第33話:ネタの宝庫
ノブさんの心に、ある思いが過った。
「すべて徳川時代につくられたって、どういうことや? 一回、全部壊してからまた建てたってことか?」
ノブさんと同じ思いに駆られていた老夫婦の奥さまが、ガイドに質問する。
「あの〜、先ほど、すべてを作り直したと言われましたけど、例えば石垣なら、一度石を剥がしてからまた積んでいったということですか?」
ノブさんは、ガイドに質問した奥さまを見てこう思った。
「そやねん。俺もそう思った。でもそれは、かなり大変やで…」
ガイドは、少し間をとってから奥さまの質問に答える。
「おしいけど、ちょっと違います。実は、豊臣の大阪城の土台を一度埋めてから、正確には土で覆ってから再建したんです」
「埋めたって…。こんな大きな城を? こんなもの埋めれますか? 信じられませんわ」
ヒデさんもいつになく興奮して口を開いた。
「では、これを見てください」
そう言ってガイドは、首から下げていたタブレットを操作して、ある画面を老夫婦やノブさんヒデさんに見せる。
その画面とは、豊臣大阪城と徳川大阪城の断面シルエットのイラスト。徳川大阪城は、豊臣大坂城の土台を覆った上に建てられたことが一目でわかる図になっている。
「このように、徳川大阪城は、豊臣大坂城の土台を埋めてから石垣をつくり、その上に櫓、屋敷、天守を築いたんです。だから土台の高さが豊臣時代より高いでしょ」
「本当ですね。いや〜初めて知りました。徳川の力もたいしたものですね」
「そうね」
感心している老夫婦の横で、ヒデさんも深く頷いている。ノブさんはと言うと、何かを必死に考えているように目を閉じている。
「ではみなさん、次に行きましょう。次は大手門をくぐって多聞櫓について解説します」
ガイドの先導で、大手門に向か老夫婦とヒデさん。しかしノブさんは、大手門の前から離れようとしない。ヒデさんはノブさんが付いてこないことに気づき、ノブさんのところに駆け寄る。
「おいてけぼりになりますよ、ノブさん。さぁ、行きましょう」
するとノブさんは、しっかりと目を見開き、突然メモ帳に何かを書き始める。
「よし!一つ目できた!!」
「何がですか? とりあえず、歩きましょ。またみなさんに迷惑かけますから」
「そやな、歩きながら話すわ」
二人は、ガイドに遅れまいと歩き出す。
「まず、アナウンサーが、『実はこの大阪城、江戸時代に建てられたんですよね、ノブさん!』って振ってくるやろ」
「ええ」
「そしたら、わしはこう言うねん。『鳴かぬなら〜埋めてしまへ ホトトギス』ってな。ほんならヒデちゃんは、ハリセン持って…」
「『殺すんちゃうんかい!』って言うて、ハリセンでバン!ですよね」
「その通り!さすがヒデちゃん、以心伝心やわ」
「面白そうですね」
「そやろ。いや〜来てよかったわ、このツアーに。ガイドさんは、ネタの宝庫やな」
「ほんまですね」
盛り上がって歩いているノブさんとヒデさん。ガイドと老夫婦に追いつく。
ガイドは楽しそうな二人を見て、てっきり自分が解説した内容で盛り上がってくれているものと思い、少し嬉しく思った。
「楽しんでいただけて何よりです。大阪城は、まだまだ見どころ盛りだくさんですよ」
「もっといろいろ教えてください!!助かります!!」
急にハイテンションでガイドに迫るノブさん。その迫力に、ガイドは少し後退りする。
「わかりました。落ち着いていきましょうね。この先には大きな多聞櫓があります。そこでもたっぷり解説しますよ〜」
その言葉を聞いて、ノブさんとヒデさんは、声を揃えるように答える。
「(二人で)はい!!お願いします!!」
その横では、子供のようなノブさんら二人のはしゃぎように、老夫婦がクスクスと笑っている。
「まぁ、面白い人たちね」
「そうだね」
その頃、ガラス屋では、珠江が30代前半の女性客が購入したグラス2つと、赤い模様がかわいいトンボ石を使ったイヤリングをレジ横で丁寧に包装していた。珠江は、包装した商品をお店の紙袋に入れ、笑顔で女性客に差し出す。
「お待たせしました。ありがとうございます」
女性客は満足そうな表情で珠江に、声をかける。
「また、かわいいイヤリング作ってくださね。楽しみにしています」
「はい、がんばります」
珠江がそう言うと、女性客は軽く珠江に会釈をして店を出ていく。
珠江も店の外に出て、お見送りをする
「お気をつけて!」
珠江は、おじぎの姿勢から体を起こし、ずっと女性客の後ろ姿を眺めている。
その時、店の奥の工房からエプロン姿の葉子が、首をさすりながらレジに向かって歩いてくる。
珠江は、店に戻り、首や肩がつらそうな葉子をねぎらう。
「先生、大丈夫ですか?ちょっと休まれた方がいいかと‥」
「そうね。もう首筋なんかカチカチなのよ。昼から整骨院に行ってこようかしら」
と言いながらも首をぐるぐる回して疲れをとろうとしている葉子。
そして突然、堰を切ったように葉子先生に話し始める珠江。
「先生、実はさっき、めちゃくちゃ嬉しいことがあったんです!ちょっと聞いてもらえます?」
「わかったわ。聞くから、ちょっと落ち着いて。で、何があったの?」
「私が作ったトンボ玉のイヤリングが初めて売れたんです!また作ってくださいって声もかけられました!」
「やったわね。よかったじゃない!」
葉子も、首の痛みも忘れたかのように元気になり、珠江の肩に手をあてる。
「私も珠江さんの色のセンス、ずっとかわいいなぁ〜って思ってた。これで珠江さんもアーティストデビューね」
「はい!まだまだ先生の足元にも及びませんけど…」
葉子は、エプロンのポケットからかわいい財布を取り出し、5千円札を珠江に渡す。
「珠江さん、これ」
「えっ、なんですかこのお金?」
「私は、これから整骨院に行ってくる。珠江さんは、お昼に行って、その帰りに、あのいつものケーキやさんでケーキを3つ買ってきて」
「だれかの誕生日ですか?」
「違うわよ。珠江さんのアーティストデビューをみんなで祝うのよ」
「ありがとうございます!」
「じゃ、私はちょっと着替えてから先に行くわね。妹が返ってきたら店番たのんで」」
「はい」
葉子は、エプロンを外しながら店の奥に消えていく。珠江は、少しお店の前に出て、手を組み、青空を見上げながらこうつぶやいた。
「デウス様。私に新たな生きがいを与えてくださり、ほんとうに、ありがとうございます。父上、珠は今、幸せでございます。できれば父上も、どこかで生きておられますように…」
この時代で生きていることに感謝しつつも、いまだに父、光秀のことを諦めきれない珠江であった。




