〜3〜
帰宅した蓮花は夕餉の準備をしている母を手伝おうと台所へ向かう。
「ただいま帰りました、母様」
「蓮花、おかえりなさい。今日もお仕事お疲れ様」
こちらに背を向ける母、蘭玲に声をかけるとぱっと振り返る。どうやら最後の汁物の準備をしているようだ。
「私も手伝うわ」
「お仕事で疲れているでしょう?屋敷でくらいゆっくりなさいな」
「今日は何かしておきたい気分なの。大根を切ったらいいかしら?」
そう自分で言っておきながら大根という単語で今日大根餅をあげた雲嵐という男性を思い出す。なんだか彼の様子が近所にいた犬を思い出させる。あの餅を食べている時のきらきらした目といえば。蓮花は思わず小さな笑みをこぼした。
「なあに?今日はいい事でもあったの?」
「いいえ、なんでもないわ。さ、あとは私がやるから母様はゆっくりしてて」
「あら、娘と一緒に台所に立つのも母様の楽しみなのよ。奪わないでちょうだい?」
ふふふと2人で笑いながら夕餉の準備をすすめていった。
日が暮れた頃に父、王琳も帰宅して家族みんなで食卓を囲む。
「今日のご飯も美味しそうだ。では頂くとしよう」
「僕大根餅食べる!」
「私も!」
三女の玲玲と次男の王偉が勢いよく食べ始める。
「喉に詰まらせないようにちゃんとお茶も飲むのよ?」
次女の蘭翠がそれをたしなめる。
「ん、今日も美味しい」
長男である王静は頷きながらご飯を食べ進め、そんな食卓を大黒柱である父が微笑ましそうに眺める。これが柳家の日常であった。
「そういえば王静、科挙の勉強はどんな調子だい?何か分からないことがあればいつでも聞くんだよ」
「ありがとう、父上。今のところは順調に進んでいると思う。あ、そういえばこの前分かりにくかった問題があるんだ。またあとで聞きに行ってもいい?」
「もちろんだとも」
蓮花のすぐ下の弟である王静は官吏になるための試験、科挙に向けて勉学に励んでいる。長男ということもあり家計のことなども理解して早く助けになるべく科挙を優秀な成績で通過したいと考えているようだ。姉としてはそんな細かいことは気にせずのびのびとすごしてもらいたい思っている。幸い勉強に励むことも官吏になることも本人の意に反しているものではないということなので、ありがたく家族で応援しているという訳だ。
蓮花はふと宮廷で見かけた雲嵐を思い出す。そういえば、なぜ彼はあんな庭の隅で座り込んでいたのだろうか。宮廷にいるということは働いているということだろうが官吏にしてはがっしりしていたように見える。武官なのだろうか。しばらく思考を続けてみたが、まあ、そう関わることもないだろうと蓮花は考えるのをやめて食事に専念した。
注釈
柳家兄弟()内は年齢です
蓮花(17)
王静(15)
蘭翠(12)
玲玲(9)
王偉(7)