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たださみしかっただけ  作者: 朝月
五章 キキ
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No.8  異常事態

 朝日の光が眩しく目を覚ましたキルの目にはまたしてもいつもと違う風景が映り目を擦る。

 ベッドからゆっくりと起き上がると見慣れない部屋には誰もおらず、少しずつ昨日の記憶が蘇ってきた。

 蘇ったと言っても酒を飲む前までの記憶だけで夜間の記憶はない。

 しかし二日酔いを覚悟していつもの何倍もの量を飲んだはずが、いざ起きてみれば何ともなく痛い場所はどこにもない。

 部屋の主のいない部屋にいつまでも留まっている訳にはいかず部屋から出るしかないとため息を吐く。


 ぴゃ


 突然馴染みの鳴き声が聞こえて声のする方を見れば、ハクがベッドの下から伸びをしながら出てきた。


「お前もここで寝かせてもらったのか」


 ぴゃ


 一鳴き返事をすると肩に乗ってきて頬擦りをする。

 何で昨日レイと一緒にいたのかは分からず終いだったが、いつの間にか元気になっていたハクはきっとソルに会いたいだろう。


「はぁ……行くか」


 重い足取りでレイの部屋を後にする。

 食事処に入ると何やら様子が違い、いつも開店準備をしているはずのフォミがいない。

 それに誰かが代わりに準備をする様子がなく何やら話している。

 取り敢えず何かを胃に入れようと食料を漁っているとハクがキルの背後に向かって甘える様に鳴いた。


「キル」


 声の主は明確で振り返るまでも無いが、丁度手頃な食べ物を見つけてしまい、止むを得ず振り返る。


「何だよ……今日はハイネと一緒じゃないのか?」


 そう話しながらカウンターに移動するとソルもついてくる。

 席に座るとカウンターの上に飛び降りたハクはキルとソルの顔を交互に見ている。


「ハイネはフォミと一緒に事務所にいるよ、それより昨日の夜レイと一緒にいたんでしょ。何もされなかった?」


「……知ってたのか」


――レイの奴、チクったな。

 今どこにいるか分からない昨日の恩人に少しムッとしたが、よく考えたら別に黙っている必要などない。

 何より聞かれても覚えてない。


「酔って記憶ないからわからないが何でそんな言い方するんだよ。俺の方から誘ったのに」


 そう言うと何かに動揺したのか何なのかわからないが倒れ込む様な勢いで隣の席に座る。

 その様子をハクは尻尾を振って嬉しそうに見つめている。


「……レイは?」


「俺が起きた時にはもう居なかったから知らない。昨日の夜の予定を今日に変更するって言ってたからそれに行ったんだろう――というかお前に関係ないだろ」


 昨日とは打って変わって質問攻めをしてくるソルに思わず冷たい言い方をしてしまう。

――昨日追って来なかった癖に。

 決して口にしないが、その言葉が頭の中をグルグルと回る。






「……何だか大変な事に」


「そうね……」


 キル達に気づかれない様に様子を伺うミルは心配そうな顔を浮かべ不安そうにしている。

 フィーもどうする事もできず肯定するしかない。

 あの二人が喧嘩するなんて正直信じられない、キルがソルを敬遠するなんて。


「そういえばエン君はどうしたの?」


 フィー達とは打って変わって堂々と様子を伺っていたリルに違う話題を持ちかけられる。


「エンは、というか昨日ハイネと一緒に飲んでた人たちは誰かの部屋で二次会したみたいだからわからないわ。ソルと違ってまだ寝てるんじゃないかしら?」


 二次会参加組のソルに聞いたのだからそれは間違いない。

 場所まで聞かずに話を終わらせてきてしまったのを今になって悔やむ。

 しかも話しているソルの言葉を遮って会話を終わらせてしまったので今更聞けない。


「怒ってるのかい?」


「……? 怒る理由がないじゃない怒ってないわ」


 突拍子もない事を言うリルに首を傾げて微かに眉を顰める。

――私は怒ってないわよ。そう、絶対に。


「フォミ君も今日は食事処も何でも屋も休みにするって言ってたし、どういう事なんだろうね?」


 困り顔で話すリルはきっと返答は求めていない。

 だって誰にもその答えは分からないのだから。

 憶測を飛ばしたって感情を揺さぶられるだけで何にもならない。

 無意識にため息を漏らしていると、食事処の扉が大きく開く。


「ハイネちゃんは頭がいいのね」


 そう話すフォミの声色はいつに無く上機嫌で、珍しすぎて少したじろぐ。


「そんな事ないですよ! そう言うフォミさんは何でも出来ちゃうじゃないですか! 尊敬しちゃいます!」


 次いで入ってくるのはハイネとエン。

 まさかエンも一緒にいたなんて思いもせず意をつかれて少し目を丸くする。

 いつも戸惑った様な表情をしている事の多いエンが今は笑っている。

 その様子を見ていると怒ってはいないが、何かこう苛立ちの様な何かを感じる。


「お前は筋がいい。教えたらそこそこの戦闘もできるようになると思うぞ、今度教えてやろうか?」


「エンさんが教えてくださるなら是非!」


 朝食も食べずにいつの間に地下に三人で移動していたのだろうか。

 それよりハイネの綺麗でツヤツヤした長髪を丁寧に撫でるエンの手は優しい。


「これは異常事態って事でいいのよね」


 苛立ちを超えてもはや困惑するしかない光景を目の当たりにして思わずリルとミルに助けを求める。


「キルに似て人に好かれる子なのかな……」


「人たらしの領域を超えてると思うけどね……」


 リルの意見に首を縦に振って同意し、横目であの異常な光景を見る。

 エン達の中の何かが壊れてしまったとしか思えない。

 その時、閉まりかけた扉が突然音を立てながら開く。

そこにはバサバサと音を立てながら片翼で飛ぶレイ。


「証拠あったぁああ!!」


 自慢げにそう言い放つと同時に食事処に入って天井スレスレと飛ぶとフィー達の目の前に降り立つ。


「レイくん、そんなに暴れないで。何があったの」


 フォミのいつもの冷ややかな目を見れて少し安心する。

 よかったフォミは壊れてなかった。


「ごめんごめん、でもやっと魔界の中央塔に管理してある書類の中から目当てのもの見つけたから! もう大丈夫だよ!」


 尻尾を振って嬉しそうに話しながらハイネに近づいていく。

 少しの間レイとハイネは見つめ合う形になり「あの……」と先に痺れを切らしたハイネが口を開くとレイがニコッと笑う。


「ハイネちゃんごめんね。眼帯の下見せてほしいんだけど、いいかな?」


「えっ、と……ひどいものもらいなのであまり見せたくないんですけど……」


 手で眼帯ごと左目を隠し、明らかに動揺して後退りをするハイネの前にエンが立ちはだかる。


「おいレイ、急にそんな事言うのは失礼じゃないのか?」


 シャーッと威嚇する音でも聞こえてきそうな程鋭い目つきに戻り、エンも壊れていなくてよかったと胸を撫で下ろす。

 まあレイの言っている事が事実ならどっちにしろ二人とも壊れていないだろう。

 フィーの中ではエンがレイの言葉の意味をわかっていない時点でレイの情報の真実味が増す。


「ありゃーこれは相当効いてるね。向こうの四人はもうわかってくれたみたいだけど」


 イタズラらっぽく笑いながらこちらを見るレイにリルが相槌を打つ。


「昨日からレイ君が留守にしてたのってそういうことだったんだね」


「……ちょっと待ってくれ」


 ガタッと椅子が下がる音と共に震えるような声が聞こえ、胸が痛む。


「ハイネが魔界……悪魔型と共謀して何かしてるって言いたいのか……?」


 大切な妹が仲間に何かしたなんて考えたくもないだろう。

 特にキルには酷な話。

 でも、だからって放っておく訳にはいかない。


「ごめんねキルちゃん、ソル達がおかしくなったのにちょっと心当たりがあったから……魔界では契約者がいる悪魔型は届出を出さないといけないからね、ハイネちゃんの名前を探してたんだよ」


「それで見つけちゃったんだ……」


 呟くようにそう言うミルもキルの事が気が気じゃないのだろうが、おそらくフィーと同じ気持ち。

 誰もキルを傷つけたい訳じゃない、何かされたエン達を助けたいだけ。


「ハイネ、もし心当たりがないのなら眼帯を取ってくれる? 誤解だったなら謝るわ」


 念を押すようにフィーが畳み掛けるとハイネは少し考え込むような様子になり、深呼吸をする。


「……もうちょっと大丈夫だと思ってたのに案外早くバレちゃった。まあ下準備は整ってるしいいよね!」


 先程までの動揺した素振りは一切姿を消し、堂々と眼帯を外すと左目をゆっくりと開ける。

 左目はレイの予想通り白目が黒に、黒目が白に――反転目になっていた。

 無邪気な笑顔を振り撒いていたハイネの表情からあどけなさが消えた。

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