第14話:大坂夏の陣
大阪城、大手口。大手門に向かう橋。緑の陣羽織を着た大阪城ボランティアガイドの高齢女性が、10人ほどの観光客を引き連れ橋を渡っていく。
ガイドは橋の上で一度止まり、外堀を手で指しながら説明をはじめる。
「これが現在の大阪城の外堀になります。この外堀までの大阪城は、徳川政権下の大阪城の規模を示すもので、豊臣秀吉政権下の大阪城は現在の大阪城を含む、東西南北、それぞれ2kmのエリアの広大な城でした。では、この大手門から二の丸へ入っていきましょう」
ガイドの案内を遠目に見ていた佳澄と恵。
「めぐみん、久しぶりにガイドさんの説明、聞きにいかない?」
「うん、久しぶりだしね。今日は、他に予定ないから行こか」
二人も、ガイドとその集団に加わる。
豊国神社の前から桜門の橋にやってくる一行。桜門への橋を渡る手前で止まり、再びガイドが説明する。
「はい、みなさん。ここからいよいよ本丸になります。桜門の後ろに見えるのが、そう天守閣ですね。現在の天守は、徳川時代の天守を参考にして昭和5年に大阪市民の寄付で再建された天守です。豊臣時代は、今の天守よりも
すこし東側の本丸の角にあったと言われています。さて、問題です。その豊臣大阪城の最後の城主は誰だったでしょう」
ガイドの話を聞いている一団は誰も応えない。そこで恵が勢いよく手を上げてしまう。
「はい!」
「では、そこのあなた」
「豊臣秀吉の息子、豊臣秀頼です! 秀吉の家臣、大野治長と淀君の子という説もありますが!」
「詳しいですね。確かにそういう説もありますが…」
ガイドの説明を聞いていた老若男女の注目を浴びて、少し得意げになっている恵。佳澄は、余計な事しなくていいのにという目で恵を見ている。
「そう言われている理由の一つに、190cmほどあったという秀頼の背の高さがあげられますね。秀吉の身長は145cmぐらいといわれていますからね」
ガイドの説明を聞いていた人々がザワザワする。佳澄も少し驚いた表情。
「そんなに大きかったって知らんかったわ」
「大きいというのは聞いてたけど190cmって…」
しみじみと大阪城を見上げる佳澄と恵。
時は慶長20年(1615年)5月6日、申の刻(夕方16時ごろ)。現在の大阪城とは異なる、黒い壁色の天守が聳える大坂城本丸。赤揃えの鎧を着た武者たちの馬が桜門へ吸い込まれていくように雪崩れ込んでいく。
本丸御殿近くで馬を降りた六文銭の前立ての武者、真田信繁。女中が差し出した桶から水を飲み、兜を脱ぎ髪をかき上げ天を仰ぐ。
信繁は、道明寺の戦いで幕府軍を毛利勝永の軍とともに退けたが、後藤又兵衛を救出できなかった事を悔やんでいた。
「後藤殿の死は、決して無駄にいたしません」
その時、信繁撤退のしんがりを務めた毛利勝永が、信繁と再会。
「真田殿!」
「おう、毛利殿。ご無事でなによりでござる。しんがり、誠にご苦労であった」
「何の何のこれしき。それよりこのままでは幕府の軍勢がますます勢いを増しまする。真田殿はいかがお考えか」
「明日は、これまで毛利殿にも申し上げていた通り、茶臼山にて我らが陣をしき、家康本陣を叩く時を見極めまする。されど全軍の士気を上げ幕府方を動揺させるには、上様自身のご出陣が必要であると今から申し上げてまいりまする」
「承知した」
「では、これにて」
急いで、本丸御殿に向かう信繁。その姿を見送る勝永の心は沈んでいた。淀殿や大野治長らがいる限り、上様の出陣は無理だという思いが強かったからである。
本丸御殿の大広間では、総大将で鎧を身に纏った豊臣秀頼を中心に、淀の方、大野治長、長宗我部盛親などの家臣が、明日の幕府方への総攻撃の陣形図を見ながら軍議を始めていた。そこに信繁が到着。
「信繁戻りました」
秀頼は立ち上がり信繁を出迎える。立ち上がった秀頼はかなりの長身で筋肉質のがっちりした体格。その体格に反比例するかのように、おだやかな、やさしい顔の好青年である。
「又兵衛は残念であったな。じゃが、幕府の軍勢を退却させたのは、さすが戦上手の真田よ。いよいよ明日がこの戦の正念場よの。期待しておるぞ」
「はは〜」
信繁は、なかなか秀頼に出陣の件を言い出せず、手を握りしめたり目が泳いだりしている。その様子に気づいた秀頼が、信繁に声をかける。
「どうしたのじゃ信繁。何か言いたいことがあるように見えるが。申してみよ」
信繁は頭を上げ、鋭い眼光で秀頼を見つめる。
「上様に申し上げまする。明日の戦を有利にすすめ、家康の首を上げるためには何よりも上様自らの出陣が必要かと! 」
大野治長が、立ち上がり信繁を叱責する。
「何を言うか、信繁!! お主は上様のお命をどう思っておるのだ!!」
信繁は、治長の言葉にも怯まず、秀頼への上申を続ける。
「上様の出陣があれば我が軍勢の士気が大いに上がります。その勢いに乗り、この信繁がかならず徳川方をこの大阪から追い払ってみせましょう。拙者、真田信繁が命にかえてお約束いたしまする!」
淀の方も信繁を叱責する。
「いくら戦上手の真田とは言え、そのような策しかないのか?上様の命を盾にとって徳川を攻めるとは言語道断!!もう二度と、そのような申し出をするではない!! まずは、そちが毛利とともに家康本陣を攪乱し、家康の首をとってくるのが先じゃ! 上様、それでよろしいですね」
「は、はい。母上様」
申し訳なさそうに信繁の顔を見る秀頼。
「信繁、許せ」
「はは〜」
頭を下げる信繁は悔しさで唇を噛み締めている。




