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たださみしかっただけ  作者: 朝月
五章 キキ
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No.11  わがままな女と呼んで

 安い賃金のアルバイトのシフトが終わり、日も完全に落ちた頃、ハイネはやっと自宅の扉を開けた。


「はぁー……何で何もかもうまくいかないんだろう……」


 扉が閉まると同時に深呼吸と言ってもいいくらい深いため息を吐く。

 自宅と言っても一部屋しかない狭い貸し部屋、その隅に配置されたベッドにダイブする。

 汚いアパートの備え付けのベッドは臭いし硬いし最悪だったが、今のハイネにはこの汚いベッドしか心休まる場所はない。

 そんな事を考えると涙が出そうになり枕に顔を埋める。

 ベッドの臭さに侵食されて枕までもが臭い。


「うぅ……何でぇ……折角院長に頼みこんで無理矢理養子にしてもらって早めに院を出たのに……それなのにお姉ちゃんは見つからないし浅い繋がりの友達はいるけど親しい友達は一人もいない! ちょっと愚痴をこぼしたら孤児院の友達に頼れって、そんなのいない! 相談できる人も頼れる人もいない! 状況も何も変わってない!」


 バタバタとベッドの上で暴れてギシギシと軋む音が部屋に響く。

 壁の薄い部屋だ、きっとまたうるさいと文句を言われる。

――だって喋ってないとおかしくなりそうなんだもん。それくらい許してよ!


「もう!!」


 世の中全てに腹が立って臭い枕を適当に投げつけると、あまり本の入っていない本棚にぶつかってしまい、一冊の本が床に落下する。

 分厚い本の落ちる音で我に返り、再びため息を吐く。

――明日、上下左右のお隣さんに謝りに行こう……

 落ちた本を拾い上げ、何気なく表紙を見る。

 古びた雰囲気の本。

 友達から押し付けられた――もといもらった本だが、確か邪魔だったから見もせずに本棚にしまったやつだ。


「悪魔について……?」


 その時は気にしなかったが結構なオカルト本。

 持ってるだけで呪われそう、と思いながら何気なく読み始める。


「なになに……悪魔を呼び出す方法? 面白そうだしやってみようかな、何より暇だし……呪えるもんなら呪ってみやがれー!」


 半ば、いや完全にヤケクソになって本に描かれている通りの魔法陣らしきものを床に描き始める。

――賃貸住宅にこんな事していいのかって? 知るかそんなもの!

 自問自答しながら乱雑に描いていけば案外時間がかかり、描き終わる頃には冷静になっていた。

 どうしようこれ、貯金切り崩して消してもらわないと。

 でも折角描いたんだから最後までやろう。

 呪われておかしくなってしまえば修繕費なんて払わなくていいだろうし。


「えーっと願い事を言う? 本格的に魂とか持っていかれそうだなぁ……修繕費に魂かけたくないし、どうせ何も起こらないんだろうし絶対叶わない願い事――ソルお兄ちゃん」


――ソルお兄ちゃんにちゃんと私を見て欲しい。

 ハッとして自らの口を押さえる。

 姉の想い人を願うなんてどうかしている。

 きっと二人は今頃どこかで仲良くしてるはず。

 姉からあの人を取ったら絶対にダメだ。


「何でそんな事願っちゃったのよ! お姉ちゃん見つけるのが私の人生の最終目的でしょう!」


 頭をぶつける勢いで突っ伏して、バカバカと床を叩いていると、強めの風がハイネの身体を抜けた。

 窓なんて開けてない。

 そもそも開けようと思っても半分も開かないのにどこからこんなに風が――


「アンタには私がピッタリだったみたいね」


 知らない声が部屋に響き、身体を震わせる。

――何?! 誰?! 泥棒?! 泥棒が入ってきた時の風だったの?

 恐怖で身体が小刻みに震えるが泥棒の前で土下座の様な格好のままでいる訳にもいかず、相手に気づかれないようにゆっくりと顔を上げると漆黒の翼を携えた女の人が立っていた。


「だ、誰?」


 泥棒には見えず、声をかけてしまった。

 幻覚か、ついにおかしくなってしまったのか。


「何驚いてるの? アンタが私を呼んだんでしょ?」


 見たことない翼をはためかせたかと思うと低い天井スレスレまで飛び上がる。

 そして落ちてこない――飛んでるよこの人。

 あんぐりと口を開けて唖然としていると翼のある人はハイネの横にある本に目を向ける。


「あ、その本って……現世にはそういうの出回ってるって噂で聞いた事あるけどほとんど偽物らしいわね。てことはアンタ運がいいのね。ちょっとその本見せてみなさいよ!」


「あ、え? 本物の、悪魔って事?」


 間抜けな話し方で本を持ち飛んだままの悪魔っぽい人に話しかけるが返事は無く、本をペラペラと捲っている。

 突然捲る手を止めると、自身の真下にある魔法陣と見比べるようにして見ていると、プッと笑う。


「アンタここ間違えて描いてるわよ。まあそのおかげで私を呼べたんだけど。どう? これも何かの縁だし契約する?」


 楽しそうに笑いながらハイネの目の前に降り立つと手を差し伸べられる。


 キキとはこうして偶然出会った。






「ハイネはアンタの居場所を知ってやっと行動する決心したんだから邪魔しないでよね!」


 キキと出会った日を思い出していると、そのキキが偉そうにキルにマウントを取っている声で意識を戻される。

 引くわけにはいかない。

 この作戦を始めたからにはもうこの一回切りしか無いんだから。

 何かを言いかけては止めるを繰り返している姉と真横にいてくれるソルを瞳だけ動かして交互に見る。


「……どうしても駄目なのか」


 キルがそう呟くと、何かを決心したのかソルの方を見ている。

――それでいいんだよ。お姉ちゃん。


「今はしょうがない。ソルこい!」


 踵を返して走り出すキルを追いかけるようにソルに伝えると走って追いかけていく。

 ハクもキルについて行った。

 もうその部屋にはキキと二人きり――になる訳もなく、入れ替わりでレイとミルが入ってくる。


「やっと行ったね」


「何か話してたみたいだけど何事もなくてよかった」


 獣人のミルにはきっと話の内容は聞こえていた。

 聞こえなかったフリをしているのはキルの為だろうか。

 ハイネの周りにはいなかったいい人達。

 この人たちが姉の周りにいてくれてよかった。


「げッ」


 わかりやすく嫌そうな声を出したキキは少しずつ後ろに下がって行っている。

 行き止まりなのにどこに行くつもりだろう。


「キキぃ……」


 わざとらしく低い声を出すレイの声にキキの足が早まる。

 だから行き止まりなんだけどな。


「キキ、二手に分かれるよ」


「え、ええ」


 生返事のキキを置いて唯一の出入り口に向かって走り出す。

 この二人を抜くのは無理かと思ったが普通に通してくれて部屋を出る。


「ミルはハイネを追いかけるね」


「うんお願い!」


 そんな会話がが聞こえる。

 廊下に出るがキル達の姿はもう見えない。

 階段を降りて行ったのだろう。

 ハイネも階段付近まで走っていく。


「ハイネ!」


 ミルの声が近くまで来たのを確認するとゆっくりと立ち止まる。


「降参です」


 両手を上げて降参を宣言する。

――全部作戦通り。

 目を丸くしているミルに微笑みかける。


「私の目的は九割程達成できたので後は待つだけです。ミルさんに手間はかけさせません」


「それってどう言う意味?」


 ミルが固有武器を構える気配は無いが、ハイネの話を信じてくれるかは少し心配だ。


「レイさんを操る前にこうなったのは痛かったですけどキキがやりづらくなっただけで私の作戦は予定通りなので。ここの皆さんがこんな事でバラバラになるなんて最初から思ってません……フォミさんとエンさんももう少ししたら正気に戻るんじゃないですか?」


「……何でこんな事したのか話してくれる?」


 理由を話したら信じると言う事だろうか?

 それもそうか、目的のわからない人を信じる訳ない。


「……全部お姉ちゃんの為です。ミルさんには私たちの会話が聞こえてましたよね?」


 気まずそうに頷くミルを確認して話を続ける。


「私がソルお兄ちゃんの事好きなのは本当です。一目惚れでした。お姉ちゃんに勝手について行って初めて会った時に……今回の作戦は全部私のわがままなんです」


――ミルさん、ちゃんと聞いてくださいね。そして自分勝手なわがままに沢山の人を巻き込んだ酷い女として見てください。その方が私もやりやすいので。

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