6話
ノブさんに続いて、由美もお酒の用意のために
厨房に向かおうとする。
その時、恵が、座敷の奥に織田木瓜の紋の入った
楽屋のれんが下がっている部屋を見つけ、由美に質問する。
「あの部屋には、何があるんですか?」
「ああ、あれは店長のコレクションルームです。
四畳半ぐらいの部屋ですけどね。店長の好きな戦国武将の
フィギュアとかグッズとか飾ってあるんです。よかったら
どうぞ見てください」
「じゃ、ぜひ」
恵と佳澄は、ゆっくりと立ち上がり、のれんをくぐって
コレクションルームに入っていく。
その部屋には180cmぐらいの高さのガラスケースに
食玩のような武将の鎧フィギュアや、安土城などのお城の
プラモデルが所狭しと並んでいる。
ガラスケースに近づき、食い入るようにフィギュアを
見つめる恵と佳澄。佳澄が明智光秀の鎧を指差す。
「すごい!よくできてる。これって桔梗の前立てだから
光秀の鎧よね。その横は、長い金色の兜だから前田利家かしら」
「正解!でもこの信長の南蛮甲冑が、しぶいわ〜」
すると部屋の外から由美の声が聞こえてくる。
「天下布葡萄酒が、はいりましたよ」
コレクションルームからのれんを潜って出てくる恵と佳澄。
座敷のテーブルに、赤ワインと焼きそばと浅漬けを並べて
いく由美。恵と佳澄は座布団に座る。恵がワイングラスをまず手に取る。
「じゃ、乾杯しよ」
「うん」
「かんぱ〜い」
厨房から顔を出すノブさん。
「由美ちゃん、桶狭間ピザもあがったよ」
「は〜い」
由美が、ノブさんからピザとピザカッターを受け取り座敷のテーブルに置く。
「はい、桶狭間ピザです」
恵と佳澄が嬉しそうな顔でピザを覗き込む。
佳澄は、ピザ表面のチーズがグツグツしているところを指差す。
「ほら、まだグツグツしてる。おいしそう〜」
「ワインに合いそう」
「冷めないうちに食べよ!」
そう言って佳澄は、ピザの横に置かれているピザカッター
で、ピザを切り分けていく。
「よし、できた! 我こそは、佐藤佳澄!今川義元、覚悟!!」
「我こそは、柿田恵! 覚悟!!」
二人とも、ピザを美味しそうに頬張る。
ノブさんは、その二人の客が喜んでいる姿を見て、満足そうに
笑みを浮かべ、由美にサムアップのサインをおくる。
佳澄は、少しワインを飲み、ノブさんが厨房の出口のところで
自分たちをみていることに気づく。
「マスターも由美さんも、もしよかったら一緒に飲みません?
私たちが奢りますから」
ノブさんは、佳澄の言葉を聞いて、厨房の出口から勢いよく
飛び出して恵、佳澄、由美の側にくる。
「ええの?そんなんしてもうて」
「いいですよ。ね、恵」
「全然OKですよ。その代わり、私たちと戦国話し、してもらえますか?」
「まかさんかい!」
「マスター、まかしてくださいでしょ」
「あっ、すんません。ほんま、戦国時代得意なんでまかしてください。
ほな、赤、いだだきましょか由美ちゃん」
「いただきましょ」
由美は急いで厨房に向かう。
ノブさんは、座敷に上がり、恵と佳澄を相手に話しはじめる。
「ほんま助かるわ。正直なところ、今夜は金曜日やのにお客さん
少ないんちゃうかって心配しててん。ありがとうな。ワシはこの店の
マスターの時田信治っていいます。ノブさんと
呼んでください」
「私たちは戦国時代が大好きな歴女で、私が佐藤佳澄っていいます。
彼女は、柿田恵。二人とも中学の時から一緒で、それぞれ違う病院で
看護師やってます。今日は二人とも非番になったんで、前から気に
なっていたこのお店に行こうということになって…」
「そうか、看護師さんか。大変やけど、人を助けるいい仕事やね」
由美が赤ワインのグラスを二つ持ってきて、一つをノブさんに渡す。
「はい、マスター」
「おお、ありがとう」
由美も座敷に上がり、4人ともワイングラスを手に持ち、ノブさんが
乾杯の音頭をとりはじめる。
「それでは、今夜の素晴らしい出会いと戦国武将たちに敬意を表して乾杯〜」
「かんぱ〜い」
ノブさんはワインを一口飲んでグラスをテーブルに置き、恵と佳澄に質問をする。
「ところで二人は、戦国武将なら誰が好き?」
まず佳澄が、自分の鞄から桔梗の紋のハンカチを取り出しノブさんに見せる。
「私は、明智光秀かな〜。信長の家臣の中でも一番最初に城持ち大名に
なった出世頭だもん。当時最先端の技術、鉄砲にも詳しかったでしょ。
あの有名な長篠の戦いの鉄砲の使い方も、光秀のアイディアだったという説も
あるしね」
「そうやな。あれは光秀のアイディアだったな。光秀には、サルというか秀吉
にはないセンスやスキルがあったんちゃうかな」
「でしょ。秀吉さんには、農民から大出世して天下をとるすごい才能もあったけど
やっぱり品がないというか、黄金好きの成金感がすごくてちょっと私は苦手」
「いずれにせよ信長は、光秀といい、秀吉といい、良い部下を上手に育てて
その力を存分に利用していたということやな」
「光秀さんにも本当に信頼できる仲間づくりができてたらなぁ〜。ぜったい天下が
とれてたと思う。あの天下分け目の戦いと言われている山崎の合戦の前にちゃんと
味方がついていたらね。いくら鉄砲を使った戦術に長けていても、限界があるもの」
佳澄はワイングラスを持ち、お店の壁の方を見てワインを一口飲む。
彼女の視線の先には、壁に貼られた桔梗の紋の旗印がある。