〜1〜
「今月の出費も多いなあ……」
額から流れる汗を拭いながら蓮花はため息をこぼした。今月は少し余裕があるかもしれないと期待していたのだが、つい先日父の友人の娘でもあり自身の幼なじみである小鈴がある貴族に嫁ぐことになったと便りが来たのだ。貴族の婚姻とあってはお互い軽い付き合い程度だとしてもお祝い金を渡さない訳には行かないわけで。突然の出費が決まった時は思わず情けない声を上げそうになってしまった。
そもそも普通であれば三省六部の頂点にほど近いはずの尚書令左僕射柳 王琳の長女である蓮花が家計を気にする必要はないはずなのである。何故こんなことになっているかと言うと祖父母の代まで遡る。
祖父母の代までは下級貴族とはいえ何不自由なく過ごしていた。しかし世間知らずが故に怪しい掛け軸や骨董品などを買わされてしまい借金を負うことになった。長男である王琳はその時既に官吏として働いており何とか借金を工面できる程の貯蓄があったためそれらを返済にあてた。さらに程なくして人が良い王琳は信用していた友人の借金の保証人をしていたのだがなんと友人が失踪してしまいその分の借金を背負い込むこととなってしまったのである。そのため左僕射として高い給金を貰っている現在もほぼ全てが生活費と借金返済に当てられてしまうということだ。長女である蓮花は幼い弟妹達に苦労はかけまいと数ヶ月ほど前から宮廷の調理場で小間使いとして働くことにした。母の蘭玲は年頃の娘にそんなことはさせられないと止めたが家計が苦しいのは事実なので背に腹は変えられないと蓮花は今こうして宮廷にいるというわけだ。
「蓮花!次こっちも頼んでいいかい?」
恰幅のいい中年男性が大根が入った桶をこちらへ運んでくる。
「はーい!ちょうどこっちも終わったんでこの桶お願いしてもいいですか?」
「あいよ!蓮花はよく働いてくれてみんな助かってるよ。今日は暑いから倒れないように気をつけるんだよ」
「ありがとうございます。日が上がりきらないうちに終わらせちゃいますね」
中年男性、もとい料理人の楊は汗を手ぬぐいで拭きながら一息ついた。
「それにしても今年は大根の出来がすごくいいみたいだ。調理される時に省かれるクズ大根でもすごく美味しそうだし。……そうだ蓮花、良かったら持って帰るかい?クズ大根とは言っても市場で出回るものより質がいいし、捨てるにはもったいない」
「え、いいんですか?!喜んで頂きます!」
先程まで月末までの食費をどうするかと考え始めていた蓮花にとっては思ってもみない申し出だった。
「ははは、そんなに喜んでもらえると大根たちも本望だろうね。また帰る時に声をかけてくれるかい?その時に渡すよ」
「はい、お願いします!」
楊が調理場の方に向かっていくと蓮花は気持ちを切り替えて土にまみれた桶に向かい合う。
「よし、今月の救世主、大根が待ってるぞ!」
袖を大きくまくり直し気合いを入れ直す蓮花であった。