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たださみしかっただけ  作者: 朝月
五章 キキ
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No.12  それぞれのキッカケ

 食事処の大体中央、家具はいくら壊されてもどうにかなるが壁や柱に致命的な傷ができれば建物自体が崩れてしまう。

 だから中央に引き寄せているが、そろそろ正気に戻ってくれないと被害がとんでもない事になる。


「……」


「……」


 無言で攻撃され、無言で躱すを繰り返すのももう飽きてきて、何もしなくても戻ってくれればラッキーと思っていたがそうはならないようので短いため息を吐く。

 それと同時に距離を詰めて顔が触れそうな程近づく。

 流石に戻るかと思ったが相変わらずの無表情で距離を取ろうとするので、さらに近づき適当な言葉を耳打ちをする。


「……ッ?!」


 するとみるみる目に光が戻っていき、色のなかった頬を少し赤らめる。

 こうなるから本当は何もしたくなかったのに。


「……起きた?」


 半分放心状態でゆっくり座り込んでいくフォミから離れていきながら確認の為に話しかける。


「リル、くん? 今のって本気……あれ私なにを――」


 フォミは出した覚えのないであろう固有武器を見つめて首を傾げる。

 レイが言っていた通り、ケイルで操られていた時の記憶は無いらしい。

 正気に戻るキッカケは覚えてるって言うのが厄介だけど。


「ハイネ君に操られてたんだよ。もう正気に戻ったみたいだけどね。ほらレイ君の指示通り誰かから連絡あるまでどこかに隠れておくよ」


 地面に座り込んだままのフォミを置いて歩き出す。

 隠れる場所は無難に鍵をかけられる事務所でいいだろう。

 横目で後ろを見れば固有武器を消して走って追いかけてくるフォミが見えた。

 リルの斜め後ろまで追いつくと尻尾を下げてわかりやすく落ち込んでいる。


「……リルくんの手を煩わせてごめんなさい」


 返事は特にせず事務所に向かって歩いて行く。


「……あの、さっき言ってたのって」


 階段を上がり出した頃、下がった尻尾は上がり始め言いにくそうにモゾモゾしながら話をぶり返す。


「んー?」


 この上なく適当に返せば「何でもないです……」と小さな声が聞こえた。

 フォミにも気づかれないようにため息を吐く。






 廊下での攻防戦は両者譲らず拮抗していた。

 操られているせいで攻撃に躊躇いがないと思っていたが、そうだとすればエンがフィー如きを仕留められない訳がない。

 無意識なのか手心を加えられているのは明らかだったので、良心が痛むが今はそれに漬け込むしかない。

 もう少し後退すればフィーの部屋。

 思い出の品でもあればよかったのだが生憎そんな物は――そういえばあった、エンが明らかに動揺してた事が。

 そうと決まれば急いで自分の部屋に転がり込み、エンを誘い込む。

 部屋に入るとジリジリと近づいてくるので同じ速度でゆっくり下がって行く。

 そして踵に目的の物が当たりこれ以上後退できなくなる。

 エンがその事を気づかない訳がなく、好機だと思ったようで距離を詰めて攻撃を仕掛けてこようとする。

 それを見計らってフィーは両手に握られていた固有武器を地面に落とし、そのまま消した。

 それにエンが気づいた時にはもうフィーは目の前で――


「エン、正気に戻って」


 エンの首に腕を回し、そのまま力を入れて後ろに倒れる。

 フィーの背中には柔らかいベッド、目の前にはエン。

 やり口はあの時と一緒、体勢もほとんど変わらない。

 しかしそれもほんの一瞬で、ジタバタ暴れるエンを抑えるのは一筋縄ではいかず首に思い切り抱きついていなければ確実に鉤爪で刺される。

 エンの首にぶら下がっていると必然的にフィーの首もエンの目の前にある訳で――首に鋭い痛みが走る。


「いッ――たぃ」


 見えないが首筋に噛みつかれた事は明白で獣人特有の鋭い犬歯が突き刺さる。

 ボタボタとベッドに血が滴る音がしている気がする。

 そして出血が増えるのと比例して噛みつく力も強くなり、思わずエンを離してしまいそうになる。

 痛みで瞑っていた目を開けば何故かエンの尻尾も耳も嬉しそうにぴょこぴょこ動いているのが目に入る。

 そういえばエンは血の匂いに酔うのかもしれない、とフォミが言っていた。


「えん、私の、血、なめても、いいから。元に戻って……?」


 首に回していた腕を片方離してエンの頭を撫でる。

 操られていたとしても細かいところはエンの思考に左右されることは手を抜かれていた事や、闇雲に攻撃するのではなく隙を突こうとしてきた事からわかっている。

 話が通じればきっと戻ってくれる。

 痛みしか感じなかった首筋に柔らかい物が触れ、鉤爪が装着されたままの両腕がフィーの腰や背中に回る。

 すると、ずっと欲しかった温かさがあった。

 場違いな感情だということはわかっているがずっとずっと探していた感触に、ジワジワと抜けていた記憶が蘇ってくる。

 怖くて仕方なかった肌同士が触れ合う行為に優しさと温かさをくれたあの日。


――エン、やっぱりあなただったのね。


 血の流しすぎで死ぬかもしれないけど、もしこのまま死ぬのならそれでもいいかもしれない。


「ひッ、あぅ……ぇ、ん……ッ」


 不意にエンの舌が一番深い傷、犬歯が刺さっていた箇所に当たり、思わず声が漏れてしまう。

 悲しい訳でないのに目尻から涙が一滴頬を伝う。


「……フィー? なんで泣いてるんだ?」


 もうこのまま成るようになればいいと思って再び目を瞑った瞬間、首筋にあった感触が離れていった。

 目を開ければ口元を赤くしたエンが目を丸くしている。

 そういえば覚えてないんだった。


「……正気に戻ったのね。操られてたのよ」


 平静を装うが、この状況をどう説明すればいいか思い悩む。

 ありのままを説明すればきっとエンは自分を責めるから。


「これは私が自分で噛んだの」


「無理があるだろッ?!」


 血まみれのフィーを腕に抱いている上にエンの口元も血がついているこの状況では流石に無理だったか。


 エンは部屋にあったガーゼでフィーに付いた咬み傷の手当てをする。

 その間に何があったのかを詳細を省いて説明するがやはりエンの尻尾や耳は項垂れていく。

 そしてフィーが昔の事を思い出した事もエンにはまだ伝えない。

 エンは覚えているような素振りを見せたにも関わらず、歯切れが悪そうだったのは何か理由がある筈だから下手に伝えて困らせなくない。


「……悪かった」


「正気に戻ってくれたならいいのよ」


 首に貼られたガーゼを撫でるとエンに微笑みかける。

 傷跡が残ったらいいな、と一瞬でも思ってしまったのは誰にも言わない。

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