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たださみしかっただけ  作者: 朝月
五章 キキ
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No.13  一緒にいたかっただけなのに

 ソルに追いかけられながら走って階段を降りると、自分の部屋に駆け込む。

 ハクは少し不満げな表情だが、キルの横にピッタリとくっついている。


「なんとか俺の部屋には辿り着けたが……まだ正気に戻らないのか? なあソル」


 追い詰めたと思ったのか、ゆっくりと部屋に入ってきて扉を閉めると丁寧に鍵まで閉めている。

 もうキルの部屋から出るにはソルを正気に戻す他ない。

 ソルを戻すのはキルの役目だとレイは言っていた。

 やり方は各々の直感に任せるという事だったが、本当に自分にそんな事ができるのか自信がない。

 案外ハクを抱かせればすぐに正気に戻るかもしれない。

 結局それしか思い浮かばず、ハクを抱き抱えソルにゆっくりと近づいて行く。


 ぴゃー……


 ソルを呼ぶように鳴くハクをソルが無下にする訳ない。

 手が届きそうな程近づいても動きのないソルに一瞬気が抜けた――その時、ソルが突然腕を振り上げて固有武器を出現される。

 そしてその重たいアンカーは重力に逆らう事なくキルに向かって落ちてくる。


「ッハクもいるんだぞ?!」


 後ろに飛び、難なく躱すがソルの顔色は何一つ変わらない。

 床に直撃すると思われたアンカーも床スレスレで止まっていて何処にも傷ひとつ付いていない。

 何も傷つけずキル一人を始末するつもりだろうか。

 ハイネの目的もよくわからないので、ソルがどう行動するのかも見当がつかない。

 ただ一つわかっているのは――


「……今はハイネの事が一番すきなんだもんな」


 無意識に口に出てしまったが、事実なんだからしょうがない。

 再び固有武器を振り上げようとしていたソルの手が止まり固有武器が消える。

 ハイネの名前を出しただけで攻撃を止めるくらいハイネの事がすきらしい。


 ぴゃー


 子が親を呼ぶような鳴き声でソルに近づこうをするハクを離してやれない事も心が痛む。

 キルが初めて会った時からハクとソルはいつも一緒だったから。


「ごめんなハク。俺のせいでこんな事になって……ソルがいつか俺から離れていく事はわかっていた事なのに取り乱して情けないな……」


 それを聞いてハクが首を横に振ったり短く鳴いたりしているが、ハクの言葉を完全に理解する事はできない。


「魔術無しにしてもハイネは女の子らしくて可愛い子だ。きっと俺と離れていた間も皆に好かれてただろう。俺とは違って……」


 ハイネが初対面のミル達と仲良くしているのを思い起こし、過去の自分と比べる。

 ソルが医者の学校に行っている間、何年か離れている期間があった。

 そしてソルと離れている間に放浪してから桃源郷に来るまで、行く先々で問題を起こしては追い出される自分を思い出す。

 容姿で追い出される事もあったが、何が原因で追い出されたのかわからない場合の方が多い。

 キルはずっと自分が正しいと思う事をしているだけなのに。


「仲良くなったと思っていた奴も皆いつの間にか俺の周りからいなくなる。ソルには数えきれないほど助けられた、ソルだけはずっと一緒にいてくれるんじゃないかと思い込んでたんだ。でもそれは現実逃避だった。きっとソルもいつか俺から離れて――」


 そこまで言って声が出なくなる。

 今はこの暗い思考から引き上げてくれる人はいない、止まらない、落ちていく。

 ずっと考えないようにしてた、心の隅にあった思考が言葉になればそれは凶器になり、キルの心に突き刺さる。

 キルの中の正しさと今思っている事は矛盾だらけで自分でも嫌になる。

 昨日からこんな事ばかりだ。

――本当はずっと一緒にいたい。

 この右目の事も親友という言葉を使っていたのももしかしたら無意識にソルを自分に縛り付けようとしていたのかもしれない。

 ソルだけじゃない、きっと他の皆にも同じ事をしていたら……最近知り合ったばかりのヒガンの事も思い出す。

 ヒガンにはあえて言わなかった事がある。

――差し出された手が永遠とは限らないという事。

 だからヒガンに差し出された手は多い方がいいと思って話を聞くと言った。

 キルが手を引くことはない、だからもし他の人の手が引かれた時にヒガンが一人にならないように。

――待ってくれ、それもヒガンの為と最もらしい理由をつけただけで、本当はただ自分に縛り付けたかっただけだったら? もし本当にそうだったら、俺は何て酷い事を。


 ぴゃッ!!


 前に進もうとしていたハクが突然上に向かって飛び、腕から抜けてしまった。

 ハクも俺から離れて行く。


 ぴゃッ!


 そう思っていたのにハクはソルの所に行くのではなくキルの肩に乗り、柔らかい肉球でペシペシとキルの頬を叩いている。

 暗くて重たい沼に沈んでいるような感覚が少し抜けたような気がする。

 今なら声が出せそうだ。


「ハク……」


 ぴゃッぴゃッと力強く鳴き始めたのでどうしたものかと困り果てる。

 引っ掻く動作や噛みつく動作を所々に入れて鳴き続ける。


「……レイの事か?」


 そう言えばハクは何度も頷く。

 ハクが攻撃的な態度を示すのはレイだけだから。


「そうかそういえばお前も聞いてたんだったな……ソル、俺が初めて泣いた時の事覚えてるか? あれ以来一回も泣いてなかったんだ。それなのに昨日大泣きしてな。それでレイに話聞いてもらったりして、それであいつがその原因がわかるって言うんだ」


 「今からオレが言うこと絶対ソルに言うんだよ」と何度もレイが言っていた事を思い出した。

 しかしそれはレイだから言える事でキルがソルに伝えるには気恥ずかしい。

――それにまたソルを縛り付けるような事を言うのか?

 でも操られている間の記憶は残らないと聞いた。

 なら言ってしまえば少しは楽になれるのか?


「レイは俺が嫉妬してるって言うんだ」


 ソルの蒼い瞳がジッとこちらを見ている。

 いつもなら平気なのにやはり今は気恥ずかしい。


「――いや、あ、待てよ。ちょっと違うかもしれない」


 思わず目を逸らして話をはぐらかしてしまう。


「自分でもよくわからないんだ……レイと話してるうちにそういう単語が出ただけで……あー……つまりソルがハイネにばっかり構うから、えーっと……あーちゃんと言えって言われたのに……」


 ソルが攻撃してこないのをいい事に挙動不審な動きでモゾモゾしているが、意を決して深呼吸をする。


「……ハイネにソルを取られた気がしたんだ、ずっと考えてた事なのにいざ本当に俺の隣から居なくなるって考えるだけで寂しくなったし……怖くなった。ソルは物じゃ無いのに取られるとか取られないとか失礼だよ。でも俺は自分で思ってる以上にお前の事がすきらしい、突然いなくなったら俺は保たない。だから俺の心の整理がつくまででいいから今だけでも隣に戻ってきてくれないか?」


 我ながらズルい質問だな、と思う。

 返事がない事もわかっているというのに、怖気付いて最後の言葉も変えた。

 ずっと隣にいてくれ、なんえ言える訳がない。

 ハクの方をチラリと見るとそれに気づいたハクに目元をペロッと一舐めされる。

 ハクに隠し事はできないな。

 未だに微動だにしないソルを見て、眉を落としながら一言かける。


「嫌か……?」


 答えなんて返ってこないのに。

 都合のいい答えが返ってくるんじゃないかという思いが乗ったダメ押しの一言。

 もうこれで自己満足はおしまい。

 気持ちを切り替える為に俯いて目を閉じる。

 今からはソルを正気に戻す方法を探さないと――


「――馬鹿じゃないの」


「……え?」


 ソルの声がして咄嗟に前を向けば先程と変わらぬ表情でこちらを見ている。

――何で、操られている間は喋らないって聞いていたのに。


「嫌だなんて言う訳ないしそもそも思う訳ない。僕がキルから離れる? なに馬鹿な事言ってるの? そんな事ある訳ない。僕はずっとキルの事好きだって、今も昔もそう言ってるよね?」


 ソルは低い声でそう言いながら一歩一歩に力を込めたような歩き方でこちらに近づいてくる。

 ハクは尻尾を振って喜んでいるが、この様子は明らかに怒っている。

 この間怒られた時とはまた違う雰囲気で、今までにはない様子に戸惑う。


「い、いつ正気に戻ったんだよ。どこから覚えてる――」


「……記憶がない時間があるしその言い方じゃ操られでもしてたみたいだね。キルがハイネの事褒め出す少し前から覚えてるよ」


「最初じゃねぇか!」


 そういえばそれくらいにハクがソルの方にやたら行こうとしていた。

 ハクはソルが戻っていた事に気づいていたのだろう。


「操られてる間の記憶は残らないって聞いてたからそのつもりで話してたのに正気に戻ってたんならすぐ言えよ! 何で黙って聞いてたんだよ」


「まさかキルがあんな事思ってたなんて思いもしなかったよ」


 目の前で立ち止まり、ハクがソルの肩に飛び移る。

 甘えた声で頬擦りをするハクを優しく撫でると再び鋭い目でこちらを睨む。

 少したじろぐが何でソルが怒っているのかわからない。


「……あんな事って何の事だ」


 どうしたらいいかわからなくて、シラを切るが逃がしてくれる訳もない。


「いつか僕がキルから離れるって……本気でそんな事思ってたの? 何でそんな……そんな事になるならもういっその事――」


「……いっその事なんだよ」


 突然口籠るように黙ってしまったので聞き返す。

 本当はこのまま話を終わらせたかったが「いっその事」というのが気になり聞き返す。

 自業自得だがもし「いっその事もう一緒にいない」とソルの口から言われたら、とどうしても思ってしまう。


「……僕はキルの事好きだよ。この意味わかる?」


 何を言われるかと構えていた所に昨日望んでいた言葉を再び言われて少し動揺するすると共に安心する。

 しかし意味とはどういう事だろうか。


「俺もソルの事がすきだからこうして――」


「そうじゃないんだよ……でもキルが僕の言ってる意味わかっちゃったらそれこそ一緒に居られなくなるんじゃないかって思ってずっと言えなかったけど――キルの言ってくれるすきと僕の言う好きは意味が違うんだよ」


 ソルの言っている意味がわからない。

 何でそんな悲しそうな顔をしているのかもわからない。


「どう言う事だよ、ソルが一緒にいたいって思ってくれてるなら俺もお前とずっと一緒にいられる。なのになんでそんな事――」


「怒ったような言い方してごめんね。怒るのは僕じゃなくてキルの方なのに。昨日から酷い事ばかりしてごめん……今度埋め合わせさせて」


 キルの言葉を遮りいつもの雰囲気に戻るとハクを肩から腕の中に移動させる。


「多分皆待ってるんでしょ? 行こう」


 部屋を出ようとするソルを黙って見つめる。


 意味が違うってどういう事なんだ?

 俺には難しくてわかんねえよ。

 ソルの言ってる事も、今俺が苦しいも、ハイネとソルを見てると胸が痛かったのも。


「キル行こう」


 扉を開けたソルがキルを呼ぶ。

 待ってくれている、それがどれだけ嬉しい事なのか再認識した。

――今は何も考えたくない。今はただ、ソルと一緒にいたい。

 キルも急いで部屋を出る。

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