表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天地伝(てんちでん)  作者: 当麻 あい
24/53

2-12


    十二


 しばらくの沈黙のあと、タイマは勝手に淹れたのだろう、茶をすすっていた。白い湯呑を、琉璃色の座卓の上に置いて、背を向けて丸くなっていたわしの背中に触れた。そうしてなぜか、小さなため息をついていた。

 ちらと視線を向けて、タイマの鋭い双眸を見つめる。白い頬は色つやもよく、白髪も相変わらず痛みを見せず、さらさらと流れていた。その顔に快活な笑みを浮かべて、頬づえをついていた。

 「もう逃げないのか」

 そう言ったタイマの言葉に、ムッとして目を細めた。

 このときばかりは散々言っていた「人間の心」と言うものが、どうのようなものかわかったような気がした。タイマは、触れてほしくないと思う部分に、なんの気兼ねもなく、躊躇も見せず、触れてくる。ようは、図々しい奴なのだ。こいつには、繊細さというものが足りない。それは東堂のところで、しばらく厄介になっていて、ようやく知れたことだ。黙っていると、タイマは困ったように笑った。

 「なあ、帰って来ないつもりか?そいつは、困るぜ」

 本当に困っているのか、眉間に皺をよせて渋面をつくった。それは、あまりにも意外だった。もう二度と帰って来るな、と言われるとばかり思っていた。触れてはならない部分に、わしとて、触れたのだ。許されないだろうと、覚悟していたのに、このあっけらかんとした様は何なのだ。何か、企んでいるのだろうか。どうにも落ち着かず、タイマの顔をじっと、見つめた。

 「なんだよ、本当にしゃべれなくなったのか?」

 「どこから入ったんだ」

 「どこって、玄関に決まっているじゃないか」

 「気配がなかった」

 「お前が、気がつかなかっただけだろう」

 たしかに、子供が入口に立っていたことにも、気がつかなかったくらいだ。よほど、神経が疲労しているのだろうか。だとしても、わしは仮にも鬼だぞ。気配や、生物の動き、匂いで察知できなくて、どうするのか。なんだか、みずからの危機管理能力の低下に、頭が痛くなってきた。

 「なあ、八枯れ」

 「やかましいな。いったい何をしに来た。帰れ」

 わしが、苛立ってタイマの方を見上げると、タイマもムッとした顔をして、睨んできた。それは、珍しいものを見ているような気がした。

 「いい加減で、俺は怒るぜ」

 「勝手にしろ」そう言うと、タイマはついに癇癪を起した。わしの体にしがみつくと、顔を近づけてきてわめいた。

 「どうして、言うことを聞いてくれないんだ。お前がいなくちゃ、嫌だって言ったじゃないか。お前が、他のものになるのも、俺を嫌いになるのも、由紀を殺してしまうのも、ぜんぶ嫌だ。だからお前の葛藤なんか、知ったこっちゃないんだからな」

 ずいぶん、勝手なことを言う男だと、唖然とした。驚き、目を見開くと、タイマは不機嫌そうな顔をしたまま、わしの双眸を睨んだ。

 「逃げるだけなら、良いさ。でも、帰って来ないのは困るんだ」

 「貴様は、」わしは、呆れてため息をついた。「小さな子供か?それとも、気に入りの玩具をとられて、癇癪を起しているのか?ふざけるなよ。わしには、わしの生があって、貴様には、貴様の生があるだろう。それが、必ずしも重なるとは限らん。ましてや由紀と生を重ねると、決めたのだろう?それなら、いい加減でわしを縛りつけるのを止したらどうだ」

 タイマはそれでも怯む、と言うことを知らない。

 「お前も、一緒に重ならなくちゃ、嫌なんだから仕様がない」

 「貴様のそういうところに、うんざりしているんだと、なぜわからない」

 「いいから、一緒に帰ろう」

 「話にならん」

 「こっちの台詞だ」

 まるで子供の喧嘩だった。わしはついに天井を仰いで、脱力した。その時、いつの間に帰って来ていたのか、東堂が、わしとタイマの馬鹿げた言い合いに、嘴をつっこんだ。

 「なんや、夫婦漫才みたいやね。旦那もあまり、強引にしてると、本当に嫌われちゃいますよって」

 茶色い角刈りをかきながら、靴を脱ぐと、わしとタイマの前にしゃがみこんだ。新しい湯呑を座卓の下から取り出すと、それに茶をそそいだ。すすりながらわしの頭をなでながら「まあ、たしかに得難い友でしょうがね」と、言って笑っていた。

 「珍妙なところが良いだろう」

 「旦那に言われたくないと思いますよ」

 「でも本当によく気が利くんだ」

 「ちょこっとくらい貸して欲しいですね。いま人手が足りんので」

 「良いけど、金は取るぜ」

 こいつら、わしを何だと思っているのだろう。タイマと東堂を見比べて、深いため息をついた。なにより相変わらずの様子に、ここ数日、悶々としていたのはいったい何だったのか。そう思うと、無性に腹立たしくなってきた。

 そうして愚痴を吐く前に、店の玄関口で何かぶつかる音が響いた。わしは、口を開けたまま、しばし硬直し、それを見たタイマは愉快そうに笑っていた。東堂が億劫そうに「なんや、今日はえらい賑やかやなあ」と言って、立ち上がる。背後で何が起こっているのか。見るのも嫌だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ