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ノブヒデ 令和・笑いの乱  作者: ハッシャン
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第34話:初めてのサイン

 一方、大阪城大手口コースのツアーは終盤を迎えていた。ツアーの一行は、大阪城天守閣のすぐ横に位置する、豊臣石垣館という2025年にオープンしたばかりの施設付近に近づいてくる。

 ガイドの男性は、施設の前で足を止め、豊臣時代の石垣についての解説を始める。


「最初にも言いましたが、現在の大阪城は、江戸時代の二代将軍秀忠が、築城の名手と言われた藤堂高虎に命じて作らせたお城です。秀忠は藤堂高虎に、『堀も石垣も豊臣時代の2倍にして城を築け』と注文を出したそうです」


 ガイドの話を真剣に聞いている、ヒデさんや老夫婦。しかしノブさんだけは、天守の方を見上げて石垣の話はあまり聞いていないように見える。


「私の後ろに見える豊臣石垣館は、秀忠の指示で埋められた豊臣時代の石垣が見れるようになっています。豊臣時代の石垣は、野面積のずらずみといわれるもので、自然の石を加工せずに積んでいます。なので、今の大阪城の綺麗な石垣と違って荒々しい感じがすると思います。ご覧になりたい方は、このツアー終了後にゆっくりとご覧ください」


 その説明を聞いて老夫婦のご主人が奥さまに話しかける。


「そんな展示館ができたのか‥。昔、来た時はなかったね」

「ええ。せっかくだから、後で見に行きましょう」

「いいね」


 ヒデさんも、少し石垣についてメモをとっている。書き終えてノブさんの方を見るが、ノブさんは相変わらず天守を眺めている。


「ノブさん、石垣館のこと全然聞いてなかったでしょう」

「そやな。でも、ずっとあの天守の一番上の模様とか色とかが気になってな」


 そこにガイドが近づいてきてノブさんと同じように天守を見上げる。


「私の話には、あまり興味がなくなりましたか?」


 ノブさんは、ガイドの男性の方へ振り向き、申し訳なさそうに詫びる。


「そんなことはないですが、どうしてもこの天守の、一番上の壁の色と模様が気になって…」


 ノブさんが気にしているのは、大阪城天守閣、最上階下の黒壁とそこに描かれている金色の虎のこと。

大阪城の壁、8割が白壁なのに、最上階の壁だけが黒壁になっているのである。


「あなたは気が早いですね。実はそのことも含めた天守の解説が、今日のツアーの最後になります。今から私が話しますので、よく聞いておいてくださいね」

「はい!わかりました。お願いします」


 ノブさんの元気が、ガイドの一言でまた戻ってきた。ガイドは、一行を引き連れて天守の前に移動する。


「では、みなさん、この大手口ツアーの最後、大阪城天守閣についての解説します」

「よっ!待ってました!」

「やめてくださいノブさん。恥ずかしいですよ」

「そ、そうか?」


 ノブさんの様子を見て、クスッとする老夫婦。ガイドは、話の腰をノブさんに折られた感じになったので、少し体制を整え直して解説に入る。


「実はこの天守、昭和5年に大阪市民の寄付によって再建されたのですが、その際、徳川時代と豊臣時代の両方のテイストが取り入れられました。それでは天守最上階をご覧ください」


 ガイドの男性が指差す天守最上階の方を一斉に見上げる4人。


「最上階の黒壁に金色の虎と龍が描かれている部分が豊臣時代の天守のイメージ、そしてその他の白壁や天守全体のフォルムは徳川時代の天守をイメージしています。豊臣時代の大坂城は、昔の屏風絵を参考にしたそうです」


 ノブさんは、ガイドの解説を聞いて深く頷く。ガイドは首からぶら下げていたタブレットを操作して、大坂夏の陣図屏風の大坂城の絵を見せる。その絵の大坂城は、全部の壁が黒壁になっている。しかも黒壁の上に、虎などが描かれている。


「なるほどね。そういうことやったんか…」

「虎は、関西人がタイガーズ好きやからそうしたんかと思いましたわ」

「そんなわけないやろ、ヒデちゃん」


 ガイドは、ノブさんとヒデさんの話を無視するかのように解説を続ける。


「そしてこの天守は、徳川時代の天守の土台、天守台の上に再建されました。豊臣時代の天守は、みなさまから見てこの天守の右方向、北東の角に建っていたといわれています。具体的には…」


 この解説を聞いてすぐにヒデさんが反応して、小さな声でノブさんに耳打ちする。


「この件も番組にありましたね。『昔の天守の位置は、現在の天守の位置とは違います。ねぇノブさん』 そうアナウンサーが振ってきた時のかえしは?」


 ノブさんも老夫婦やガイドの男性に気を使って、小さな声で即答する。


「ここはあんまり無理せんでいいと思うわ。たとえば『信長やったらこう言うてると思うわ。天下布武! 天守どこ?』とかでええんちゃう。天下と天守で天つながりや!」

「ほんで私が『迷てる場合か!』とツッコンで、ハリセンでバン!って感じですね」

「そや!。これで、パーフェクトやわ」


 小さな声とはいえ、話が盛り上がるにつれてどんどんボリュームが大きくなっていくノブさんとヒデさん。

 ガイドの男性は、解説中は私語を謹んで欲しいという気持ちを込めて軽く咳払いをする。


「もう、いいですか?」


 ガイドの声にドキッとして、ネタの話を止める二人。


「はい、ということで本日のガイドはこれで終了となります。最後までお付き合いいただき、ありがとうございました」


 ノブさんとヒデさん、老夫婦もその言葉を聞いて拍手をする。

 そして、老夫婦がガイドに近づき礼をして、その場から満足そうな笑顔で去っていく。

 続いてノブさんとヒデさんもガイドに話しかける。


「勉強になりました。でもすみませんでした、今日は。私語ばっかりして申し訳なかったです」

「ありがとうございました。大阪城の細かな話が役に立ちそうです、今度、テレビで大阪城を紹介する番組に出るもんで」


 ヒデさんが言った、番組という言葉に食いつてくるガイドの男性。少し興奮気味で二人に質問をする。


「テレビ番組に出られるんですか?ひょっとして芸能人の方?」

「いや〜芸能人というか、芸人ですわ。二人で「ノブヒデ」という漫才コンビ組んでまして。大阪城紹介の番組出演が、テレビデビューなんです。私はノブヒデのノブの方で、こいつががヒデといいます」


 ますます二人に興味を持った様子のガイドの男性。


「なんていう番組ですか。私絶対見ます。教えてもらえますか?」


 ノブさんは、待ってましたとばかり、キラキラした瞳で番組名などを答える。


「はい! 正月に放送される、なにわテレビ『城ワングランプリ 乱世一番の城はどれ!』という番組で、3日の夜の8時からの放送です。ぜひ、見てください」

「ちなみに大阪城は、何位なんですか?」


 そこで、ノブさんに任せすぎては、番組のマル秘情報が危ないと察知したヒデさんが割って会話に入ってくる。


「まだ、放送前なので内容まではちょっと」

「そうですよね。失礼しました。でも絶対見ますよ。いや〜芸能人の方とお知り合いになれるなんて、私、生まれてはじめての経験です。うれしすぎます。握手してください!」

「はい、よろこんで」


 ノブさんと、ヒデさんは次々とガイドの男性と握手をする。ノブさんとヒデさんも、いつになく笑顔で誇らしい気持ちになっていたが、ノブさんは改めてガイドに礼を言う。


「こちらこそ、ありがとうございました。あなたさまのガイドのおかげで、番組で披露するネタが次々と生まれました。どれだけ礼を言っても言いたりません」

「ほんとうにありがとうございました」


 ガイドの男性は、少し言いにくそうにモジモジしている。それを悟ったノブさんが、自らガイドに聞く。


「あの〜、失礼ですが、サインなどお望みですか?」

「ノブさん、調子に乗りすぎですよ」


 それを聞いたガイドは、さらに二人に近づき大きな声で答える。


「はい!!えっ、いいんですか!是非、お願いします!!」


 と言ってガイドは、リュクから手帳とペンを取り出し、ノブさんに差し出す


「是非に及ばず。わかりました!なぁ、ヒデちゃん!」

「もちろん!!」


 まず、ノブさんが『ノブヒデ』とカタカナで手帳の無地のページに力強く書き、その空いたスペースに時田信治(ノブ)と添える。

 そしてヒデさんにペンを渡し、ヒデさんも福智厚秀(ヒデ)と書く。ヒデさんから手帳を渡されたガイドの男性は、サインをしげしげと見つめ、感慨に耽っている。


「ありがとうございます。うちの家宝にします!!」

「サインもは初めてなもんで。あまり上手くなくて、ごめんなさいね」

「いいや、それがいいんです。第一号ファンになれたこと誇りに思います!」

「はぁ、そ、そうですか」


 ノブさんは、少し照れ臭くさそうにしている。ヒデさんは、他にもどこか、行きたい所があるようような様子。


「じゃ、ノブさん、この辺にして」

「そやな、ヒデちゃん。それじゃ、今日は本当にありがとうございました。勉強になりました。また番組の方もよろしくお願いします」

「失礼します」

「必ず番組見ますね。応援しています!!」


 ノブさんとヒデさんが、ガイドに礼をして、その場から離れていく。少しして、後ろからガイドが二人のもとに焦って走ってくる。


「はぁはぁ…。 すみません。忘れてました」


 ノブさんとヒデさんは振り向き、自分たちが何か忘れたかとポケットなどを確かめる。


「何か?」

「あの〜、一緒に写真撮るのを忘れてました」

「そ、そうですか」


 ガイドの男性はスマホを取り出し、二人の間に厚かましく入ってきて自撮りをしようとしている。ノブさんとヒデさんは

仕方がないという困った顔から作り笑顔になり、ガイドが手を伸ばして持っているスマホのカメラを見て掛け声をかける。


「ではいいですか?  はい、チーズ!!」



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