第15話:ガラシャの決意
深夜、ノブさんのアパートに帰宅するノブさんとヒデさん。部屋の中では小さなテーブルに乾き物のつまみを広げ、ノブさんが缶ビールを飲みながらお笑い番組を見て笑っている。その横では、ヒデさんが漫画日本の歴史図鑑という漫画本を真剣に 読んでいる。
「ヒデちゃん、このコント、めっちゃおもろいな」
「そうですか」
ノブさんは、全然テレビを見ていないヒデさんのノリの悪さに少しがっかりする。ビールもあんまり飲んでいないようなので再度、乾杯を促す。
「ヒデちゃん、今日はお疲れ。もう一度乾杯しようや、ヒデちゃんのナイスな働きぶりと漫才のつっこみぶりに。はい、ビール持って」
「持ちましたよ」
「ではかんぱーい」
「(少しテンション低めに)かんぱ〜い」
ノブさんは、また自分が知らないうちにパワハラ的な態度をヒデさんに見せていたのか一瞬心配になったが、食い入るように漫画日本の歴史図鑑を読んでいたことからそうではないと気づいた。
「なんかノリが悪いな〜。そんな漫画読んで、歴史の勉強になるか?」
「漫画でわかりやすくて、だいたいのこれまでの日本の歴史はわかるんですけど肝心なところが載ってなくて」
「肝心なところってどこや?」
「私の娘のことでして。珠という。細川殿に嫁いで、私が本能寺の変を起こしてからどうなったかとか」
「あの珠ちゃんか」
「ノブさんもご存知で」
「何いうてんねん、もう忘れたんか?一度、わしとあってるやん」
「はい、そう言えば、忠興殿との婚儀が決まった時に、珠とわしで報告にいきましたね」
「そうやがな。なかなかべっぴんさんやったな」
「そ、そうですか?」
当時を思い出し、自分が褒められているように喜び、照れるヒデさん。
ノブさんは、やっぱりその事かと思い、なるべく余計なことは言わないようにと考えた。ずっとヒデさんが娘の身を案じていたことから、いつかその話になるのではと心配していた。しかし、もうこれ以上過去に囚われず、目の前の漫才に集中して欲しいと考え、一つだけ事実を伝えようと決心した。
「珠ちゃんは離縁されてへんで」
「えっ、そうなんですか?」
「わしが高井オーナーから聞いた話では、細川忠興殿は、本能寺の変の時、ヒデちゃんに加勢せず髪をおろしたらしいな」
「それは、私も承知しております。その時、珠は?」
「屋敷に幽閉はされたが、その後も離縁せず妻として大事にされたそうじゃ」
「そうでしたか」
ヒデさんに笑顔が戻ってくる。
「だから安心して、漫才に集中してくれるか」
「わかりました。ちょっとすっきりしました。私もまだまだ歴史のことでは知らないことがいっぱいで。また400年分コツコツと学んでいきます」
「ほんなら明日もネタ合わせとか、やることいっぱいやから、そろそろ寝るで」
ノブさんの部屋の明かりが消える。夜空には美しい満月が輝いている。
慶長5年(1600年) 7月17日。その夜も満月が美しく輝いている。大阪城近くの細川忠興の屋敷のまわりには、大一大万大吉紋の多くの旗印。石田三成の軍勢が、細川忠興の妻、珠、洗礼名ガラシャを人質にしようと屋敷を取り囲んでいた。
その頃、屋敷の奥の間では、ロザリオを持ちガラシャが祈りを捧げていた。
「デウスさま。この我が身が犠牲になろうとも、どうか主人、忠興の身をお守りください」
それからしばらく目を閉じ、心の中で祈りを続けるガラシャ。
「ごめん!石田殿よりこれが」
突然、鎧姿の家臣があらわれ、ガラシャに石田三成からの文を届ける。
文を広げ、深刻な表情で読むガラシャ。そこには、『今夜こそ三成の元へ人質として投稿せよ』と書かれていた。
「私は、三成の元へは行かん! まず次女や子供たちを逃すのじゃ。そして小笠原をここへ」
「はっ!」
家臣は足早にガラシャの元から立ち去る。ガラシャは、筆を取り、短冊に自生の句をしたためていく。その後程なくして鎧姿の家老、小笠原秀清が槍を手にガラシャの前にあらわれる。
「いよいよですな、お方さま」
「そうじゃな。私はキリシタン故、自ら命を殺めることはできん。小笠原、お主も覚悟はできておるか」
「できておりまする。すでにこの屋敷の隅々に火を放ちました」
「よかろう。これが私の辞世の句じゃ」
ガラシャは短冊を手に取り辞世の句を読み始める。
「散りぬべき 時知りてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ」
「お見事でございます」
「では、頼む」
ガラシャは短冊を側に置き、膝上でロザリオの先につけてある十字架を握りしめ、目を閉じる。家老の小笠原は、槍でガラシャの胸に狙いをつける。
「玉は父上の元へまいりまする」
「いざ!!」
小笠原は、勢いよくガラシャの胸を槍で突こうとする。ガラシャの意識は飛び、闇の世界が広がっていく。




