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天地伝(てんちでん)  作者: 当麻 あい
26/53

2-14


    十四


 老朽化している板が、ぎしぎしと軋んだ。階段を降りて来たのは東堂だ。焼け焦げた二階の部屋を見てきたのか、ははあ、と言って肩を落としていた。

 「勘弁してもらいたいわあ。なんぼする思うてんの」そう言って座敷に上がると、瑠璃色の座卓の前にしゃがみこんで肩を鳴らした。大通りから店に入って来たタイマが、戸をぴしゃりと閉めて、鍵までかけた。

 「今日はもう休業にすべきだ。軒先に休みの札を立てといたよ」

 「勝手に、店をたたまんで欲しいなあ」

 東堂は苦笑を浮かべ、湯呑の中の茶をすすった。タイマも座敷に上がって、座卓の前にしゃがみこんだ。わしの方へちらと視線を移したので、鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

 「すまない。逃してしまったようだ。どうする?」

 快活に笑ったタイマの言葉に、東堂は意味深な笑みを浮かべて「それなら、問題ありまへんわ」と、言って茶を飲みきった。わしはその横顔を見つめながら「どういうことじゃ」と、つぶやいた。

 「あれの行く先は、大体見当がついとります」

 訳がわからず黙りこんだ。そもそも、なぜあのような獣の化け物が、わしを襲ったのか。否、なぜ東堂はそれを捕まえようとしているのか。タイマは目をかがやかせて、上体を乗り出した。嫌な予感がする。

 「あんなやつははじめて見た。火を使っていたぜ」

 「そらそうや。どういう変化の仕方したのか、よう知らんけど。火を使って悪戯するみたいで、そこらでよう目撃されとるんですわ」

 「狐が火を使うのは聞いたことがあるけどなあ。獣はどうして、火の玉を転がしたがるんだろう」

 「恐怖の対象だからと違いますか?誰もかれもが、火を怖がるはずあらへんのに、頭足らんなあ」

 愉快そうに笑っている東堂を遮って、タイマをきつく睨みつけた。

 「おいちょっと待て。わしにはまったく状況が飲み込めん」

「家出犬には、教えてやらん」などと幼稚なことを言われた。いろいろあって忘れていたが、こいつとは未だ喧嘩中だった。わしは盛大にため息をついて、呆れた顔でタイマを見つめた。

「貴様も案外、根に持つな」

 軽侮の声を上げたが、タイマの笑顔は崩れなかった。「これはお前の問題だ。自分で解決するんだね」と言われてつい腹が立ち、睨みつけた。それをそばで眺めていた東堂は苦笑を浮かべると、湯呑に茶をそそいだ。

「これも依頼の一つだったんですよ。なんでも、化け狸を捕まえて欲しいだとかで、大金を積まれましてね。さっきまでの乱暴な男どもは、まあご同業でしょうな。非人情な」

そう言って東堂は傷だらけの狸の様子でも思い浮かべているのか、宙空を見つめてため息をついていた。

 「心配はいらない」タイマはそう言って笑うと、わしの仏頂面を指さした。「次は、もっと良い方法で捕まえるさ。そうだろう八枯れ」

 らんらんとかがやく黄色い双眸を見つめながら、ようやく事態を飲み込んだ。その長い指先を睨みつける。

 「またわしを使ったな?」

 「そりゃ働かざるもの食うべからずだ。それに依頼内容の仕事は、まだ済んじゃいないぜ」

 「なぜ、わしがそんなこと」

 眉間に皺をよせて低くうなると、タイマは双眸を細めて、平生の通り快活な笑みを浮かべる。

 「一宿一飯の恩は働いて返すのが道理だぜ。やっちゃん」

 「旦那に言われちゃ、放っとく訳にもいかんしなあ。じゃあ、焼けた畳の代金は別途でいただきますんで。今回の給料でまかないきれんぶんは、貸しにしときましょう」

 「だ、そうだ。良かったな」

 そろばんを弾いている東堂を見つめながら、舌うちをした。「貸し」も、くそもあったものか。守銭奴め。不機嫌に息をついて、尻尾を巻いた。同時に、これほど馬鹿げた状況があったものだろうか、と辟易してきた。もうどうにでもなったらいい。

 「やれば良いんだろう」

 力なくつぶやくと、タイマは嬉しそうに笑って「そうでなきゃ、面白くない」と言った。毎度のごとく、すでにタイマのペースに巻き込まれているみずからに気がつき、もう嘆くことさえできなかった。



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