第11話:ノブヒデ誕生
美しい青空に聳え立つ高井が住むタワーマンション。
エントランスに入っていくノブさんとキャップから長い髪を出し、パーカーを着ているヒデさん。インターフォンのボタンを押し、高井の声がスピーカーに出てくるのを待っているノブさんだが、キョロキョロして落ち着きがないヒデさんが気になってしょうがない。
「あっ、ノブさん。今開けるね」
「ありがとうございます」
オートロックのドアが開き、ヒデさんの手を掴む。
「ヒデちゃん、行くで」
「今、この扉が勝手に開きましたぞ!何でござるかこれは?」
「そんなんええねん」
強引にヒデさんをエレベーターに連れていくノブさん。
高井は、窓の外に広がる景色を見ながら手の持った赤ワインを一気に飲み干す。高井の目の前には、申し訳なさそうにキャップを手に持ち、落武者のような髪型で下を向いているヒデさんがいる。その後ろには、腕組みをしたノブさんが余裕の笑みを浮かべている。戦国時代が大好きな高井なら、きっとこの状況を受け入れてくれるだろうという思いを抱きながら。
「いや〜話を聞いて驚きましたわ。こんなことがあるんですね。私もまだドキドキが止まりません。そうですか〜、この人が本物の光秀ですか。思ってたより背が高いですね。いや〜よくぞ生きてこの令和に来られましたな。私は大歓迎ですよ。 タイムスリップした侍でもいいとは言いましたけど、本当にこの時代にまた戦国武将があらわれるとは…。で、ノブさんは、もう許したんですか本能寺のこと」
ノブさんは、後ろからゆっくりとヒデさんに近づき、ヒデさんの肩に手を置く。
「はい、オーナー。こうして、二人とも生きているということは、これこそ天の定め。この令和で手を取り合い、何かを成し遂げよという天からのメッセージやと思ってます。これからはヒデさんにストレスの…」
その言葉を聞いて、急にノブさんのほうに振り向くヒデさん。
「スットレスとはなんでござるか。上様は先ほどもそう言われましたね」
「ストレスとは、精神的な苛立ちみたいなもんやな。わしが、ヒデちゃんに辛くあたった時の、ヒデちゃんの心の状態がまさにそれやな。だから先ほどわしが言いたかったのは、これからはヒデちゃんにストレスがかからないように、のびのびと生きて欲しいということなんや。もちろんわしはもうヒデちゃんに辛くあたったりせえへんで。何でも相談しながらやっていきたいねん。でもな、まずはこの世界で食べていかなあかんやろ」
二人の目の前にいる高井も、その通りだという感じでうなづいている。
「わし、この時代で生きていく自信はござらん。何ができましょうや?」
「なんかできますよね、オーナー。わしでもここまでできましたしね」
高井は、テーブルにワイングラスを置き、二人に話し始める。
「そうですね。ウチは今、人手不足なんで、ノブさんと私がいろいろ教えますから、まずはノブさんが店長の店で働きましょう。ヒデさんは、あの時代に鉄砲を使った新しい戦い方を編み出した柔軟な頭脳の持ち主ですから、令和の時代でも十分生きていけますよ。いや〜、本当に光栄です!信長さんと光秀さんが私の目の前にいることが」
少し困った表情でお互い顔を見合わせるノブさんとヒデさん。
「ああ、誰かに言いたい!!!でも秘密にしておきますね。ああ、興奮しずぎておしっこ漏れそうです。ちょっと、トイレに‥」
二人の前から、席を外す高井。ノブさんが、高井がいなくなった事を見て、大きく深呼吸する。
「ヒデちゃん。お主も立って、こうやって深呼吸してみいや」
「御意」
ヒデさんは、ラジオ体操の深呼吸のように手を上にあげ息を吸い、手を下ろすタイミングで息を吐き出すノブさんの動きを見ながら真似をしていく。
「はぁ〜。こうでござるか」
「そうや。もう一回」
ノブさとヒデさんが同時に、手をあげて深呼吸へ。
「はぁ〜。どうやヒデちゃん、だいぶ気持ちが楽になったやろ」
「は、はい。なんか、胸につまっていた塊がとれたような」
「そうや。その調子や。まずは、わしと一緒に、わしの店で働こうや。住むところも、わしの家でええやないか。遠慮せんでええ。もう上様でもなければ家臣でもない。同格や。この令和で言うたら友達やな」
「それでは、上様に迷惑が」
ノブさん、窓に近づき外の景色を眺めながら話し始める。
「そんなもん関係ない。わしも悟ったんや。この時代は武力で皆を押さえつける時代ではない。この時代は、笑いこそがこの国の民をひきつけ、幸せにするとな」
「笑いですか? よく家臣一同あつまって、酒の席で奇妙な踊りで皆が大笑いしていたあれですか?」
「それは戦国の世のことやろ。この時代は違う!ここでは、漫才というお笑いの芸が天下万民を幸せにする力をもってるんや」
「漫才ですか?」
「そやからヒデちゃん、まずはわしと一緒に働いて、生きるための銭をかせぐんや。そしてその合間に、わしが漫才を教えたるから、二人で漫才コンビやらへんか」
「コンビとはなんでござるか」
するとトイレから高井が帰ってくる。
「いいじゃないですか、二人で仲良くしゃべってますね〜。その調子でウチで働きましょう」
「高井殿、コンビとはなんでござるか・」
「相棒ですね。コンビといえば、ノブさんの店で二人でコンビで働きましょう。それこそ本格戦国バーそのものです。お客さんは本物とは知りませんけどね」
「ヒデちゃん、そうやってわしもこの高井殿に拾われたのじゃ。高井殿はこうも言われた。やりたいことがあったら、ウチで働きながら目指したらええと。そこでわしは、働きながらお笑いの道を目指したいとオーナーに相談したこともあるんや」
「そうでしたね、ノブさん」
「そやからヒデちゃん。ヒデさんさえ良ければ、わしと働きながら一緒に漫才の練習して、漫才で天下一にならへんか」
「本物の戦国武将がコンビを組む漫才ですか。いや〜、それは素晴らしい!」
「人を笑わせる力がそれがしにあるかどうかはわかりませんが、いいんですか?こんな不届きもので」
「是非に及ばす。ヒデちゃんがやりたけれれば、わしはそれでいい」
「ありがたき幸せ」
「そういうことでしたら、私がコンビ名考えていいですか?ノブさん」
「もちろんです。命の恩人ですから」
高井は、バーカウンターにメモ用紙と筆ペンを取りに行く。
「ヒデちゃん、漫才コンビというのは名前が大事なんや。まずそこからやな」
「そういうものですか?」
二人は、ソファーに腰を下ろす。目の前にメモ用紙とペンを持って高井が戻ってくる。そしてソファーに座り、メモ用紙に筆ペンでコンビ名を書き始める。
「どうですか、これは。シンプルでおぼえやすくていいでしょ!」
メモ用紙に書かれた、カタカナのコンビ名「ノブヒデ」。
「わしの父上の名前でもあるけど… 信長のノブと光秀のヒデでノブヒデですな」
「そう、お父上も信秀ですけど、ここはあえてお二人の名前からカタカナで。なのでノブさんもそうですけど、ヒデさんもこの時代で明智光秀と名乗るのは歴史上の有名人すぎてまずいので新しい名前をつけましょう。例えば…」
高井はノブヒデの横に二人の名前を書き添える。時田信治と福智厚秀と。
「ノブさんは、前に決めた時田信治。そしてヒデさんは、福と知力を持ち思いやり厚く優れている人の意味で福智厚秀と名付けましょう。いかがですか?」
「どうや、ええやろヒデちゃん」
「高井殿、かたじけない」
「いや〜、お二人の名付け親になれて、こんなに幸せなことはありません。
お店も漫才の練習もがんばってくださいね。期待してますよ」
「(二人で)御意!」
「そこは普段は『はい』で通した方がいいと思いますが‥」
少し呆れた表情を見せる高井。ノブさんも、自分がいつも同じ事をヒデさんに言っていることを思い出し、気まずそうな表情を見せる。




