳細を詰めることになった。


 現地の状況や地理を把握し、情報機関からのサポートも考慮して、まずは潜入ということになった。

 そこでベルグレア中央の指示を待つことになる。

 当面、ゼルビア国民として首都に住み、デュークは正規軍に、エヴァンは秘密警察といわれる治安維持部隊の一部の機関に、それぞれ入隊する為に動くことになり、私は連絡調整を行いながら彼らをサポートする。

 任務は長期になりそうだった。




 その日、いつもより遅い時間に帰宅した私達は、夫婦の寝室でどちらからともなく抱きしめ合った。

 お互いの体温を分け合って、ここが私達の居場所であることを確認する。

 フェリクスの胸に顔をうずめて、彼の鼓動を感じて、そしてフェリクスにも私の鼓動を伝えて、二人がちゃんと今生きていることを実感する。

 背中に回された彼の腕から私を逃すまいと込められた力に、彼の憂いを感じて切なくなる。

 それでも、私は行かなくてはいけないから……お願いフェリクス。私の愛情もちゃんと感じて? 私を信じて、待っていて?

 そう願って、背伸びして彼の唇に口づける。

 でもすぐに、フェリクスの噛みつくばかりの口づけに、飲み込まれた。


「リーシャ、たとえ今回作戦に失敗したとしても、私を置いて死ぬことだけは許さない。必ず、ここに帰ってこい」


 その夜、何度もフェリクスに抱かれて、溢れるほどの愛情とともに、絶対に死ぬなと繰り返される。いくつもの執着と所有の跡を、身体中に残された。

 それを全て受け入れて、私は答える。


「大丈夫ですよ。少し期間は長くなりそうですが、必ずここに戻ってくると約束します。愛しています、フェリクス」


 お互いに、言葉にしきれないたくさんの感情をぶつけ合って、眠りに落ちる。


 この任務が、どういう形で終わることになるのか? まだわからない。

 ゼルビアとベルグレアを巡る情勢が、どう変わっていくのか? 

 この国が再び戦場になることを回避できるのか?

 私達が幸せに生きていく為のこの場所を、奪われることのない未来に繋げていけるのか? 

 まだわからない。


 だけど、私は必ずここに戻ってくる。

 フェリクスの側で生きていくこと、それが私がこの時代にやってきた理由だから。

 私が彼を生かすために歴史を変えたのだから、最後まで彼と添い遂げると決めている。


 翌朝、目覚めた夫婦の寝台で、いつものように朝の挨拶を交わして、私達はそれぞれの仕事に向かった。


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