第19話:こってり
お昼過ぎの大阪市北区の街。大きなオフィスビルのすぐ側をJRの通勤電車が走っている。高架下の道を歩いてくるのは、ネタ合わせを終えたノブさんとヒデさん。ヒデさんのリュックからは戦国漫才ノブヒデのハリセンが、少しはみ出している。
ノブさんが指差す方に、ラーメン店「天下一味」の看板。ヒデさんは『またですか』という顔をしながら、ノブさんとともにそのラーメン屋さんに入っていく。店内の客はお昼過ぎということもあり、ノブさんとヒデさんの二人だけ。ノブさんがちらっとメニューに目を通していると、店員が水を持ってきて注文を聞く。
「何しましょ」
ノブさんは、メニューのラーメンを指差し、ヒデさんに了解を求める。
「これでええか」
「はい。お願いします」
ノブさんは、店員の方に振り向き、注文する。
「こってりラーメン二つ。それと餃子2人前で」
「はい、わかりました」
ヒデさんは、水を一口飲み、ノブさんに話かける。
「ほんとに好きですね、ここのラーメン」
「ああ。まず名前がええからな。天下一やで。この名前見た時から、この店の虜になってな」
「味の方やないんですか?」
そこに店員が餃子を持って割り込んでくる。
「はい。餃子二人前です」
「おおきに」
ノブさんは、餃子のタレを小皿に入れ、さらにラー油を多めに加えてヒデさんの前に出す。
「ちょっとピリ辛にしといたで」
「すみません」
ノブさんは、自分のタレも作りながら、さきほどのヒデさんの質問に答える。
「名前だけやないで。もちろんラーメンの味も最高や。一度食べたら忘れられへんこってり感!」
「やはりノブさんは、パンチのある味が好きですな」
「おう、ヒデさんも今時の言葉使えるようになったやんか!」
餃子をひとつまみするノブさん。その様子を見て、ヒデさんもおいしそうに餃子を食べ始める。目を閉じて、餃子の旨みをしみじみと感じている表情のノブさん。ところが、急にきりっと目を開け、ヒデさんの方へ前のめりになる。
「そや! ひとつ言いたいことあったんや。こってりで思い出した!」
「謀反ネタのことですか?」
「ちゃうねん。漫才の終わり方のことなんや」
「終わり方ですか?」
また、二人の話を遮るように店員がラーメンを持ってくる。
「はい、こってりラーメンです。ごゆっくりどうぞ」
どろっとした白味噌のような色のスープで、麺の一部分しか見えないこってりラーメン。ノブさんは、テーブルに置いてある容器からネギを大量にとり、ラーメンにのせる。ヒデさんは、擦ってあるニンニクを少しだけラーメンに入れる。
「まずは、食べよか。いただきます」
「いただきます」
ノブさんはラーメンを一口食べて、そのこってりスープに舌鼓を打ち、話始める。
「やっぱりうまいわ、こってりスープは。よう麺に絡むし」
「で、さっき、こってりで思い出したって何なんですか?」
「つまりやな、漫才の終わり方もさらっと終わるんやなくて、何というか、なんか引っかかるというか」
「パンチがあるということですか?」
「そう! ヒデちゃん、そのパンチっていう言葉好きやな」
「覚えたてなもんで」
「そやから漫才もパンチがある、こってりした終わり方の方がお客さんの心に残るんちゃうかと思てな」
「そりゃそうですね。謀反ネタで終わっても十分と思いますけどね」
「ちゃうねん、ヒデちゃん。例えばやで…」
ノブさん、箸で自分のラーメンのメンマを指す。
「例えば、このメンマが戦国武将やとする。ほとんどの戦国武将には、討死した記録や亡くなった記録があるわな」
「多くの人に目撃されて記録に残されてますね」
「でも中には」
ノブさん、メンマを箸で押し、こってりスープに沈めていく。沈んだメンマは、スープの粘性が高いこともあり、浮き上がってこない。
「あれ?いつの間にかいなくなった!とか、首が見つからないとか、本人の首かどうかわからないという話もあるわな」
「それ、私たちのことやないですか!? 首見つからないのは、タイムスリップしてここにいるからですよね」
「だから、あえてその事を秘密にせずに、最後にみんなの前でバラすのはどうかな? 衝撃の事実とか言うて…」
「何、考えてるんですか!ダメですよ、そんな終わり方。みんなから変な目で見られますよ。 オーナーが、絶対人に正体をばらさないように言ってましたよね」
ヒデさん、話にならないという怒りにも似た気持ちが込み上げてくる。そしてその気持ちをラーメンにぶつけるようにズルズルと大きな音を立ててラーメンをすすり始める。ノブさん、ヒデさんを宥めるように話かける。
「ほんなら、こんなんはどう? 」
「一応、聞きますが」
ノブさん、漫才の口調で説明する。
「戦国時代にも死んだかどうかわからない行方不明者がいますな〜」
「それで?」
「関ヶ原でどこかへ消えた島左近も、大阪夏の陣の大阪城から脱出したとも言われる豊臣秀頼も真田幸村も、そして首が確認できていない本能寺の変の織田信長も山崎の戦いの明智光秀も何らかの衝撃で時空を超え現代に来ているかもしれません。あなたのそばで戦国は生きている!!」
ノブさん、普通の口調に戻る。
「そこでヒデちゃんが、『そんなわけないやろ。どんな面下げて生きとんねん。信長やったら』と突っ込むねん」
「そこまで前振りしたらだいぶマシかな? それで」
ノブさん、自分の顔を指さす。
「こんな顔しとりますねん。そしたらヒデちゃんが『そんな腑抜けたおっさん信長ちゃうわ」とつっこむ」
「そこでハリセンですか?」
「まだやねん。続いてわしがキリッとした表情でこう言うねん。『天下…ふ…フ(笑)』とかわいくしめて」
「『何、かわいこぶっとんねん!』でハリセンをバン!ですね。わかりました!それぐらい信長を演じる感じでしたら笑いの範疇ですまされるでしょう。確かに終わり方に一捻り出ましたね」
「そやろ。ヒデちゃんのハリセンはいつでも打つのやなくて、特にわしが、かわいこぶった時に出るルールにした方が、お客さんも笑いに入りやすくなるんちゃうかな。さぁハリセンくるぞとお客さんは期待してみるからな」
「いい終わり方がみえましたね」
ヒデさん、ノブさんの話を聞いている内に表情がどんどん綻んでくる。ノブさんは、ラーメンが少しのびているのを見て、やってしまったという顔になる。
「あかん、話が長すぎた。麺がのびてるで。食べよ食べよ」
しばらく食事に集中する二人。ノブさんとヒデさん、スープを飲み干し、ラーメンを食べ終わる。
「ラーメンもおしいかったし、ネタの方向性も決まったし、有意義な昼食でしたねノブさん」
「そう言ってもらえてよかったわ。さすが天下一味の効果や」
「でも私はまだ勉強不足で知らなかったのですが、秀吉の子の秀頼や真田も大阪城から落ち延びたっていうのは本当ですか?」
「そういう話が、徳川ではなく、豊臣びいきの庶民の間で語り継がれていたらしいよ」
「私たちの伝説と同じですね。ノブさんは、生きて海外に行ったとか、私は長生きして徳川殿の参謀になったとか」
「わしらの伝説は作り話やけど、サルの息子の話はようわからんな」




