第12話:ハリセン
まだ陽の高い時間の戦国バー・うつけの溜まり場。
初夏の日差しが入り口の準備中の札を照らしている。
店内の厨房では、髷を散髪で今風に短く整えたTシャツ姿のヒデさんが、ドリンクの作り方をノブさんから教わっている。
「まず、梅干しでござるな」
「そうじゃ。もう『ござる』はやめ。『ですね』 でいいやろ」
「はい」
ヒデさんは、ジョッキに梅干しを入れ、そこに焼酎を少しそそぐ。
「あとは、この炭酸入れて。氷もな」
「わかりました。ノブさん!」
「その調子や。これで梅チューハイのできあがりや。
この店では、順慶チューハイというてるがな」
「それは筒井順慶殿の家紋が、梅だからですか」
「その通り」
しかし次の瞬間、ヒデさんは急に下を向いて目を閉じた落ち込み、大きなため息をつく。
「ふ〜」
「どうしたんやヒデさん」
「実は秀吉との戦でそれがしへの加勢を筒井殿にお頼みしたのですが、筒井殿は動かれなかった事を思い出したのです。それがしは、上様を亡き者にした裏切り者として見られていたのですね。ほとほと人望の無さが嫌になりまする 。娘婿の細川殿にも見放されました。」
「もうええやないか、終わったことやから。それより、今のうちに今度のライブの練習しようや」
「漫才ですね」
店内の座敷の壁には、3ヶ月後の店のライブを宣伝するチラシが貼られている。そこには“うつけの溜まり場 戦国ナイト 笑いと音楽のゆうべ 出演:ノブヒデ、カンゴーズ、アコースティック侍、尺八お吟 投げ銭制”と派手に筆文字で書かれている。座敷に上がってくるノブさんとヒデさん。ノブさんは壁際に置いてある
戦国漫才 ノブヒデと書かれたハリセンを手に取る。
「それは何ですが? 大きな扇子ですか?」
「これはやな、ハリセンというてな。相手がなんかボケたら、これで相方の頭を叩きながらつっこみ入れて笑いをとるんや。それをヒデちゃんがやるんや。これまで二人で練習してきて思ったんやけど、ヒデちゃんのつっこみ、口だけやったら弱いねんな。ほんで、これも使ったらええんちゃうかなって。ちょっとやってみようか」
そう言ってノブさんは、ハリセンをヒデさんに渡す。ヒデさんは、ハリセンを刀のように振り回して、時々、自分の頭を叩いたりしてみる。
「どや。のってきたんちゃうか?つっこむ時に口だけやなくてわしの頭をそいつでどつくんや。わかったか?」
「上様の頭をですか?痛くはないですが、それはちょっと」
「ええから行くで」
ノブさんが、スタンドマイクがあるつもりで漫才の体勢に入る。横では、ヒデさんもスタンバイ。
「ノブで〜す」
「ヒデで〜す」
「(ノブさん)戦国漫才」
「(二人で)ノブヒデで〜す」
「まぁ、とにかく戦国時代が好きな二人で漫才やらしてもらってますけどね」
「ノブはノブナガのノブ、私ヒデは明智光秀のヒデをつかわしてもらってる漫才コンビでして。ひょっとして秀吉のヒデと思ったんちゃいます?」
「ちゃいまんねん。本能寺つながりですねんだからホンマは仲悪いんですわ」
「そんなことないですよ、(少し女性ぽく)ノブさんったら〜」
「おっさんの気持ち悪い部分はそれぐらいにしときまして…。ところでヒデちゃん!」
「何ですかノブさん」
「最近はどんどん医療が発達して平均寿命が伸びてきてるらしいな」
「わしも200歳ぐらいまで生きたいですわ」
「いくら何でもそりゃ無理やろ」
「失敬!」
自分の頭をハリセンで軽く叩くヒデさん。
「でもな織田信長やったら、きっとこう言うてると思うで」
「どんな風に?」
ノブさん、能の敦盛の一節を本格的に渋く舞いながら唄う。
「人間五十年〜。令和の世と比べれば〜 (突然かわいい感じになり)短かすぎるやん!」
「なに可愛い子ぶっとんねん〜」
ヒデさん、そう言いながらハリセンで恐る恐るノブさんの頭をハリセンで軽く叩く。ノブさんは怪訝そうな顔でヒデさんの方に振り向く。
「違うねんヒデちゃん。もっとバシッといかな。それにちょっとタイミングが悪いわ…。もう〜」
「それがしのしたことが…」
「それがしはもうええねん。わしとか俺とかにして!」
「ちなみにタイミングって何ですか?」
「ごめん、まだ教えてなかったな。タイミングとは、間合いとか間のことや」
「わかりました。今度はちゃんとやります」
「よっしゃ。ほな、短すぎるやんのとこからいくで」
「はい!」
「短かすぎるやん!」
「なに可愛い子ぶっとんねん!!」
今度は、そこそこ強くハリセンでノブさんの後頭部を叩く。
「ヒデちゃんそれやがな。それそれ。その感じで行くで。
まだもうちょっと声出して、ハリセンも強くてもええわ」
「わし、なんかちょっとスッキリしましたわ」
「まさか本能寺を思い出したんちゃうやろな」
「滅相もない。なんか笑いが生まれるコツを掴んだ気がします」
「よかった、よかった」
突然店のドアが開き、由美が入ってくる。持っていたスーパーで買った野菜や肉などが入ったレジ袋をカウンターのテーブルに置き、ペットボトルのお茶を一口飲む。
「はぁ〜。ちょっとだけ休んでいい、ノブさん」
「買い物ありがとうな。そこで休憩しながら、ちょっとわしらの漫才のさわりを見てくれへんか?」
「うん。わかった」
そう言ってノブさんとヒデさんは、漫才を始める。
「じゃ、やるで。本ネタから行こか」
「はい!」




