No.14 脅し文句と現実
最上階の廊下ではハイネが話を続けていた。
固有武器を出す素振りもなく、逃亡する素振りもないのでミルは黙って話を聞いていた。
「お姉ちゃんもソルお兄ちゃんの事好きなのはわかってます。でもお姉ちゃんあんな感じだから気づいてないでしょ? それ以前に恋愛とか恋心とかもわかって無いと思います。だから今回の作戦でお姉ちゃんにそれを自覚させて二人にくっついて貰おうと思ったんです。そうしたら私もキッパリ諦められます。どうですか? 私って自分勝手でしょう?」
ニコニコと笑うハイネの顔を見て作り笑いの仕方はキルにそっくりだと思う。
姉の事を大切に思っているのがヒシヒシと伝わってくる。
――この子はミルに罰して欲しいんだろうな。
しかしそれを叶えてあげたとしてハイネはこれからどうなる?
中途半端に怒ったところで何にもならない。
ミルから与えられた罰が自己満足だと気づいた時、姉に対して自責の念を抱えたままずっと生きていくのだろうか。
それはとてもとても苦しい事だというのに。
絶対にそんな事はさせない。
「……自分勝手だとは思わないよ。本当に自分本意でやってるなら今そんな顔しないでしょ? ここに来てからずっと演技してたのわかってたよ。全部キルの為なんだよね?」
「……」
案の定ハイネは何も答えない。
――何も責められない事が辛い事もわかってる。
「でも周りの人を巻き込んだのは良くなかったね」
ハイネがやっと頷いてくれる。
自分のした事が正しいかどうかなんて誰にもわからない。
ましてや自分で判別できる訳無いんだから。
「あのねハイネ――」
ミルが近づいていくと、ハイネは目を伏せる。
友好的なフリはしてたけどきっと本当は人付き合いが苦手な子なんだろう。
「桃源郷の職場恋愛事情って複雑なんだよ。なんかもうね、なんて言えばいいかわからない感じに」
ミルの静かな声色と話している内容とのギャップにびっくりしたのかハイネが顔を上げるとミルはうすら笑みを浮かべている。
「えっと……」
「選択肢一つ間違えばバッドエンドまで一直線くらい複雑。本当に」
あながち嘘でも無いが誇張して伝える。
ミルは食事処の仕事より、何でも屋の仕事をしている方が多い、つまり誰かと二人きりで仕事に行けば必然的に詳しい話を聞く事になる。
「上手くいってくっつくならいいんだよ。でもね、決裂なんて事になったらここもう終わりだから……」
キルへの罪悪感じゃなくて巻き込んだ事への罪悪感なら時間が経てば薄れる。
所詮は他人だから。
「ご、ごめんなさい……私はもうすぐ出ていきますから」
「出て行けなんて言ってないんだよ?! 決裂なんて大袈裟に言っただけだから! 皆慎重だから滅多な事ないとそんな事にならないから!」
慌てて軌道修正するが、ハイネは首を横に振る。
しまった、脅しすぎてしまっただろうか。
「違うんです。元々出て行くつもりだったんです」
ジッとこちらを見る瞳は迷いが無く、何か思惑があるようにも思えるが聞くのは野暮だろう。
出て行きたいというのを止める訳にもいかない。
「わかった、でもちゃんと皆に謝ってからにしようね。じゃあレイ達の所に戻ろうか」
――次キルに会いたくなってもまた来れるように。
そんな事は敢えて口に出さないが、ハイネとキルがもう会えないなんてきっとどちらにとっても良く無い事だから。
扉が開いたままの多目的室からはレイとキキの声が廊下まで聞こえていた。
何やら言い争いをしているようなので無意な争いを止めるべくハイネと一緒に部屋の中に入って行く。
パッと見、二人の姿は見えず、声だけが聞こえる。
「レイ、丸く収まったからもう皆の所に――」
「わ、わ、やめて、今回の事は私が悪かったから!」
ミルの声は切羽詰まったようなキキの声でかき消された。
驚いて声がする方を見れば、床で取っ組み合いのような事をしている悪魔型が二人いた。
取っ組み合いと言ってもレイがキキを襲っているようにしか見えない。
レイの片手には人質のようにキキの尻尾が握られている。
……これはハイネに見せても大丈夫なやつなのかな。
「契約者の作戦を詳しい事聞かずにオッケーした私が悪かったから! だから尻尾触るのやめてよ! 本命に対する好感度下げてないだけいいと思いなさいよ!」
「そういう問題じゃないでしょ! それに相手の他の人に対する好感度いじるのは忌力使いすぎるから一日に一人が限界じゃん! 昔倒れたの忘れたの?! やろうと思ってもできなかっただけでしょ! ちゃんと反省して! ここの人達の関係性はめちゃめちゃ複雑なの!! そこの所ちゃんとわかってるの?!」
新参者から見てもやっぱり複雑なのか。
それとも観察眼の鋭いレイだからこそそう思うのかはわからない。
「それは知らな……や、あ、やめて!!」
徐にレイが掴んでいるキキの尻尾を指の腹で撫でたり爪で軽く擦ったりすればキキが息を殺して嬌声を上げる。
これは見せたらいけないやつだな。
「触られたくなかったらちゃんと隠しておけっていつも言ってるじゃん! 弱点隠してないキキが悪い!」
ゆっくり後退りをしながらハイネに先に行こうと伝えようと口を開いた時、ハイネの方が先に声を発する。
「……先に行きましょうか」
「……そうだね」
全てを察したような顔をしたハイネを先頭に部屋を後にする。
部屋を出た瞬間「あ、お兄ちゃん達ケイルから解放されてる」とハイネが呟き、右目のケイルを消しているのを横目にミルはこれからの事を考えていた。
リル達になんて説明しようかと考えれば考えるほど頭が痛くなりそうだ。
リルに通信すると、もう皆事務所に集まっているらしいので急いで階段を降りる。
やはりハイネの足取りは重い。
三階分の階段を降り、事務所の扉を開けるとリル以外は皆明後日の方向を向いている。
気まずい雰囲気が漂っており、死にゲーとは誇張ではなかったのでは、と思ってしまう。
この短時間で一体何があったのか見当もつかない。
ハイネから視線を感じて顔を向ければ「やらかしちゃった」とでも言いたげな顔でこちらを見ている。
そんな時、この雰囲気を壊してくれそうな声がミルの後ろから聞こえた。
「主犯、というかきっかけ作った犯人捕まえたよ!」
いくら短くとも一時間は降りてこないと思っていたレイの声に驚いたが、レイはミル達が入るのを躊躇していた事務所に一時停止することも無くズカズカと入って行く。
げっそりした顔のキキの腕を引っ張って部屋の中央の方まで行くのでハイネと一緒に後に続く。
「……私がハイネと契約したせいでこんな事になりました。ゴメンナサイ」
「あっ待って!」
キキが後半は棒読みの謝罪の言葉を述べるとミルの後ろにいたハイネが慌ててキキの隣に行く。
拒絶されるかもしれないのに名乗りでるなんてこの子はきっと強い子だ。
「キキは悪くないんです。作戦を考えたのも私だし、キキには手伝って貰っただけなんです!」
「ハイネ……」
キキが悲しそうな顔でハイネを見るが、ハイネは大丈夫だよ、と言わんばかりにニカッと笑う。
「皆さん今回の事本当にごめんなさい、私の目的はお姉ちゃんに幸せになってもらう事でした。でもこんなやり方しか思いつかなくて……許してもらえるとは思っていませんし、私は責任とって出て行きます。でももしよかったら桃源郷にキキを置いてやってくれませんか?」
「え?! ちょっとハイネ?!」
誰もが予想していなかったであろう発言に当人のキキが驚いて言葉を返す。
「え? てっきりそうしたいのかと思って。レイさんと楽しそうにしてたから……」
「いじめられてたの!」
口に手を立ててわかりやすくキキを揶揄うハイネは今まで見た中で一番楽しそうで少し安心する。
キキが残るならハイネもまたキルと会う事もできるだろう。
「桃源郷に入りたかったの? 僕は別にいいよ?」
「いいの?!」
「いいんですか?!」
ハイネもダメ元で言ったつもりだったのだろうか。
驚く二人と不思議そうに首を傾げるリルは対照的で少し面白い。
そういえばレイも就職決まった時こんな顔してたっけ。
「うん、後で面接は受けてもらうけどね。それと僕達は別に怒ってないよ? 敵襲なんてよくある事だし、レイ君も元々は敵だったしね。だからハイネ君も無理に出て行く事は無いんだよ」
リルがハイネを勧誘する事は意外――でもなくキルの事を思っての事だろう。
双方がそれでいいならミルはそれを尊重するのみ。
しかしハイネのあの話ぶりじゃここに残る事はないだろうな。
「……ありがとうございます、でもこれは私のケジメです。短い間でしたが今までお世話になりました……お姉ちゃん、あんな事した後だけど出て行く前に少しいい?」
部屋の隅で一言も喋らなかったキルにハイネが話しかける。
キルも怒っているような感じはないが何か迷っているのか、少し間を置いからて小さい声で返事をするとハイネと共に事務所を後にする。




