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たださみしかっただけ  作者: 朝月
五章 キキ
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No.7  行動の裏側は本人にしかわからない

 何分くらい席を外していたか定かでは無いが、再び店に戻るとレイが出て行く前と何ら変わっていない空気感。

 一際賑やかなテーブルと、お通夜ムードなテーブルが少し離れて存在している。

 徐に賑やかな方のテーブルに近づいていき、用のある男の肩に手を置くとその男は迷惑そうな顔をしながらこちらを振り返る。


「なに」


 ぴゃ


 ソルの不機嫌な顔とは対照的に膝の上のハクの顔は悲しげに見える。


「ソル、しっかりしなよ」


 ぴゃ、ぴゃ


 いつもよりよく鳴くハクの方に顔を向けると突然立ち上がり飛び跳ねるので、反射的に両手で受け止める。

 引っかかれる――

 目を瞑り痛みに備えるが、いつまで経っても痛みが襲ってくる事なくうっすらと目を開ける。


 ぴゃ


 初めてレイの腕の中に収まるハクはこちらを見て一鳴きすると腕に顔を埋めて動かなくなってしまった。

 そういえば隣に座ってた時も元気がなさそうだった。

 あの時、ハクのまん丸な瞳はおそらくキルを探していた。

――この子はキルちゃんが今どうなってるか気づいてるんだね。


「この子はもう気づいてるみたいだけど、飼い主様はまだ気づかないの?」


 ソルを横目で見ながら二本の茶色い縞模様のあるハクの背中を優しく撫でる。


「……キルがいないね」


「今気づいたの? ハクはずっと異変を訴えてたみたいなんだけど」


「……」


 困惑した顔をしているが返答なし、無言。

 今のソルにはやはり何を言っても無駄な様だ。


「しっかりしてよムッツリスケベ。ハクは調子悪そうだし連れて行くからね」


 今度は返事は待たずに背を向けて歩き出す。

 何か言っているのが聞こえるが追いかけてくる素振りは無いのでこのままハクも連れて自室に向かう事にした。


「あ、レイさんも良かったら一緒に飲みましょう!」


 スカした態度でさよならを決め込もうと思ったら思わぬ人に呼び止められた。

 キルの妹、彼女もキルを追いかけようとする素振りが無くて少し不審に思っていた。

 もしソルの様に今気づいたのであったとしても、心配して真っ先に姉の様子を聞いてくるのが仲のいい姉妹ではないのか。


「とっても嬉しいお誘いだけど先約があるからまた今度ね!」


 レイの持つ不信感は所詮憶測でしかないので誰にも言わないし、自分の中でも頭の端に置いておく程度にしておく。

 なので、本来ハイネの誘いを断る理由などない。

 しかし今はキルの先約がある。


「そうですか……わかりました! ではまた今度ご一緒させてください!」


「うん、じゃあね!」


 可愛らしく表情をコロコロ変えるハイネに手を振り、テーブルを後にする。

 向かう先はキルの待つ自室――と言いたい所だが、もう一つのお通夜ゾーンにも用事がある。


「キルちゃん今は落ち着いたけどちょっと目離せない感じだから一緒にいる事にしたよ」


「ありがとう、レイ……」


 悲しそうにお礼を言うミルに笑顔で答え、何か言いたげだが何も言わないフィーには癒しの生き物のハクを預ける。


 ぴゃー……


「お酒取ってくるだけだからフィーちゃんと待っててー。キルちゃんにお酒持って行くって約束したからね」


 不安げに鳴くハクの頭をチョンと撫でて、少し離れたドリンクバーの様な置き方をされた飲み物の元へ向かう。

 小さめのお盆に二つグラスを乗せて痛いほどの視線を送ってくるハクの元へと戻る。


「じゃあ行こうかキルちゃんの所に」


 ぴゃっ!


 先程までの不調はどこへ行ったのか元気に返事をすると、レイの肩に飛び乗る。

 初めて肩に乗ってくれた。


 こんなに人懐こい子だったんならもっと早く懐いてくれてもいいじゃん……

 キルちゃんにちょっかいかけてるから懐かれないのはわかるけど……


「キル君の事頼んだよ」


 扉に向かって歩き出そうと一歩進んだ時、先程まで一言も発していなかったリルが突然独り言の様に話しかけてきた。

 振り返るが、声の持ち主である筈のリルは何食わぬ顔で食事を嗜んでいた。

 本当に今喋ったのはリルなのか自身の耳を疑うが、このテーブルに男は一人しかおらず、またあの話し方もリルしかしない。

 リルってお調子者気質のおしゃべりの癖に意外と照れ屋なのか?

 意地悪っぽくニヤッと笑って返事をする。


「それって未来永劫って事? あんなスタイルいい子がお嫁さんなんて困っちゃうなぁ」


 リルの反応が見たかっただけだったが、頬にふわふわで柔らかい感触が何度もする。

 ハクの最高に手加減したパンチ。

 むしろ気持ちいい。


「じょーだんじょーだん」


 笑いながら頭を撫でると「ぴゃっ! ぴゃっ!」と抗議しているかの様に何度も鳴く。


「キル君はああ見えて不安定になりやすい子だよ。一人でいると余計にね。いつも明るくて元気で優しいのはその裏返しなんだと思うよ。その気持ちレイ君ならわかると思うけど――最後のは僕の思い過ごしかな?」


「……りょうかい」


 あまりはっきりと答えたくない質問に生返事を返す。

 また何か聞かれる前にそそくさと店を後にする。

 キルを心配しているのは本心なんだろうけど、それを誤魔化す為なのか何なのか最後の一言が余計だ。

 店を出て一直線に階段を登り始める。

 慣れない肩の重みの元、顔の横にいるハクを横目で見る。

 店内にいた時とは違い、機嫌良さそうに尻尾を振っている。


 ハクは見てた感じいつもはソルが一番、キルちゃんが二番、それ以外はみんな平等に懐いている感じだよね。

 そしてソルかキルちゃんに何かしようとする人は敵。

 まあつまりオレなんだけど。

 それが今はソルを放っておいて敵認定のはずのオレと一緒にキルちゃんの所に行こうとしている。

 敵に助けを求めないといけないほど追い詰められてた原因は何だろう。

 考えるまでもなく絶対にソルだけど。

 オレの考えが合ってたとしたら全部に説明がつくんだけどなぁ。


「はぁ……確証がないからわかんないけど、もしそうだとしたらソルに何言ったって意味ないし困らせるだけなのに何であんな事言っちゃったんだろ」


 ため息と共に独り言を吐き出す。

 お通夜ゾーンに長くいたからか、はたまたリルの言っていた事が耳から離れないからか。

 レイの思考にも暗い記憶が蘇る。


「何もわからないオレが言えた事じゃないのにね……」


 ぴゃ?


 珍しくテンションが低いレイにハクが気づき、不思議そうに鳴くので頭を優しく撫でてやる。


「早くキルちゃんの所に行こうね」






 夜も深くなり、皆も寝静まったであろう深夜のひと時。

 ハイネは主が帰ってこない部屋で一人ベッドに腰掛けている。

 窓から見えるのは満月になりきれなかった可哀想な月。

 周りには星一つ見当たらない。

 まるで自分を見ているような気がしてため息を吐く。

――もう寝なきゃ。明日もやる事沢山あるんだから。

 ベッドに潜り込み、頭まで毛布を被る。


「……やっとここまでこれたんだから頑張らなくちゃ。遠回りになっちゃったけど避けられない様にここまでしたんだもん。絶対成功させるからね」


 誰もいない部屋に響く独り言は自身を鼓舞させる為。

 左目の眼帯を撫で、拳を握る。


「もうちょっとだよ。お姉ちゃん」


 その言葉の残響が完全に消える頃には、ハイネの意識も夢の中へと落ちていった。

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