No.6 溢れて止まらない『答え』
勢いよく店を飛び出してはきたものの夜風が身体を抜けた途端、気が抜けたのかフラフラとおぼつかない足取りになる。
頬を伝うのが酒じゃないのはもうわかっていた。
しかし訳もわからず混乱して二階の事務所に続く階段に倒れる様にして座り込む。
顔は火照っているのに寒気がする。
「……クソ、何なんだよこれ」
次々と溢れ出てくる酒、もとい涙を乱暴に拭い壁にもたれかかる。
「キルちゃん! 待って!」
声がした方を見るとレイが店から飛び出してきて迷わずこっちに向かってきている。
――あんなに酷いことしたのに。
「大丈夫……?」
目線を合わせる様に目の前に屈み込まれたので顔を背けたかったが罪悪感に苛まれ今度は目を逸らせない。
「……さっきはどうかしてた、ごめんな。レイこそ大丈夫か?」
擦ったせいでヒリつく目尻が気になりながらも作り笑顔でレイに謝る。
「別にいいんだよ。でもどうしたのキルちゃん、何かあったの?」
優しい顔で、優しい声色で、そんな事言わないでくれ。
何かが溢れてしまう。
また潤み出す瞳を誤魔化す様に何でもいいから口を動かそうとする。
「俺を追いかけてきたのはお前一人か?」
「……うんそうだけど、ほら! ミルちゃんとかフィーちゃんは空気を読める子だから敢えてこなかったんだよ! あの子達はオレみたいにバカじゃないから――」
「ソルは?」
墓穴を掘った。
その名前を口にした途端、何とか堪えていた涙が次々と溢れ出す。
――馬鹿だな……何でわざわざ自分を追い込むんだ。
「キルちゃん……」
レイが何も言わない事が全てだ。
ソルは追いかけてこない。
来てくれる事を当たり前の事だと思い込んでいた罰だ。
「いっ、まから独り言を喋るから無視してくれるか?」
最早制御できない涙のせいで声が上擦ったが言い直す事もできない。
まともな会話もできない状態だったが誰かに打ち明けないともう本当に駄目になりそうだった。
「うん、わかった」
聞こえる様に話す独り言、そしてそれを無視しろなんて支離滅裂な事をあっさりと受け入れてくれる。
少し心が安らいだ気がした。
キルは一呼吸を置いてゆっくり口を開く。
「――俺は十年前母さんを殺した、つまりハイネの母親を殺したんだ。それから別々の孤児院に入れられてそれっきり連絡は取ってない」
「うん」
無視して、と言ったにも関わらず相槌を打つレイの顔は追いかけてきてくれた時からずっと変わらず優しい。
安心してしまったらもう心は止まらない。
「だって――ッだって合わせる顔がないだろ。他の奴らが正当防衛だの、そうするしかなかっただの言ったせいで罪にも問われなくて。でも殺したのは紛れもなく俺だ。だから今まで会おうと思えば会えたのに会わなかった。でも避けてたのは俺の方なのに昨日久しぶりに会えた時は本当に嬉しかった、本当はずっと会いたかったんだ。なのにずっと頭の中も何もかもぐちゃぐちゃで、喜びより罪悪感が先にきて……ッハイネの為だったらなんだってしてやれる。欲しがればなんでもやるし、やりたい事はできる限りさせてあげたい。昔からそう思ってた、今だってそう思ってる」
レイは真っ直ぐこちらを見て合間合間に相槌を打つ。
その姿が昔のソルに重なる。
「でも、そう思ってるはずなのに、この有様はなんだ。何に対しての涙なんだ」
「キルちゃんそれは――」
「ソルもソルだ」
こんなに涙が出たのはいつぶりだろうか。
子供の時、男は泣かないから自分も絶対泣かないと決めていた。
多分泣いたのはこれが二回目だ。
何か言おうとしていたレイの言葉も遮って心境を全てぶちまける。
「いつもは何も言わなくても隣にいるのになんだ。『嫌いな訳ない』? 今までそんな言い方した事なかっただろ?! 俺が出て行っても追っても来ねえ!」
いつの間にか立ち上がり怒鳴る様な口調になっていた事に気づく。
階段に座り直して片手で右目の眼帯を押さえると再び口を開く。
「……全部俺のわがままだな……なんで俺はソルに対して怒ってるんだ? なんで余計に涙が出るんだ? お前はこの答えを知ってるか? なあレイ」
「……キルちゃん」
もう全部どうなってもいい。
話している間は本当にそう思ってしまっていた。
全部吐き出して肩で息をしていると、心配そうにこちらを見つめている瞳と目が合う。
――今、俺は何を言ったんだ?
自分の言動も思い返し、腫らした目を見開く。
特に後半は混乱して心にも無い事を言っている。
こんな事心にも思っていない。
きっとそうだ。
「……悪い、忘れてくれ」
「オレとここ出てどこか静かな所で一緒に住む? キルちゃんとだったら多分オレも――」
「何でそうなるんだよ」
レイの突拍子もない申し出に少し冷静になる。
まあ突拍子の無さで言ったら先程の自分の方が上だろうけど。
「なんだか今一人にしちゃったらもう会えない気がしたから」
その言葉がまたしても昔のソルを想起させる。
思い返せばソルも絶対にキルを一人にはしてくれなかった。
レイの言葉を真っ向否定できずにいながらも過去にキルの自決を止めてくれたソルに想いを巡らす。
空を見上げれば雲一つない夜空が広がっていた事にたった今気がついた。
「……でも一緒に住んだら子供ができるんじゃないのか?」
再び正面を向き、レイに微笑みかける。
――ありがとう。
そう言いたかったが、何だか照れ臭くて濁してしまった。
「えっそれってそういう事してもいいって事――」
「すき同士の男女が一緒に住むと運が良ければ子供ができるんだろ? 俺はお前の事もすきだからな。今は子供を育てる余裕はないし、そもそも周りに女だとバレる」
「……ん?」
冗談でノリツッコミみたいな感じを想定していたが、レイの反応が思っていたのと違い、首を傾げる。
やはり慣れない事はするものじゃない。
しかし一度始めたからには最後までやり遂げなければ逆に恥ずかしい。
「ん? 気づいたら子供ができてるんだろ? で、気づいたら生まれてるんだろ? よく知らないがハイネの時はそうだったぞ」
レイは俯きながら唸り声の様な声を出している。
ノリツッコミのノリの部分はもう終わってるのに、何に対してそんな悶えているのか不思議だったが、ツッコミの部分がまだだったのを思い出して急いで口を動かす。
「まあとにかくそう言う事で、だから一緒には住めないだろ!」
これがツッコミ……?
ただの会話じゃないか?
レイは先程から話をちゃんと聞いている素振りはなく、キルは自身の無謀な挑戦を最初から無かったことにすると決めた。
「あ、じゃあ今からレイの部屋で飲み直させてくれないか? 俺の部屋はハイネが寝るだろうから使えないし」
「いいよ、そうしよう。後、子供の事は今度じっくり教えてあげるから」
ソルの様な柔らかい笑顔は何処へやら。
顔を上げたレイの顔は死んだ魚の様な何やら憐れむ様なそんな顔。
そんなにノリツッコミがいけなかったのだろうか。
もう二度としないと固く決める。
「じゃあお酒持ってくるね、先にオレの部屋行ってていいよ。今は食事処に戻りたくないでしょ?」
立ち上がって膝についた砂をはたき落とす。
伸びをしながらそう話す顔は死んだ顔でもない、柔らかい顔でもない、いつものやんちゃそうな顔に戻りニカッと笑う。
「う……悪いな、頼む」
他人に手を煩わせるのは苦手だが、今はそうするしかないので素直に頼む。
無意識にまた俯き出したキルの頭に温かくて少しだけ重みがある物が触れたと思うとすぐにいなくなる。
「全然大丈夫だよ!」
顔を上げると翼で飛び上がったレイが扉の方に向かって飛んでいく。
地面に降り立つと、大袈裟に手を振りながら店に入って行くので控えめに手を振りかえす。




