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たださみしかっただけ  作者: 朝月
五章 キキ
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No.15  封印

 ハイネの後をついて行くように階段を降りると、ハイネがクルッと振り返る。

 事務所にいる間はまだ反転目のままだったのに、今は元に戻っている。

 キキが魔界に帰ったのだろう。

 忌力枯渇症になっていないか心配だが、キルと違って人並みに忌力のあるハイネは大丈夫そうに見える。

 少し見つめ合っていると、どうしたらいいのか分からなくなってキルの方が先に目を逸らしてしまう。


「……リルさんはああ言ってくれたけどお姉ちゃんは怒ってるよね? 私の事嫌いになった?」


「ッ嫌いになる訳ないだろ?!」


 逸らしていた目を咄嗟にハイネに向ける。

 そんなつもりで目を逸らしてしまった訳じゃない。

 本人は笑っているつもりだろうが作り笑いだということは人を疑わないキルにもわかる。


「それに怒ってもない、ただ――」


 そこまで言って言葉に詰まる。

――お前の目的が俺の幸せってどう言う事だ? 俺の事恨んでないのか?

 なんて、そんな事気軽に聞けるならさっき目を逸らしたりしなかった。

 そんなキルの様子を見て微笑むハイネも意を決したように口を開く。


「お姉ちゃんはソルお兄ちゃんの事、好き?」


 何でそんなに悲しそうに笑っているのだろう。


「……何でそんな事聞くんだ? ソルの事はすきだよ。誰だって嫌いな奴とは一緒にいないだろ?」


「それはどういう好きなの?」


 再び言葉に詰まる。

 ソルも意味とか言っていたが、すきに種類も意味もあるのだろうか。


「私はソルお兄ちゃんの事好きだよ。でもお兄ちゃんはお姉ちゃんが好きなの」


「さっきハイネが言ってた事だろ。ソルもあれくらいでお前の事嫌うような奴じゃない。すきなら一緒にいればいいじゃないか」


「ううん、ただ好きなんならそれでもよかったの。でも一緒にいたら私はソルお兄ちゃんの好きな人になりたくなっちゃうから」


 どうも話が噛み合わない気がしてならない。

 何でハイネはソルから離れようとするか。

 最初からソルがハイネの事もすきなのは明白なのに。


「もうなってるだろ? ソルは嫌いな奴をすきなフリは絶対しない。昨日再会した時も喜んでたじゃないか」


「違うんだよお姉ちゃん。私の好きは恋愛感情の好きなの。お姉ちゃんは違うの?」


 雷に打たれた様な気がした。

 だってそんな事考えた事もない。

 ハイネの言うどういうってそういう意味だったのか。

 じゃあソルが言ってた意味っていうのも――

 心臓が痛い。

 嫌だ、考えたくない。

 背筋が凍るほど硬くて少しだけ温かい何かが身体を包み込む感覚、ソルとは違うそれは人生で一度しか味わった事ない感覚。

 それが何だったか思い出せない。


――誰からも愛されませんように。誰も愛しませんように。誰からも愛されませんように。誰も愛しませんように。


 幾度となく繰り返される言葉、思い出せない。


――私がそうだったんだからあなたもそうならないと不平等でしょう。


 聞き覚えのある誰かの声だと気づいたが、誰の声かを思い出す前に右目の古傷が痛み始めた。

 十年以上前の身体の古傷も次々と痛み出す。

 動悸もし始め心臓辺りを掴む。

 愛するって何だ。

 すきと、愛って何が違う。

 ダメだこれ以上考えたら、目が痛い――


「お姉ちゃんは気づいてないかもしれないけど、お姉ちゃんもそういう意味でソルお兄ちゃんの事好きなんでしょう? お姉ちゃんが自分の気持ちに気づいてくれたらいいなと思ってお兄ちゃんの気持ちを『好感度操作』で無理やり捻じ曲げてそれで――どう? ちゃんと嫉妬した?」


 ハイネの声はちゃんと聞こえている。

 言っている意味も理解できた。

 嫉妬も多分したんだろう。

 レイがそう言ってたから。

 でも本当の所はわからない、自分の気持ちなんて考えても考えてもわからないんだ――


「ハイネ……」


「ごめんね困らせて……だってお姉ちゃんは私に何でも譲ってくれるから。ソルお兄ちゃんの事だって私が好きなの知ったら引き下がるでしょ? ……お母さんの事だって、お姉ちゃんは自分ばっかり責めてるじゃん! 私はあんな人、一回だって母親だと思った事ないよ。私の家族は最初からお姉ちゃんだけ。私を守る為にしてくれたのはわかってる。だからもう自分を責めないで、たった一人の家族に気を使わないで」


 痛む身体にハイネの温もりが触れる。

 再会した時とは違うこの温もりは子供の時以来で、身体が思い出したかのようにハイネを受け止める。


「……俺の事、恨んでない、のか?」


 口から勝手に出た言葉。

 聞きたくても怖くて逃げてきたその言葉を放つと次第に全身の痛みが引いていく。


「恨んでる訳ないじゃん!」


 キルの背中に回っている手に力が入るのがわかる。

 十年間ずっと心に引っかかっていた何かが取れた。

 身体がスッと軽くなった気がして目頭が熱くなる。

 しかし妹の手前また泣くなんてできない。

 少しだけ上を向いて潤んだ目が治る事を祈る。

 ハイネに気づかれないように。


「今でもお姉ちゃんが無理にでも私の事しようとしてくれてるのはこの二日間で痛いほどわかったから……でももうそんな事しなくていいんだよ。姉妹だもん、少しくらい対等な関係でいさせて? それに私もう十五才だよ? もうお姉ちゃんに守ってもらわなくて大丈夫だから、お姉ちゃんはお姉ちゃんの為に生きて、昔辛い思いした分も沢山幸せになって? 私はその方が何倍も嬉しいよ」


 ハイネの目的――キルがハイネの幸せを願っていたのと同じ、ハイネもキルの幸せを願っていたという事を今頃になって理解する。

 もし母親を事故で殺してしまったのがハイネだったとしたら、そのせいでキルに負い目を感じていたとしたら、キルもきっとどんな手を使ってでもハイネをあの呪いの様な暗闇から助け出そうとする。

 そんな事に今更気づくなんて。

 ハイネの事を信じているようで信じていなかったのかもしれない。

 誰になんと言われようと母を殺した事実は変わらないし、罪悪感も一生感じ続けるだろう。

 でも今その罪悪感から助け出そうとしてくれているのは目の前にいる――大切な世界に一人だけの可愛い妹。

 でも――


「ハイネ……俺は対等ではいられない、何才になったってお前は俺の妹なんだ。離れていた分少しくらい姉らしい事させてくれ、な? だからこれからも一緒に――」


 その言葉を聞くとハイネがゆっくりとキルから離れて行く。

 ハイネの表情は先程とは違って本当の笑顔になっている様な気がした。


「お姉ちゃんがそう言うのは何となくわかってたよ、だから私は出て行くの、私だって妹なりにお姉ちゃんの為に何かしたいんだよ。だから出て行くのを止めないでね? また一緒に居られなくなっちゃうけどたまには連絡してね」


「……そう言われると何も言えないな」


 妹の要望を優先したいという姉心を掌握した話口に思わず笑みが溢れる。


「でしょ? お姉ちゃんが私を嫌ってくれなかった時に言いくるめる文句ずっと考えてたんだら!」


「なにがあったって嫌う訳ないだろ……いつの間にか大きくなったんだな」


「お姉ちゃんが気づいてなかっただけ! 私はずっとこんなだよ!」


 いたずらっ子のように笑うハイネは子供の時と何も変わらない。

 でもキルが知らないだけで中身はきっともう大人になっているのだろう。

 キルがずっと見てなくても大丈夫な程に。


「……連絡はする、だから気が向いたら遊びに来い、今度また色んなこと話そう。姉妹水入らずで」


 そう笑顔で話すと、ハイネもより一層嬉しそうな顔になり、元気な返事をする。


「うん!!」






 少しの間今後の事を話しているとハイネもいつの間にかキルと一緒に住んでいた頃の様に子供っぽい言動が増えてきた事に気づき「そろそろお別れだね」と言ってキルを追い越して階段を駆け上がる。

――これ以上一緒にいると離れるのが嫌になっちゃう。

 ハイネを呼び止める声に振り返ると手を振って階段を上がる足を早める。

 姉の部屋から手荷物を取ったら桃源郷ともお別れだ。

 元いたアパートに置いてある他の荷物を取りに行って、新しい居住地を探して、今からやる事は沢山ある。


――そういえばキキがやりにくいって言うからレイさんにも魔術使ったのにケイルで操れなかったな……キキのケイルは恋愛感情で私の事好きな人しか操れないし、その為に魔術使うんだけどそもそも恋愛感情持った事ない人はその感情を知らない訳だからケイルで操れるまで好感度が上がらないんだよね。でもレイさんはそんな事無さそうに見えるけど……対キキ用の何かを知ってたのかな?


 そこまで考えて自身の足が止まっている事に気づき急いで動き出す。


「まあキキと仲良しなんなら操られないような策持ってても不思議じゃないよね!」

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