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蓮の花は後宮で輝く  作者: 速見 沙弥
2/46

〜2〜


蓮花は昨日分けてもらった大根で作った大根餅をお昼に食べる用に持ってきていた。


調理場の休憩所は人が多いため庭の隅にある大きな木の木陰で食べようと腰を下ろす。事前に餅は鉄鍋で温めてきているので準備は万端。さあ食べようと口を開けた時だった。近くから犬の唸り声のような大きな音が聞こえた。不思議に思って辺りを見回すが特に動物らしきものはいない。首を傾げながら餅を頬ばろうとするとまたもや同じような音が聞こえる。やはり幻聴ではなかったのかと辺りを見回し、まさか、と思いつつ背後を見るとそこにいたのは大きな犬ではなく座っている大きな男性だった。


「うわっ」


あまりの衝撃に思わず声を漏らしてしまう。どうやら男性は唸っているようだ。寝言だろうか?


「腹が……」

「え?」

「腹が減った」

「……」


どうやら先程の唸り声はこの男性のお腹の音だったらしい。それに気づいた蓮花は込み上げる笑いを押し殺しながら男性に向かって餅を差し出す。


「よかったら食べますか?大根でできたお餅なんですけど温かいですよ」


それまで下を向いていた男性がばっと顔を上げて蓮花を見上げる。そこで初めて蓮花がいることに気づいた様だった。


「すまない……。情けないところを見せてしまったようだ。ありがたいが、年下の少女から食べ物を奪う訳にはいかない」


男性は少しバツが悪そうに眉を下げながらそれでもやはり空腹には抗えないのか差し出した餅から目を離さない。言葉と態度の真逆さにさらに笑いが込み上げてきそうになるが我慢して蓮花はお箸を男性に渡した。


「私の分はまだあるので是非食べてください。空腹を侮ってはいけません。お腹が空いていると苛立ってしまったり悲しくなったり余計な心の負担が増えてしまいますからね」

「しかし……、いや、そこまで言ってもらえるのであらば喜んで頂くことにする。ありがとう」


そう言ってお箸を受け取ると男性は勢いよく餅を食べ始めた。勢いはいいのだが汚さなどはなく食べ方から育ちの良さがうかがえる。安易に差し出してしまったがもしや大根餅など高貴な方に食べさせるなんて失礼にあたるのではないか、と思い当たり蓮花はだんだん不安になってきた。


「あ、あの、大根餅なんてもしかしてお口に」


合わないかもしれないと続けようとした時、男性が天を仰ぎ出した。不味すぎて飲み込めないのか、と心配になった時彼は呟いた。


「美味い……!」

「へ?」

「こんなに美味いものとは…。大根の風味がするがこのもちもちとした食感。甘辛いタレと絡んで箸が止まらん」


そう言い放ち残りをぺろりとたいらげてしまった。ひとまず口には合ったようでなによりだ。

気がつけば休憩時間がそろそろ終わりそうなことに気づいた蓮花は入れ物とお箸を受け取り持ち場に戻ろうとした。


「では私はこれで」

「っ待ってくれ、世話になったままでは申し訳がない。君の名を教えてくれないか?必ずこの恩は返す」

「そんな大層なことでもないのでお気になさらないでください」

「俺のわがままだと思って教えてくれ」


若い男性に真っ直ぐ目を見つめられる経験などあるはずのない蓮花はいたたまれずこの場から離れたいがために名を告げることにした。


「蓮花です。柳 蓮花」

「蓮花か。俺は……雲嵐(ウンラン)、今日は助かった。本当に美味かった」

「そっ、それは良かったです。……では失礼いたします」


蓮花はそそくさと彼に背を向け調理場に向かった。しかし自身の背中に彼からの視線が向けられているような気がして振り返ることはできなかった。もう目の前にはいないはずの彼の翡翠の瞳で射抜かれるような強い眼差しが蓮花の脳裏に焼きついていた。




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