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ノブヒデ 令和・笑いの乱  作者: ハッシャン
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第30話:大いなる撤退

 信繁は、勝永の気持ちに軽く会釈して応え、秀頼の足元へさらに近づき、自身の策を披露する。


「ここは一度、上様とお方さまに薩摩、島津の元へ下っていただき、期を見て島津や西国の大名とともに再度徳川との決戦に挑んでいただくのが賢明かと。すでに島津には文を送り、島津殿には話を通しております」

「貴様!そちは最初からこの豊臣が、大坂の陣にて徳川に負けると踏んでおったのか!!」


 大野治長の恫喝には、もう慣れきってしまったように冷静な表情を見せる信繁。


「なんとか申せ!真田!」

「私は最初から、負けるなどと一言も言ったことはございません。しかし、心意気だけでは戦さに勝てません。考えてもみてくだされ。こちらの軍勢は、多く見積もっても五万。その五万は、もう一万になっておるやもしれません。対する徳川は十万。しかも我が軍勢は、浪人たちが多く、その士気も決して高いとは言えませぬ。唯一の望みは家康の首を獲り、徳川勢の動きを止め、あの何もできぬ将軍と思われていた秀忠が怖気付き、撤退の命を全軍に下すことでした」


 治長は、怒りながらも信繁に事実を突きつけられて、言葉が出てこない。秀頼も目を閉じて、苦虫を噛み潰した表情で信繁の話を聞いている。


「確かに家康の首を獲るための策は、毛利殿が家康側近の本多勢を誘き出したことにより、見事にはまりました。しかし、思った以上に秀忠が強気な態度を見せていることでそれがしの読みは外れました。つまり大将が強気で健在なら、この兵力の差は、もうどんな策を持ってしても覆せないことは必定。大いなる撤退により軍勢を立て直すことも軍師の勤めでございます。再び天下を取れば、城は取り戻すこともできます。ここは、この真田信繁をもう一度信じていただき、豊臣再興のため、私と共に薩摩の島津の元へお下りくださいませ! 上様!お方さま!!」


 淀の方は、静かに床机椅子から立ち上がり、優しい顔で信繁に近づき、ひざまづいて声をかける。


「よう申した信繁。そちは、やはり最高の武士もののふよ。誠に豊臣のことを思うておるわ。上様はそちに託す。これまでの、そちに対する非礼を許せ」


 淀の方は、信繁にゆっくりと頭を下げる。


「お辞めくだされお方さま。豊臣の世は、これからですぞ。上様とお方さまが、島津や西国の大名とともに兵を上げ、徳川勢を打ち砕く様が、この信繁の目に浮かんでおりまする」

「もう私は、いいのです」


 秀頼は、母の声を聞き、母の横に座り込む。


「母上! 母上も一緒に参りましょう!!」


 淀の方は、秀頼の方を向き、秀頼の腕をしっかりと掴む。


「いつまでも子離れができぬ母ですみませぬ。これから上様は、この真田を唯一無二の重臣として頼り、再び天下人として、日の本を治めてくだされ。太閤殿下の夢、さらには私の母上の兄、信長さまの夢をかなえるのは、上様しかおりませぬ。それが、この母の最後の願いでございます」

「母上!!」

「母は、治長や残りの家臣と共に、この大坂で最後まで徳川と戦いまする! その隙に、抜け穴より本丸の外に出てくだされ!」


 治長の顔からも怒りが消え、淀の方に同調するかのように大声で発言する。


「そうじゃ!我らが時を稼ぐ。その間に、この城を出るのじゃ。真田殿、上様をまかしたぞ!」

「承知した。北の川沿いの船着場には、島津の者が待っております。上様、徳川の砲撃が始まる前にまいりましょう」

「私も大野殿と残り、共に戦いまする!」


 勝永がそう言うと、治長はその申し出を断る。


「何をいうか毛利殿。そちは真田殿の策に、なくてはならぬ武士もののふぞ。真田殿と上様をお守りするのが、毛利殿の役目と心得よ」


 信繁も、一緒に来るように勝永を誘う。


「毛利殿、ぜひ!」


 信繁は立ち上がり、勝永に手を指し出す。すると勝永も信繁の手を取り、勢いよく立ち上がる。


「わかった!わしは真田殿を信じて、上様をお守りしますぞ!」

「よし!参りましょう上様。毛利殿も」

「おう!」

「母上さま、秀頼は再び天下を取ってみせまする!」


 淀の方も立ち上がり、秀頼を見つめる。


「頼みましたよ」




 徳川秀忠の本陣は、すでに本丸南側の堀の手前まで前進していた。

本陣の前には、七門の大筒が本丸天守に狙いを定めて置かれ、多くの兵たちが各大筒に砲弾を入れる作業を続けている。そして八門目も、多くの兵に引かれ、遅れて所定の位置についた。

 大筒の背後には葵の御紋の幕に囲われた本陣がある。陣内では、将軍徳川秀忠が一人、床机椅子に座って、床机に広げられた大坂城図を見ながら大筒の準備が完了するのを待っている。

 しばらくして、秀忠の元に、ある武将が駆けつける。その人物は、家康本陣を守り、毛利勝永と戦っていた本多正純だった。


「上様。只今、馳せ参じました」

「おう!正純か」


 本多正純は、秀忠の横の床机椅子に座る。秀忠は、父、家康が討ち取られたとは思えない、おだやかな表情をしている。


「この度は、大御所さまの一件、私の不得の致すところで…。本当の影武者を大御所さまの代わりに据える前に大御所さまが…。私に切腹をお申し付けくだされ」

「もうよい」


 秀忠は、正純の耳元に顔を近づけ、本陣の外に聞こえないようにささやく。


「そちのせいではない、父上が討たれたのは。今は、父上の影武者が討たれたものと皆信じておるから安心せい」

「されど、まことにお父上が討たれたのでございますよ。私が、毛利の誘いにつられ、陣を離れたばかりに‥」

「あの真田の策であろう。それは仕方ない。それより、わしが征夷大将軍の器であることを全軍に知らせるには、いい機会じゃ」


正純は、父の死を悲しんでいない秀忠の図太さに驚愕し、体を逸らして少し秀忠から離れる。


「上様は、かなりお変わりになられましたな」

「そうよ、ずっと父上には、戦さには向かぬ二代目として蔑まれておったからの。これぞ、好機ぞ!わしの底力を天下に知らしめる!この大筒の数を見よ!冬の陣にて父上が放った大筒より、はるかに数で上回っておろう!」

「御意! ただ、大御所さま本陣に、大御所さま亡き後、据え置きました真の影武者はどうするおつもりで?」


 再び正純の耳元に近づき、小声でささやく秀忠。


「真の父上の影武者は、この戦さが終われば、まず駿府の父上の城に戻す。その後、膳に毒を盛るなどして葬るのよ。表向きには病ということにしてな」


 不気味な笑みを浮かべる秀忠を見て、その恐ろしさを初めて知り、少し背筋が凍りつく正純。

 その時、家臣の一人が秀忠の元にやってくる。


「大筒の支度が整いましてございます」

「あいわかった!」


「よう見ておれ正純。これぞ、天下の力攻めよ」

「はっ!」


 そう言い終わると、秀忠と正純は本陣の幕間から外に出る。そして秀忠は、大筒の背後で、勢いよく軍配を振る。


「放て!!」


秀忠の号令を大筒近くで繰り返す侍大将。


「放てー!!!」


 大筒八門が、大坂城本丸へ向け一斉に火を吹く。


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