リーシャはフェリクスと一緒に幸せになる
最終話は少し長めです。
スナイパー養成校での全ての講習や実技、演習が終了し、後は、コース修了後に新設される、特殊部隊への入隊資格を決める最終試験を残すのみとなった。
10人全員がここまで残り、スナイパーとしての訓練はもちろん、スポッターの訓練も終了していた。
「2日後に行われる、最終試験について説明する」
私は生徒達の前に立ち、全員の顔をぐるりと眺める。
もともと実戦経験もあり、素晴らしい射撃の腕を持つ軍人達だ。訓練は過酷だったが、半年間で更に成長したと思う。
特に若者組の成長は、目を見張るものだった。
その成果を試験で測れるのは、楽しみでもある。
「二人一組で、3日以内に仮想敵である1個小隊を全滅もしくは撤退させる、というのが作戦の完全成功になる。
次点として、敵にある程度のダメージを与えて、期間内に無事に生還しても合格だ。
作戦の立案から実行までを総合的に評価する。加点減点のポイントは配布する資料を参考にしろ。敵に捕縛された場合は、救出逃亡は認める。両名死亡の場合は、その時点で試験終了だ」
私は、持っていた資料を配りながら続けた。
「組分けは、普段の成績と演習時の相性を見て、こちらで決めた。試験日程はくじ引きだ。市街戦になるか、森林地帯になるか、山になるかは、運次第だ。敵小隊も5個、それぞれ別の部隊がこの試験に協力してくれる。どこも実戦経験が豊富な良いチームだ。だが、日を追う毎に戦績の優秀な指揮官になっていく」
ここで一旦言葉を切る。
一番若い兵士ジークが手を上げた。
「つまりそれって、日程が早い方が、こちらに有利ってこと?」
私は、首を横に振る。
「一概には言えないな。有利かどうかは、敵との相性もあると思うが。日が経つほど敵の指揮官が優秀になり、作戦の手数も増えていく。それは、日程が早い者達へのハンデだと思ってもらえればいい。
試験中以外の者達は、見学だ。つまり、後半に当たったものは、指揮官の腕は上がるが、前半組の演習経験から学ぶことも当然出来る。
あと、見学時、演習の客観的な見解は、レポートにして提出してくれ。成績に加点される」
資料をじっと見て考えていたデュークが、私を見た。
「日程はくじ引きじゃないといけないのか?」
「いや。皆が不満なく決められるなら、どんな方法でも別に構わない」
「じゃあ、組分けを教えてくれ。くじ引きにするかどうかは、それを見て俺達で決めたい。皆、どうだ?」
私の答えにデュークが皆を見て尋ねる。最年長の彼は、いつしか生徒達のリーダーになっていた。
「ああ」「問題ない」「いいと思うぜ?」
生徒達が全員頷いたのを確認した私は、組分けの表をデュークに渡して言った。
「じゃあ、決まったら知らせてくれ。組分けは、これだ」
講義室を出た私は、応接室に向かっていた。
普段学校には来ない一応ここの責任者であるフェリクスが、最終試験の仮想敵の小隊の情報と、こちらから要望する試験内容の擦り合せに来たのだ。
その小隊の編成と指揮官を見て、私は半ばあきれて、フェリクスを見上げた。
「本当に、参加するんですか?」
「うん。久し振りの実戦だね。腕がなるよ?」
ニコニコと嬉しそうに笑って、フェリクスが言う。私はこぼれるため息を止められなかった。
「実戦じゃないし……だいたい貴方、小隊なんて指揮する立場じゃないですよね?」
「一応、ここの責任者だし。この後は、新設の特殊部隊の指揮官にも就任予定だから」
ふうん…と、これ以上の反論は諦めて資料を捲る。
「後は、マクベル中尉に、キースとラファエルも? これどういう人選? 指揮官が優秀すぎません? ちょっと厳しすぎじゃ……」
錚々たるメンバーに、思わずフェリクスを睨みつけた。
「君のお兄様からの推薦。試験も出来る限り見に来るらしいよ? 評価はポイント制だろう? 大丈夫。皆、見極めは上手だから」
フェリクスに悪びれる様子はない。そうか中佐の仕業か。
そして、最後の用紙を捲った。
「はあ……そうですか。大丈夫かなあ、生徒たち。あれ? こちらの彼は?」
フェリクスはチラリとそれを眺めると、悪い顔でニヤリと笑う。
「ああ、君が以前怪我したことがあっただろう? あのとき、はぐれて君に助けられた分隊の指揮官でケニー曹長。小隊の指揮経験は数ヶ月ほどだけど、小隊自体の練度は高いし、下についている軍曹はなかなか優秀だから。まあ、初日にはいいんじゃないかな?」
「……フェリクス?」
それって、貴方の私怨では?
「君に怪我をさせる原因になったんだ。彼の勉強も兼ねて、協力してもらおう」
駄目だ。フェリクスに聞く気は無い。この過保護め……
私はこれ以上何を言っても無駄だと悟り、試験の説明を始めた。
「そうですか……ではこちらが今回の試験方法と評価方法です。指揮官の皆さんと共有して下さい。
試験には全て演習弾を使用しますが、威力はあるのでヘルメットと防弾ベストは必ず全員に着用を徹底して下さい。頭部と体幹部に当たった場合は、死亡扱いです。
見学は、小隊が陣を張る場所によって変わり、非武装地帯になりますが、流れ弾の可能性もあるため、ヘルメットと防弾ベストは同様に着用して下さい」
「わかった」
「じゃあ、そろそろ生徒達の話し合いも終わると思うので」
フェリクスの反応を確認して、私は部屋を出ようと扉を開けた。すると、廊下の壁にもたれて立つデュークがいた。
「あ……デューク」
「教官、俺達の日程は決まりだ。こっちに居るって聞いたんで、持ってきた」
身体を起こしたデュークが、組分け表を示して言った。試験の受験順番が加えられている。
すると、まだ開いていた扉の向こうから声がした。
「リーシャ、入ってもらってくれ。手間が省けるから私も一緒に聞こう」
私達は顔を見合わせ、そして私がデュークを応接室に迎え入れる。
デュークは部屋に入ると、姿勢を正し、敬礼する。
「……失礼します。デューク・アシュバル軍曹です」
「フェリクス・フォン・ヴァルモーデン少佐だ。シャペル伍長やリーシャから、君の噂は聞いているよ、アシュバル軍曹。それで、どうなったんだい?」
フェリクスも敬礼を返したが、すぐに崩して気安く話しかけた。
「は。こちらです」
用紙を受け取ったフェリクスが、私に目配せをして共に見るように促した。
「……ほう?」
フェリクスの隣に立って、彼の持つ用紙を覗き込む。
「まあ、順当ですね」
生徒達の受験順は、こちらの予想と一致していた。小隊の指揮官を知った今、くじ引きで決めるより、有意義な経験が出来そうだと私は思う。
デュークはなかなか先見の明があるかも。
「わかった。わざわざ、ありがとう」
「では、失礼します」
用は済んだと、デュークは退室しようと扉に手をかける。その背中にフェリクスが言った。
「アシュバル軍曹。最終日に、君が当たる小隊を指揮するのは、私だ。楽しみにしているよ?」
フェリクスはいつになく挑戦的な視線だった。私はなんとなく違和感を感じて、彼を見る。
「少佐が?……そうですか、それは光栄です。では」
すると、対するデュークも獰猛に口角を上げた。ん?……知り合いだったけ?この二人?
なんだか腑に落ちないまま、デュークが退室したあと、フェリクスに尋ねる。
「……らしくないですね? どうしたんですか?」
「嫉妬かな?」
「は?」
予想もしていない答えに、私は驚きのあまりフリーズした。
「君が、彼のことを良く褒めるから」
拗ねるようにジトリと私を見て言ったフェリクスに、長い息をつく。
「……これ以上の話し合いは、帰ってからにしましょう。じゃあ、また家で」
何を言い出したんだ?この男。駄目だ、ここでこの話を続けるのは、まったく持って建設的な気がしない。下手すると泥沼にハマる予感がした私は、早々にこの部屋から離脱した。
自宅に戻った私達は夕食の後、二人で談話室にいた。
互いの気持ちを交わし合い、数ヶ月前に婚約した私達は、侯爵家と伯爵家から節度を持った婚約期間を過ごすようにと言われ、両家が我が家の使用人にまで直接通達したので、律儀にパブリックスペースのみで二人の時間を過ごしていた。
正直恋人のいた私にとって、今更?という気もするが、私が特に困ることもないので、この時代のしきたりとやらに従っている。フェリクスは、結婚式を指折り数えて待っているらしい。
「で……私、貴方を不安にさせるようなこと、何かしました?」
今日の日中、嫉妬したらしい彼に、私は自身の行動を振り返ってみたが、心当たりがない。何がトリガーになったのかわからず、だが拗らせると確実に面倒なこの男に、さっさと理由を聞いてしまったほうがいい。
「いや。ごめん。大人気なかった」
フェリクスは私を膝に乗せようと腕を引く。素直に彼の膝に腰をおろした私を、フェリクスが抱き締めて、ぼそっと呟いた。
頭を彼の肩に寄せて、私も小さな声で答える。
「謝って欲しいわけじゃないんです。ただ……」
理由が知りたい。
「……君が何かしたわけじゃないよ。アシュバル軍曹は君のことを好きなんだな、と思って」
やや間を空けて、言いにくそうにフェリクスは言った。
「え?」
私はすぐに意味がわからず、ぽかんとフェリクスのエメラルドを見つめた。
フェリクスは、寂しげに私の頭を撫でて、続ける。
「やっぱり、気がついてないんだ。ねえ、リーシャ。君は自分への好意にはひどく鈍感だよね? 私のこともずっと、束縛の過ぎる過保護な保護者だと思っていただろう?」
「う……でも、ちゃんと好きでしたよ?」
確かに過保護な保護者だとは思ってはいたけど、ちゃんとわかってもいた。
フェリクスから向けられる愛情を感じてはいたけど、それを素直に受け取っていいかわからなかっただけ。
ジルベルトを想うのとは違う気持ちで、フェリクスに惹かれていたけれど、彼の危ういぐらいの重い愛情に素直に身を委ねてしまえば、喪失を恐れて身動きが取れなさそうで怖かった。
早い話が、深みに嵌り、彼に依存してしまうのではないかと、そうならないように自制していたのである。
「うん。でも伝えてくれなかったよね? 何度も愛してるって伝えて、やっと言葉で気持ちを返してくれた」
「だって……」
言いかけた私にフェリクスはゆるりと首を振った。
「うん。それはもういいんだ。君は今、私の恋人で婚約者だからね。リーシャ、愛してる。こうして君が私の腕の中にいるだけで、幸せだよ。だから、君を誰にも奪われたくない。些細な可能性も完全に潰しておきたいんだ」
デュークのことは、本当に知らなかったのだ。
でも、そうだとしても、何も変わらない。私の心は、とっくに決まっている。
だから、フェリクスには釘を刺しておく。
「私はどこにも行きませんよ。だから、試験のときに公私混同は駄目ですからね?」
「……わかった。約束する」
そう言って渋々頷いたフェリクスに、私は笑って、そっと唇を重ねた。
最終試験が、全て終了した。
連日見学スペースで生徒達を見守っていた。
初戦のサミュエルとザインの伍長コンビは、対戦したケニー隊を全滅に追いこんだ。撤退させなかった指揮官の判断ミスを指摘された。
第二戦以降は、下士官と一般兵士のコンビだった。クレマンとエドガー組は、マクベル隊を2割落として、3日目ギリギリで撤退に追いこんだが、最後にクレマンが死亡した。
ハインツとレインフィールド組は、レインフィールドを潜入させ、内部と外部からラファエル隊を翻弄し、2割落として撤退に追い込んだが、レインフィールドを捕虜に取られた。
エヴァンとベイカー組は、キース隊にかなり苦戦したが、3割を落とし、生還した。
デュークとジーク組は、遠距離射撃を成功させ、2割強を落とした。ジークが誘い込まれ捕らわれたが、デュークが救出し、その過程で4割まで落として、2人共3日目に生還した。
「なかなか皆、健闘しましたね。特に最終組の挽回がすごかった。他は、死亡と捕虜に取られた者が出ましたけど。
振り返りが良く出来ていたので、他の評価も見てからですが、なんとか及第点かな?」
私は隣にいたジェイラード中佐にそう言って、彼を見上げた。
なんだかんだと彼とももう1年以上の付き合いである。まさかこの人の妹になるなんて、出会った時は思ってもみなかったけど。
「そうだな。だがこれだけの指揮官相手に、この人数差で素晴らしい成果だ。人数差が2:50だからな。これでスナイパーの有用性を証明できた。優秀なスナイパーを育ててくれて感謝する」
「後は、彼らを死なせない程度に上手く使って下さい」
どうやら、新設の特殊部隊へは全員推薦できそうなので、それだけは伝えておく。
だが、ジェイラードはいつもの食えない顔で曰わった。
「まだ、終わらないぞ? 実戦投入するからな。で、お前が隊長になる」
「は? フェリクスが指揮官だって……」
結婚を機に、てっきり軍を辞めて、家に入れと言われるかと思っていた。仕方がないと受け入れるつもりだったけれど。
「あいつはトップ。実行部隊の隊長はお前だ」
どうやら私は、まだ引退しなくても良いらしい。きっとまた、フェリクスがいろいろ手を回してくれたんだろう。そして、この人もそれに巻き込まれた口だ。
私は、婚約者と兄にとことん甘やかされているらしい。
「……結局、変わらないんですね」
「別にいいだろう? ああ、3日後の修了式の後、結婚祝い休暇を2週間ほどやろう」
結構な大盤振る舞いに、何か裏があるのでは?と勘ぐってしまう。
「ありがとうございます?」
「修了式が終われば、いよいよお前達の結婚式だろう? 頑張って母上に晴れ姿を見せてやってくれ。ひどく楽しみにしている」
ああ、本当にこの人は、人使いが荒くて強面なのに、とても優しい。
「はい。お兄様。でも、お兄様も早目にいいお嫁さんを見つけてくださいね?」
兄は嫌そうに顔を顰めたが、この人にも寄り添って生きてくれる人が見つかると良いな、と思う。
修了式が終わった。
半年間ここで育てた生徒達は、皆が無事に修了し、半月後に新設される特殊部隊への入隊資格を獲得した。
しかし、入隊は義務ではない。もといた所属の部隊に帰属する自由もある。
特殊部隊の任務については、修了式でフェリクスが充分な説明をして、熟考の上1週間以内に決めるように通達された。
私は、半年を過ごした建物を出て、家路につく。無事に仕事を終えた達成感で、満たされていた。
すると、駐車場の手前で呼び止める声があった。
「教官」
デューク・アシュバル軍曹だった。
半年を通してトップの成績を維持し続けた、優秀で努力家、そして才能に溢れるスナイパーだ。おそらく、私がサイボーグでなかったら、彼には敵わなかっただろうと思う。
最終試験でフェリクスの擁した小隊に、あれだけのダメージを与え、仲間を救出して生還した彼の才能に、私は羨望さえ覚えた。
「デューク?どうしたんですか?」
私は立ち止まると、彼に尋ねた。
「特殊部隊の隊長、あんたがなるのか?」
「ええ。そうですね」
まっすぐに問う声に、私も答える。
蒼い空のような瞳が、私をじっと見つめた。
ああ、彼と戦場を駆けてみたい、とそう思った。
「あんたに、どうしても言っておきたいことがあって、待っていた」
でも、もしかしたら、私は彼の才能を失うのかもしれない……そんな予感がして、一瞬表情が強張った。
「なんでしょう?」
「少佐と結婚すると聞いた」
硬い彼の声に、私は彼の想いを知り、決別を覚悟した。
デュークが私に向ける感情に、私は答えることが出来ない。
私は手に入れた一番の宝物を、決して手離すことは出来ないのだから。
私は彼の瞳から視線を逸らすことなく、頷いた。
デュークは一瞬寂しそうに笑って、だがその笑みをすぐに消すと続けた。
「だから、特殊部隊への入隊の話も、迷っていたんだが……
俺は、惚れたあんたから逃げるよりも、側にいたいんだと気がついた。
あんたがここで戦い続けるなら、俺も一緒にここで戦い、あんたを守りたい」
はっきりと告げられた言葉に、私は動けない。
これ以上は聞いてはいけない、彼を止めなければ、と思うのに……デュークの視線に縫い付けられたように、言葉を発することが出来ない。
デュークが私の前に跪く。
そして、私の左手を取った。
「リーシャ。貴女に誓いを。俺の全てをかけて、貴女を守り、貴女の為に戦い、貴女と貴女が守るもの全てのために、この命と銃を捧げよう。
どうか、貴女と共に戦場に立つ権利をくれないか?」
「デューク、私は……」
貴方の才能が欲しい。でも、貴方を不幸にはしたくない。
想う相手は、決して自分には振り向かない。そんな苦しさを、絶対に貴方に与えるわけにはいかない。
私は断りの言葉を告げようと口を開く。
でも、そんな私の気持ちを読んだように、彼は私の手を握り込むと、不敵に笑った。
「心配するな、大丈夫だ。俺にとっての幸せはここにある。リーシャ?」
「いいんじゃないか? リーシャ、君の騎士になりたいというその誓い、受けたらどうかな?」
割り込んだ声は、フェリクスだった。暫く前から感じていた彼の気配は、多分私達を見守っていたものだろう。
いつもなら過剰に反応するであろう彼が、穏やかに微笑んで、私の隣に立った。
それを見た私は、二人に背中を押されるように、デュークに向き直る。
「……デューク、ありがとうございます。その誓い、この国と私のために、謹んでお受けします」
そう言って、私はデュークの額に軽く口づけた。
「デューク・アシュバル軍曹。立場上私は、リーシャと共に戦場に行くことは出来ない。だから、どうか妻を守ってやって欲しい。よろしくお願いします」
フェリクスは、デュークに頭を下げてそう願った。
それから、数日後。
侯爵家と伯爵家、キースやラファエル、マクベル中尉のご家族が参列しての、こじんまりとささやかな結婚式が執り行われた。
式の規模の割に、私のドレスが豪華だったのには少々引いたけど、親孝行だと思って着させてもらった。
両家の母達が、とても喜んでくれたので、私も嬉しい。
案の定、祭壇の前でフェリクスはまた固まっていた。
キースとラファエルとジェイラード兄様には、これで安心したと、何故か非常にホッとされた。
フェリクスは一体どれだけ迷惑をかけたんだろう。
ベールガールを勤めてくれたマクベル中尉のお嬢さんに、中尉が涙していたけど、嫁に行くのは娘じゃないから、と奥様に慰められていた。
リングボーイを勤めてくれたのは、フェリクスの甥っ子のクリスで、フェリクスにもよく似た彼は、とてもかわいかった。
家族と親しい友人達と和やかに行われた結婚式と食事会は、未来の私では夢にさえ見ることの出来なかった光景で……
こんな幸せをくれたフェリクスに、私は何を返してあげられるのだろう?
夜、初めて夫婦の寝室で二人になった私達は、寝台に並んで腰掛けていた。
「リーシャ」
低目の柔らかな耳に馴染んだ声が、私の名を呼ぶのが好きだ。
こうして、ずっと傍らに寄り添って、たくさんの愛情をくれたこの優しくて愛情深い夫の肩に、私はそっと頭を寄せる。
「フェリクス。今日は、ううん、初めて出会った日からずっと、ありがとうございました。こんな幸せがあるなんて、想像もしてなかった」
フェリクスが私の肩に手を回して、ぎゅっと抱き寄せてくれる。
暖かい……それが嬉しい。
「私もだよ、リーシャ。君と出会えたのは、本当に奇跡だけど。君は私の運命の人だと思ってる」
彼のエメラルドが、私の視線を捕えて離さない。本当に綺麗。
私は彼の髪にそっと手を伸ばす。指の間に金色が輝いた。
ジル、ごめんね。私ここで幸せになるの。
記憶の中にいた貴方の色は、フェリクスにとても似ているけど、今は、ずいぶんと色褪せてしまった。
「私にとっても、貴方は運命の人ですよ。私は、貴方と出会って、こうして結ばれるために時を越えてきたんですね、きっと。
ねえ、フェリクス。ジルベルトのフルネームは、ジルベルト・フォン・ヴァルモーデンっていうんです。貴方のお兄様の直系の子孫なんですよ」
「え?」
目を瞠ったフェリクスに私は微笑んで言葉を重ねた。
「貴方のその髪と瞳の色は、きっとヴァルモーデンの色として、ずっと受け継がれていったんですね」
「うん、そうなんだね」
エメラルドがその瞼に隠された。私の肩に彼の額が寄せられる。
私は彼の頭に置いた手に少しだけ力を込めた。
「フェリクス、愛しています。貴方に子供を持つ幸せを贈ってあげられなくて、ごめんなさい」
そして、彼に愛を告げ、許しを請う。
フェリクスがゆっくりと首を横に振って、顔を上げた。
「君の愛が貰えるだけで、私は他に何もいらないんだよ。どうかずっと側にいて?」
そして彼からも、溢れる愛情を注がれる。
どちらからともなく寄せられた唇が何度も重なって、私達は、ゆっくりと寝台に横になった。
「約束します、フェリクス。これからは、同じ寝台で夜と朝の挨拶を交わしましょう」
私の誓いに、フェリクスは綺麗に笑って、今度は深い口づけを贈ってくれた。
これで完結です。お付き合いありがとうございました。
また何か浮かんだら、番外編として更新するかもしれません。