〜4〜
いつも通り調理場で仕事をしていると楊さんが近づいてきた。心なしか少し急ぎ足に見えるのは気のせいだろうか。
「蓮花、もしかして何かやらかしたのかい?」
「え、どういうことですか?」
ヘマをやらかしたのかと聞かれ最近の行動を思い返すが、特に思い当たることはない。
「さっき若い武官の方から蓮花に伝言を頼まれたんだよ。休憩になったらこの前のところに来てほしいと」
「この前の……。あぁ!」
この前と言われ雲嵐のことを思い出した。またか、本当にもう一度会いに来るとは思わなかった。
「なんだかわかるかい?私にはさっぱりだったから心配になってね」
「大丈夫です、楊さん。ありがとうごさいます」
どうやら楊は蓮花が武官に対して粗相をしてしまったと勘違いしていたようだ。勘違いと分かり胸をなでおろした楊は、確かに伝えたからねとその場を立ち去った。
休憩時間になり蓮花はお昼ごはんを持って、例の木の元へに向かう。そこにはいつから待っていたのか雲嵐が立っていた。その姿を確認すると蓮花は待たせてはいけないと急ぎ足で彼の元へ向かう。
「お待たせして申し訳ありません」
「いや、こちらこそ急に呼び出してすまない」
あまり表情が変わったようには見えないが、少し眉が下がったように見える。彼は持っていた小さな包みをこちらへ差し出した。
「遅くなったが、この間の礼だ。食べ物に食べ物とは考えが安直だがどうかもらってくれ」
「食べ物ですか?開けても?」
「君のものだ。好きにしてくれ」
立ったままでは開けづらいので木の根元へ座ると雲嵐も腰を下ろした。包みを開けるとたまごと砂糖の香りが鼻腔へ広がった。
「いい匂い!初めて見る菓子です。なんというものですか?」
「俺もそこまで詳しくないのだが、マーラーカオ、というものらしい。たまごの入った生地を蒸した他国から伝わった菓子だと言っていた」
「他国からの……。珍しいものような気がするのですが本当に頂いてもいいのですか?」
初めて聞く食べ物だがとても美味しそうな匂いだ。珍しいものだったら高級品かもしれないと思い当たり、急に受け取るのが怖くなる。
「むしろ、こんなものですまない。女性には宝飾品などの方が良かったかもしれないな。あまりこういったことは慣れていないんだ」
「いえ!むしろこちらの方が嬉しいです。わざわざご丁寧にありがとうございます」
「時間を取らせてすまなかったな、まだ飯も食べてないだろう。じゃあ俺はこれで」
「あ、待ってください!」
そう言って立ち去ろうとした雲嵐を蓮花が引き止める。
「雲嵐様はお昼召し上がりましたか?まだでしたら良ければ一緒にいかがでしょう」
自分から提案しておきながら、蓮花は不敬にあたらないかと少し不安になった。しかし自分のためにここまで足を運んでもらったのだ。おそらく武官であろう彼が昼食を食いっぱぐれたとなると、午後からの仕事に支障が出るのではないかと思った。
「確かにまだだが、俺は何も持ってきていない」
「では、私の昼食とこのマーラーカオを分けっ子しましょう。美味しいものは誰かと共有すると美味しさも倍になりますので!」
「……そうか。ならお言葉に甘える」
そう言って腰を下ろした雲嵐に握り飯を1つ渡す。そしてたわいもない会話を交わす。雲嵐は武官であること。なぜここで空腹で休んでいたのか。それは遠征帰りで夜に宴があるからと休息をとらせてくれたはいいものの、昼食を取ると宴の食事が入らないから少量しか与えられなかったからだそうだ。
「じゃあもしかして私お餅あげない方が良かったでしょうか?宴の豪華なご飯が入らなかったんじゃあ……」
「いや、そこは心配しなくて大丈夫だ。元々あまり騒がしいのが得意ではないからな。宴も早々に引き上げるつもりだったから助かった」
「そうですか」
ほっと胸を撫で下ろす。握り飯を食べ終えマーラーカオへ手を伸ばす。半分に割り片方を雲嵐へ差し出した。
「では、いただきます」
「ああ」
口に入れた瞬間ふわふわの食感に驚く。こんなに柔らかいもの食べたことがなかった。さらに卵のいい風味が広がり鼻から抜ける。思わず目を大きく開いてしまう。こ、これは美味しい……!蓮花は自分の口角が上がるのを抑えられないでいた。
「雲嵐様!これめちゃくちゃ美味しいです!!」
ばっと雲嵐の方を向いて力説する。勢いに押されているのか雲嵐は固まったままだ。
「こんなに美味しいもの初めてです……。幸せ……。」
弟妹たちよ。ごめんね、お姉ちゃんだけ美味しいものを食べてしまって。みんなの分まで味わっとくからね。蓮花は心の中で弟妹たちにわびる。
「さ、雲嵐様も食べてみてください!」
「っあぁ、そうする」
はっと我に返ったような反応を見せた雲嵐はマーラーカオを口に含んだ。
「確かに、美味いな」
「ですよね!」
こくりと頷く雲嵐はもぐもぐと食べ進めていき、あっという間にマーラーカオはなくなってしまった。
「あ、そろそろ休憩が終わる頃ですね。今日は本当にありがとうございました!」
「こちらこそ、お礼のつもりがご馳走になってしまったな」
「美味しいものは分けっ子したら更に美味しいんです。雲嵐様といただけて良かったです。それでは、もう戻らないといけないので失礼いたします」
雲嵐に一礼して蓮花は持ち場へ向かう。雲嵐は蓮花が去ったあともしばらく木の下でとどまっていた。